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28.鏡よ鏡、はよ起きろ


「おや、サクラちゃんじゃないか」


 人ごみにまみれた食堂の中、サクラは思わず鈴の鳴るような声の方を見る。

 その先のテーブルでは、最条学園長がにこやかに手を振っていた。

 前に見たのと変わらない、不自然なほどにみずみずしい少女のような姿だ。

 その手元にはパフェが五つも並べられていて、サクラは内心の驚きを隠しつつ会釈する。


「こんにちは、学園長先生!」


「今日はどうしたんだい? それにそっちの子は……」


 学園長の視線がサクラの隣にいるハルへと動く。

 ハルは緊張しているのか、少しだけ頬をこわばらせていた。


「この子は友達の柚見坂(ゆみさか)ハルちゃんです。えへへ、お昼ご飯を忘れたので買いに行くって言ったらついて来てくれたんです」


 ぺこり、とサクラの横でお辞儀をするハル。

 サクラの手には先ほど購入したエナジーメイトが入ったレジ袋が提げられている。

 以前食事のことに苦言を呈されたものの、気づけばこれを買ってしまっていた。


「いい友達だね。ハルちゃんか……君も、よく頑張っているみたいだね」


 頬杖を突く理事長に、ハルは曖昧な笑みを返す。

 サクラは二人の顔を見比べると、


「理事長先生、ハルちゃんのことご存知なんですか?」


「そりゃあうちの生徒だからね。それに彼女は貴重な治癒能力使いだ、強さとは別のところで有望だろう?」


 ハルは選手(キューズ)志望ではなく、治癒のクオリアを活かした医療方面に進む予定だ。

 そのため生徒ランクも学内戦や昇格試験では上がらず、生徒のサポートで上昇するらしい。

 学園都市の生徒は訓練や試合で日常的に外傷を負いやすいので、ハルは常に引っ張りだこだ。その上サクラの訓練をよく見てくれる。断っても『私にも得があるから』の一点張りなので、受け入れる他なかった。

 

「サクラちゃんの方も話には聞いてるよ。生徒会で頑張っているようじゃないか」 


「あはは、ちょっと飛び道具的な感じですけどね……」


 おそらく学園長が言っているのは錯羅回廊の調査のことだろう。

 サクラはあのダンジョンへの適性を見込まれて生徒会へ勧誘された。

 まだ何度も調査に出向いたわけではないが、今のところ問題なく取り組めているとは思う。

 それはそれとして、明言していないとは言え守秘義務のある話を公衆の面前でされると、落ち着かない気分になってしまう。


 学園長は鷹揚な笑みを浮かべてサクラたちの顔を順番に見つめる。

 その眼差しには慈愛が含まれているようで、しかし同時に値踏みされているようにも感じられた。


「君達には期待しているよ」


 どこか蛇に睨まれたような心地になる。

 やはり見た目通りの年齢ではないのだと感じ、サクラは身体を硬直させ――――


「窓口さん! 窓口さんいますかー!」


 その呼び声に振り返る。

 窓口、というのは人名ではなく、サクラの役職である『相談窓口』のことだ。

 サクラのことをよく知らない生徒からはこう呼ばれることが多かった。


 サクラは学園長の方を見やると、彼女はいっておいでと言わんばかりに手を振った。

 

「ありがとうございます、行って来ます!」


「待ってサクラちゃん、私も行くよ」 


 走り出すサクラの背中を、学園長はにこやかに見送り、パフェにスプーンを突き刺す。

 すくったアイスは溶け始めていたが、あくまで嬉しそうに口に運ぶと冷たい甘味を堪能する。


「上手くやってるみたいで良かった」


 零された呟きは、喧騒の中に溶けて消えた。




 * * *




 相談窓口(サクラ)を呼びに来た同級生によれば。

 生徒会役員が倒れている、とのことだった。

 その役職でサクラが思い出すのは、やはりキリエかココだ。だがあの二人が校内で倒れるなんてことがあるのだろうか。

 もしあるのだとしたら錯羅回廊に関係する何か――しかも二人を昏倒させるほどの何か、という可能性が浮上する。


 そんなものに対処できるのだろうか。そんな恐れを飲み込んで、サクラは走る。

 伝えに来た彼女は用事があると去ってしまったので、現在はサクラとハルの二人だけだ。

 万が一のため急ぎ足で走り、果たして二人は指定の場所……校門脇にたどり着いた。

 

