24.昨日のあたしよりも
仮想試験場、屋上フィールド。
サクラの初の学内戦の相手はアンジュの元取り巻きの一人だった。
「ふん」
取り巻きは不遜に鼻を鳴らす。
その爬虫類のような鋭い目つきは、あからさまにサクラを見下している。
「ま、天澄が相手ならいいわ。楽に勝てそうだし」
「うーむむむ……あ、そうだ、韮鉢ハイジちゃん! 髪型変えたんですね!」
「聞けよ人の話を!!」
ダンダンと地団太を踏むハイジ。
前に見た時はパーマをかけていたはずだが、今は見事なまでの直毛に変わっていた。
以前の髪型はアンジュの髪と少し似ていて、印象的だったのを覚えている。
「私みたいなやつのことも覚えてるなんてな。さすが生徒会役員サマは違う」
「はいっ、特技なんです! 人の顔と名前を覚えるの!」
明るい調子を崩さないサクラに、ハイジは舌打ちを飛ばす。
隠せない苛立ちが、彼女の口の端を曲げていく。
「知ってる? お前を嫌ってるやつはけっこういるんだよ」
「え?」
「ネイティブとして入試をスキップ。その上生徒会にスカウトだ。そりゃ疎ましく思って当然だと思うけどね?」
サクラは恵まれている。
生まれた時からクオリアに覚醒し、錯羅回廊への高い適正まで持っている。
それはサクラが勝ち取ったものではなく、元から持っていたものだ。
仮に今から改めて入学試験を受ければ絶対に合格ラインには届かないし、適性が無ければ生徒会にお呼びがかかることも無かっただろう。
それは努力でどうこうできるものではない。
だからサクラは――いつも通りの笑顔を浮かべる。
「はい、そうですね」
「なんだよ、その顔」
「なにって……あたしは嫌われたって気にしませんから。困っている誰かのために頑張る。それだけは変わりません」
ハイジは眉を寄せる。
この女は無理をしているわけではない。意地を張っているわけでもない。暗い感情を押し殺しているわけではない。
まったく衒いなく、サクラは心の底から、嫌われてもいいと――そう思っている。
「んっとにムカつく……お前が来てから全部台無しだ、お前さえいなければ私らは今も取り巻きやってられたのに!」
二人のリミッターの表示が変わる。
現在時刻が表示され、カウントダウンが開始した。
「そうだよ、あいつが情けなく負けるのが悪いんだ、弱いのが悪いんだ! そしたら私たちは……私はもっと……」
ぶつぶつと零される憤りに、サクラの笑顔が消える。
「……どうしてそんなことを言うんですか」
「あ?」
「中学からの付き合いだったんでしょう? アンジュちゃん言ってました。あなたたちのことを大切な友達だと思ってたって……すごく悲しそうに」
その言葉の何かが逆鱗に触れたのか――ハイジの苛立ちはさらに増す。
嘲るポーズではなく、明確な怒りをあらわにする。
「だから言ってるだろ、利用してただけだって! あの世間知らずのお嬢様には利用価値があったから取り巻きやってたんだよ。悲しそうだったって? いい気味だ、そのまま没落してろ!」
どうしてそこまで悪意を向けるのか、サクラにはわからなかった。
ただ、わかることはひとつ。
今日この試合は――絶対に負けられなくなった。
「……謝ってください」
「あ?」
「あたしが勝ったら、アンジュちゃんに謝ってください」
カウントダウンがゼロに近づく。
もう数瞬で試合が始まる。
「アンジュちゃんは前にあたしに言ったことを謝ってくれました。あたしのことを心配してくれました。困ってたら助けてもくれました」
言葉に宿る熱が上がっていく。
それに呼応するようにカウントがゼロに達し――『FIGHT』という無機質な合成音声が鳴り響いた。
「だから……あたしの大切な友達を貶めるようなことは言わないでください!」
試合開始と同時、お互いにクオリアを発動させる。
