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32.すーぱーすぱるた


 暦は四月の最終日。生徒ランク昇格試験はもう間近だ。

 学内戦のシーズンはゴールデンウィークの三連休前に終わり、その時点でのレート如何で昇格試験への参加資格の可否が決まる。

 

「むむむ……」


「どきどきするね~」


 手首に巻いたリミッターの液晶を親の仇のごとく睨み付けるサクラと、穏やかな微笑みで見守るハル。

 二人は訓練前に、更衣室の簡素なベンチに座って通知を待っていた。普段はだいたいこの時間にマッチング通知が来るのだ。 


 サクラの学内戦の戦績は、間違いなく良いと思っていいだろう。

 猛者が蔓延るこの最条学園で勝率は六割を超え、地道にレートを上げてきた。

 現在のレートは1591――一勝で上昇するレートは15が基準なので、次に勝てば昇格試験へ参加できる1600へ達する。

 だが油断はできない。一日に最大でも一度しか試合が組まれない仕様上、次負けてしまえば猶予がないからだ。


「この時期だと、もう1600越えた子や逆にもう望みがない子はマッチングに参加できないから、資格ラインギリギリのつよーい子たちとしか当たらないんだよね」


「怖いこと言わないでくださいよー!」

 

「ふふ、サクラちゃんもその『つよーい子たち』の一員なんだよ?」


 楽しそうなハルの笑顔に少しだけ気分が緩むが、当事者としては気が気でない。

 キリエとの約束は、次の昇格試験に合格すること。

 参加すらできませんでした、では情けないことこの上ない。

 期待には応えたい。この学園都市に来るきっかけになった憧れの人に喜んでもらいたい。

 

 肩に圧し掛かるプレッシャーに、生唾を飲み込んだところで――ピピ、と通知音。


「き、来ました! 日程は……5月2日?」


「最終日だね……」


 つまり、そこで勝てなければ終わりだ。

 四か月後に行われる次の昇格戦を待たなければならない。


「サクラちゃん、対戦相手は?」


「そうだ、ええと――――」


 その名前を目の当たりにした瞬間、更衣室の扉が開く。

 現れた中性的な美貌を持つその少女は驚いたように目を見開き、直後に笑った。


「おー。サクラだ」


「ミズキちゃん……」


 リミッターに表示されていたのは当の青葉ミズキ。 

 サクラのクラスメイトで、その中でもトップクラスの実力を持つキューズだ。


「奇遇じゃん。運命かもね、私たち。でも」


 柔和に緩められた目元が変わる。

 射抜くように、焼き付けるように。鋭くサクラを見据える。


「負ける気はないよ。約束を果たすためにも、勝って私は上に行く」


 強い意志を秘めた、深い海のような瞳。

 サクラはミズキの強さをよく知っている。

 何しろ、以前模擬戦をしたときは歯が立たなかったのだから。

 

 試験を前に立ちふさがる高く硬い壁。

 青葉ミズキを超えなければ、サクラの足取りは止まってしまう。




 * * *




 ずうん、と暗い空気がサクラの頭上に覆う。

 ここまで来ると誰が相手でも苦戦は免れないとは言え、よりによってミズキが相手とは。

 だがそんなことも言っていられない。どう足掻こうが試合はやってくる。


「うん、落ち込んでる場合じゃないですよね! とにかく勝てるように頑張らないと!」


「その意気だよサクラちゃん!」 


 えいえいおー、と二人で腕を突き上げるこの場所は、トレーニングセンターの地下、プライベートルーム。

 大事な試合の前など、訓練の内容を他に見せたくない生徒が主に使う場所だ。特にシーズン終了間際のこの時期は需要が高いので、使用できたのは僥倖だった。


「それで今日は何をするんですか?」


「うん。考えたんだけど、今日を入れて二日しかないでしょう? いつもだったら体力とか筋力とかそのあたりを鍛えたいところなんだけど、今からだと効果が薄いよね。だからこの二日間はフィジカルの方は準備運動だけに留めて、あとの時間はクオリアを伸ばすことに集中しよう」


