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37.地の裏


 名刺に記載された住所に建っていたのは清潔感溢れる白い建物だった。

 『曲津原(まがつばら)サイエンスセンター』の看板を横目に自動ドアをくぐると、そこかしこに展示された近未来的な謎のデバイスや生活を便利にする雑貨の数々。

 研究所というよりは、科学館のような趣のある場所だ。何も知らずに来ていたら楽しんでいたかもしれない。


「誰もいない……」


 しかしそこには不自然なほど人の気配は無い。

 受付にも館内にも、人の姿は存在しなかった。照明が点いている上に、入り口が施錠されているわけでもないので、おそらくここの職員は突発的に姿を消したのだろう。

 

 突発的に。

 それはなぜ?


(ああ~、考えてもわかんない! もっと頭が良ければ……) 


 だが、悩んでいる時間も無い。

 とりあえずハイジの名を呼びつつ館内を回る。

 だが、返事は帰って来ず、ドーナツ状の館内はあっという間に回りきってしまう。外観からわかっていたが、広い施設ではないらしい。


 嫌な汗がわく。

 アンジュの言う通り騙されたのではないかという考えが一瞬よぎったが、それにしては違和感がありすぎる。

 ここは研究所のはず。しかし、研究に使うスペースが見当たらない。

 無闇に天井が高いこの建物は二階が無い、つまり研究所としての役割を果たす場所は地下以外に考えられない。

 だが、地下へと続いていそうな場所も無い。扉も階段も、ひとつとして見当たらない。

 手首のリミッターを見ると、まだ時間に余裕はある。だが確実に猶予はすり減っていく。


「――――――――ふー」


 ここには何かがある。それはおそらく間違いない。

 そして、地下に行くルートがもしあるとすれば、それはドーナツの中心――建物中央の巨大な柱。

 だが、どこから見てもそれは柱でしかなく、仮にサクラの考えが正しいとすれば職員しか知らないギミック……のようなものがあると考えるのが自然だ。

 仮定に仮定を重ねた思考。本来なら捨てるべきだが、サクラはどこか確信を抱いていた。


 ぞわぞわと足の裏から伝わってくる妙な感覚が、その仮定を支えている。

 集中して過敏になった感覚が――あるいは神経そのものがなにかをキャッチしているような、例えるなら静電気の溜まった下敷きに手を近づけた時にも似た感覚。

 

 ルートを探している時間は無い。

 試験に間に合う間に合わない以前に、ハイジが何をされているとも限らないのだ。

 間に合わなければ試験どころではない。

 だから。


「やらなきゃ」


 ひとつ、覚悟をした。

 あとのことはわからない。

 だが、サクラという少女は――人を助けずにはいられない。

 

 広げた右手に全力で雷を収束させると、燐光があたりを照らす。

 終わった後への不安に釣られそうな思考を引き戻し、クオリアの行使へと当てる。

 ばちばちと弾ける音が臨界に達したところで、


「だああああっ!」 


 全力で、床に叩きつけた。

 眩いほどに凝縮された雷は、その破壊力でもって床を砕く。

 ふわり、と無重力。のち落下。

 驚くような声が聞こえた。

 

 降り立ったのは真っ白な室内。

 あたりに設置された無数の機器が物々しさを助長している。

 

「……なんだオマエ」


 そこにいたのは、そばかすに眼鏡、胡乱な目つきのすぐ下には深い隈が刻まれている――白衣の研究者。

 そして、


「ハイジちゃん!」


 部屋の中央にある手術台のような滑車に乗せられたハイジが、今にもMRIに似た巨大な装置へ通される直前だった。

 気を失っている――が、上下する胸が呼吸を知らせてくれる。とりあえず、命はある。

 

「嘘だろ? 床ぶっ壊して来るかよ普通」


「それについてはごめんなさい! でも時間が無かったので!」


「まあいいんだけどな――ほら、見てみろよ」


 え? と指差す先、頭上の穴を見ると、逆再生しているかのように空いたばかりの穴が塞がっていく。

 

「この施設に限らず、学園都市の建物はだいたいこうだ――修復のクオリアが活用されてて、損傷してもすぐに元通りってわけだ」


 良かったな? と挑発するように口の端を曲げる研究者。この状況で余裕を失っていない。

 床を破壊して後で罪に問われる覚悟もしていたサクラとしては、少し肩透かしだった。

 助かったことに変わりはないが。


「で、何しに来たんだ? 最近この街に来たばかりのネイティブ様は」


「知ってるんですか」


「もちろん! 研究者としてはお前みたいな天然記念物は見過ごせないぜ。なあ、サンプルになる気はないか?」


「お断りです!」

 