「……んん?」


 確かにそこにいたのはサクラと同じ赤い腕章を付けた生徒会役員だった。

 うつぶせに倒れているので顔は見えないが、髪の色は雪のような白。

 キリエが金髪でココが紫髪であることを鑑みると、どちらにも当てはまらない。 

 つまり、この白髪の少女はキリエの言っていた他の生徒会役員ということになる。


「どう思いますか、ハルちゃん隊長」


「行き倒れだねサクラちゃん軍曹」


「……軍曹と隊長ってどっちが上でしたっけ……?」


「さあ……」



 二人揃って首を傾げるが、そんなことをのたまっている場合ではない。

 倒れているのは事実。早めに対処するのが最善だろう。

 怪我ならハルのクオリアで治せたが、見る限りそうではないらしい。

 謎の役員の傍らにしゃがみ込んだサクラは、まず呼びかけてみることにした。意識があるかどうかを確かめなければならない。


「あのー、起きてますかー」

『あのー、起きてますかー』


 妙な音の広がりだった。

 声が二重に聞こえた……いや、まるで目の前で山彦が返ってきたかのような。

 そして、サクラと行き倒れの中間に、空間が波打ったような現象が起きている。その波は小さく、すぐに消えてしまったが。

 おそらくクオリアの作用だ。


「声が跳ね返ってきました」


「なんだろう、ちょっと調べてみるね」


 スマホを持って検索エンジンに何やら打ちこむハルを横目に、サクラは身体を揺らしてみようと手を伸ばす。

 だが、肩に触れる直前で再び空間が波打つ。サクラが伸ばした手はそっくり同じ強さで押し返され、そこから先に進むことが叶わない。

 声と、力。その両方が跳ね返される。

 このクオリアは一体――――


「あ、わかったよサクラちゃん」


「早いですね!?」


「うん、結構有名人みたい。えっと……銀鏡(しろみ)アリスさん。最条学園二年生で、生徒ランクはB……二年生でBってことは最速で上がってるんだね。クオリア名は『鏡』だって。なんでも反射する鏡を操る将来有望なキューズだとか」 


「鏡のクオリア……いやそれより情報が充実しすぎてませんか?」


「まとめサイトに全部書いてあったよ~。あ、恋人の有無も……なになに、『調べた結果わかりませんでした! いかがでしたか?』だって」


 キューズにプライバシーは無いのだろうか、と苦笑いしつつ、倒れている彼女を見る。

 鏡のクオリア。声も力も跳ね返す。この分だと無理やり抱えて保健室に運ぼうにも運べない。

 どうしたものかと考えていると。


 ぐー。


「ハルちゃん?」


「ち、違うよ? わたしまだお腹減ってないし!」


 ならば、と二人の視線が集まる。

 この銀鏡アリスという名の少女が発したお腹の音だろうか。

 サクラは持ってきていたレジ袋からエナジーメイトを取り出し風を開けると、スティック状のそれをおそるおそる差し出した。

 もう少しでアリスの顔に触れるというところで、首をもたげたアリスの手に奪い取られ、そのままがつがつと食べ始める。

 

「……ぷはあ。生き返った」


 芯の無い、ぼんやりした声とともに起き上がったアリスは辺りを見回すと、サクラの姿を認めた。

 長い前髪で半ばまで隠れた眠そうな目つきに見つめられてどぎまぎしていると、


「ん……後輩?」


「は、はい! つい最近生徒会に加入した天澄(あずみ)サクラですっ! よろしくお願いします!」


 ぺこりと一礼。

 アリスはふわあと欠伸をひとつ落とすと眠気の色濃く残る声でこう言った。


「めんどくさーい……」


「なんでですか!?」  


 驚愕に目を見開くサクラ。

 生徒会の先輩、銀鏡アリス。

 神秘的なその外見とは裏腹に、なかなか癖の強い人物らしい。


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