 サクラは頷く。

 確かに、二日では例え死ぬほど筋トレしても大して意味はないだろう。

 反面クオリアはメンタル次第で短期間でも大きく伸びる可能性がある。

 

「この二日で、ひとつでも使える技を増やそう。手札が増えれば取れる戦法も変わってくるし、効果も大きいはずだよ」


「二日で……」


 かなり厳しいと言わざるを得ない。

 だが、それくらいしなければ勝てない相手であることも事実。

 ぐっと拳を握りしめ、俯けていた顔を上げる。


「それじゃあ雷の矢を二つ同時に出せるようにします! それも指先からじゃなく遠隔で!」 


「サクラちゃんその技好きだねー……」


 かっこいいもんね、と目の前で真似してみせるハル。

 面と向かってそう言われてしまうと、少し身の置き場に困ってしまう。


「まあ、ある程度元になる技があった方がイメージしやすいし、その方向でやってみよっか」


 ハルが受付で渡されたタブレット端末を操作すると、部屋の奥に円形の標的が二つ現れた。二つの間隔はだいたい3メートルくらいだろうか。

 どうやらこのタブレットで、様々な訓練に適した設定ができるようだ。


「あの標的は同時に攻撃を命中させないと壊れないんだって」  


「つまり矢を二本同時に発射しないとダメってことですね……! 頑張ります!」


 サクラは手を前に突き出すと、右肩の上あたりに雷の弾が出現する。

 だが、ひとつだけ。サクラはさらに全身が震えるほどに力を込めると、左肩の上に二つ目の雷弾が生み出された。

 それを見たハルはぱちぱちと手を叩く。


「すごいすごい! もう二つ出せるようになってたんだね~!」


「ふ……ぬ……ぐぐぐぐぐぐ!!!!」


 サクラは顔を真っ赤にして力んでいる。

 一瞬でも気を抜けば番えた矢が四散してしまうのだ。

 ここ最近の訓練で何とか二つ出せるようになったものの、まだコントロールには難がある。

 

「い……けっ!」


 掛け声と共に二つの矢が発射される。

 それぞれが標的へ向かって飛び――命中。だが、片方のみ。もう片方は大きく曲がったかと思うと壁にぶつかって消えた。

 だめですかー、と肩を落とすサクラだったが、直後。


「あばばばばばばばば」


 全身を駆け抜ける衝撃にもんどりうって倒れる。

 突然のことに頭の上に大量の『?』を浮かべつつ手首――衝撃の源を確認する。

 今リミッターから流れてきたのは、錯羅回廊で受けた感電に近い。


「激しくも後を引かないさっぱりした痛みですね……」


「食レポ!? えっとね、この標的は同時に破壊できないと電流が流れる仕組みになってるんだ」


「何ですかその世紀末みたいな設定! も、もうちょっと緩めるとか……」


 ささやかな懇願を受けたハルは口元に手を当てて、少し悩んだ末に小さく、しかしはっきりとこう言った。


「……あと二日」


「っ!」


「ごめんね。時間が無い……なんて言わなくてもわかってると思う。だからわたしは、サクラちゃんならできるって信じて厳しくするよ」


 普段穏やかなその瞳。今はそこに強い意志を感じた。

 サクラのため。追い詰めたいわけではないし、傷つけたいわけではない。

 ただ、サクラの成長のために。ハルは心を鬼にした。


「……いえ、あたしこそごめんなさい。もう一度やってみます!」


 立ち上がったサクラは、再び雷の矢を装填する。

 その眼にもう迷いはない。

 ならば見守るだけだとハルは固唾を飲む。


「お礼とお詫びに後でおっぱい触っていいですからね!」


「それはいいから!」


 大丈夫なのだろうか。

 早くも不安になるハルだった。


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