 サクラはクオリアを発動させる。

 雷の矢を右手に番え、いつでも放てるようにしておく。

 じわり、と手に汗が滲む。

 相手はリミッターを着けていない生身の人間。つまり、サクラたちキューズのようなダメージ軽減バリア(アーマー)は無い。

 直撃させれば怪我では済まない。

 その事実は、否応なく過去の出来事を想起させる。


 ――――ばけもの。


 それでもここは退けない、と。

 背筋に這い上がってくる過去を押し殺す。


「……ハイジちゃんを解放してください」


 低く作った宣告に、サクラの心中を察しているのかいないのか、研究者はにやりと口元を歪める。

 その枯れ枝じみた指先が、横たわるハイジを指した。 


「望んだのはこいつだぞ? 科学の発展には犠牲がつきものだ――空想が科学として立証されるには、実験実験、また実験。誰かが挑戦しないといけないんだよ」


 退かない。

 あくまで研究者は楽しそうに、自らの価値観を語る。

 

 犠牲。それは、間違えようも無くハイジのことだ。

 黒いうわさというのは、うわさではなかったらしい。


「私はクオリアの出力を上げる研究をしている。投薬、電波、電極――いろいろ試したが、最終的に行きついたのがこいつだ」


 うっとりと物々しい機械を撫でる。

 まるで愛するペットを撫でているような手つきだ。


「こいつでクオリア使いの脳に特殊な音波……振動を流し込むことで特殊な作用をもたらす。最悪使い物にならなくなるが三割程度の確率で――――」 


「解放してください。でなければその機械を壊します」


 バチ、とひと際雷の矢が輝きを増す。

 もう看過できない。絶対に止めなければ……おそらくすでに犠牲になってしまった人たちのためにも。


「出来れば手荒な真似はしたくないです。したくないので、ハイジちゃんを返してください」


「いやだねえ。この街のガキは、力を持っているからと言ってすぐに調子に乗るんだ。強くなれると勘違いして、楽な方へと縋って腐る。強くなったと勘違いして驕り高ぶる」


 研究者は懐から小型トランシーバーのような機械を取り出す。

 表面には丸いスイッチがあり、その表面に指がかかっている。

 何か嫌な予感がした。


「なにを、」


「ただの小娘だ、こうすればッ!」


 かち、と想像以上に軽い音がした。

 途端、鼓膜を直接震わせるような不協和音が鳴り響く。


「うっ……なんですか、これ……え?」


 右手を見ると、雷が消えている。

 焦ってもう一度クオリアを発動しようとするも、何も起きない。

 この感覚は、入学式の日にクオリアが発動できなかった時に似ている。


「良いだろう。”裏”からの試供品でな、短時間だがボタンを押すだけで近くにいる人間のクオリアを無力化するんだ」


 そして、と研究者はもうひとつ懐から何かを取り出す。

 手のひらサイズで、黒い光沢を放つそれは、


「じゅっ……」


「そう、拳銃。もちろん本物だ」


 クオリアのような不条理さはない。

 しかし、圧倒的に現実的な道具――いや兵器と言ってもいいそれがサクラの心臓に銃口を向けている。

 そしてクオリアが無効化されているということは、アーマーも肉体強化も働かない。

 

「大事なサンプル候補様だ、殺すつもりはない。まあ、もし死んでもスーパーに売ってる精肉みたいに切り分けて大事に冷凍保存してやるから安心しろ」


 現実的で生々しい死の予感に後ずさりする。

 だが、この部屋に出口は見当たらない。

 何か仕掛けがあるのだろうが、それを知る術がない。

 この部屋に入ったときに空けた穴はほとんど塞がりつつあり、もう一度出るにはクオリアが必要だ。

 

「……諦めるつもりは……ないんですね」

 

「はは、お前状況わかってるか?」


「わかってますよ」


 そう、わかっている。

 無傷でどうにかなる状況はとうに去った。

 

「だから、撃たれてでもあなたを止めます。今からあなたに飛びかかって抑え込むので、怪我したくなければ銃を降ろしてください」


「……は? あー……はは、そうか。お前……狂ってんのか」


 安全装置が外される。

 ゆっくりと指がトリガーにかかるのが見え、サクラは足に力を込めた。

 大丈夫。これでも鍛えているんだから、正面からかかれば負けることは無い。

 あとは痛みと衝撃に耐えられるかどうかが問題で――――と。

 覚悟を決めた瞬間。


 天が割れた。


「えっ!?」


「ハァ!?」


 驚愕の声が重なる。

 それを遮るようにして、複数の岩塊が乱入した。

 

「”衛星”……!」


 岩塊は意志を持っているかのように素早く空を飛ぶと拳銃に殺到し、持っている研究者の手ごと多方向から叩き潰す。

 バン! という破裂音がしたが、それ以上何も起こることは無く、ひしゃげた手からスクラップとなって落ちた。

 

 直後、サクラの傍らに赤毛の少女が降り立つ。


「アンジュちゃん! どうして……」


 と問おうとしたサクラの頬にビンタをかましながらアンジュは研究者へと歩いていく。


「えっ」


 じんじんと痛む頬を押さえて呆然と立ち尽くすサクラ。手を潰された痛みにうずくまる研究者。

 冷静なのはアンジュだけだった。いつの間にか床に取り落とされていたクオリア停止スイッチを踏みつぶすと、


「バカですわ、あなたは」

 

 輪状に変化した岩で研究者を拘束し、制圧が完了した。


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