早かったのはハイジだ。中学からの戦闘経験がそうさせるのか、サクラより先に右手から鞭を顕現させた。
一瞬遅れてサクラの指先が輝くと、そこから雷の矢が発射される。
「その技しかないってことはわかってんだよ!」
空を駆ける雷が鞭で弾かれる。
文字通り雷と見紛う速度の攻撃を凌ぐ判断と反応速度、そしてクオリアの正確さ。
わかってはいたことだが一筋縄では行かない。
そして間髪入れず、ハイジの左手から伸びた二本目の鞭が素早くサクラの手に巻き付き動きを封じる。
矢を弾いた右手の鞭も同じくもう片方の手を拘束し、サクラは身動きが取れなくなった。
「知ってるよ。お前の試合は何度か見せてもらったからね……お前の”矢”は指先からまっすぐ飛ぶ。つまりこうして腕を封じて狙いをつけられなくすれば楽勝だってこと!」
よく見ている、と思った。
相手の攻撃を観察し、その弱点を突く。
確かにサクラは指先から雷の矢を飛ばす以外の攻撃方法を持っていなかったし、こうして両手を縛られてしまってはまともに相手を狙えない。
「それはどうでしょう」
――――少し前までなら、だが。
「は?」
この状況で何を――と嘲笑を漏らしたハイジ。
しかしその直後、鞭が焼き切れた。
「はぁ!?」
ハイジの目に見えたのは、虚空から一条の雷が発射され、鞭を断った光景。
ちぎれた鞭はぱらぱらと床に落ちて消える。
そして、サクラの両手も自由になった。その指先には、まばゆいほどの雷光が充填されている。
「これが、今のあたしです!」
一瞬のことだった。
駆け抜ける雷の矢がハイジの胸を貫き、一撃でアーマーを破壊する。
その手首のリミッターから『BREAK DOWN』という合成音声が無慈悲に流れ、勝敗が決した。
ふう、と全身の身体を抜くと、倒れたハイジがうめき声を上げた。
「……クッソ。仕方ないだろ……私みたいにクオリアが弱いやつはこういう生き方じゃないとやっていけないんだよ」
「あたしは確かに恵まれているのかもしれません。でも」
「黙れ」
言葉の強さに反して、弱弱しい声。
サクラはその静けさに耳を傾ける。
「……知ってるんだよ。あんただけじゃない、この学校にいるやつはみんな努力してるんだって。だったら私らみたいなやつはどうやって追いつけばいいんだ」
そんなか細い弱音だけ残して、ハイジは転送された。
サクラもまもなくロビーに戻されるだろう。
仮初の屋上から見える青い空。現実と遜色なく見えるその景色を眺めることなく俯く。
「……この学校に入ってるだけで、ハイジちゃんだってすごいじゃないですか」
発言の内容はともかく、確かな実力を感じた。
才能の所在。それはこの競技という世界でどれほどの影響力を持っているのだろう。
飛び込んだばかりのサクラにはわからない。きっとハイジの方が良く分かっているのだろう。
壁にぶつかって挫折したことだってあるのかもしれない。サクラもいつか、そんな壁に直面するのかもしれない。
あのキリエだってそうだったのだから。
初めての調査を終えた際、キリエが言っていたことを思いだす。
『君は確か、私のようなキューズになりたいんだったね。だったらまずはDランクを目指してみよう』
『最初の試験で昇格なんてほとんど無理? ああ、そうだね。一か月で周りより成長し、試験に合格する――それは確かに容易ではない。だが――――』
『だからこそ、だ』
『それくらい高い目標を立てなければ三年間などあっという間だよ』
「あたしは強くなってる」
もし挫折の時が来るとしても、それは足を止める理由にはならない。
だから今はただ進むだけ。自分にできる、最高速度で。
力強く拳を握りしめたサクラの初めての試合は勝利で幕を閉じる。
錯羅回廊での戦いは少女を確かに成長させていた。
閲覧ありがとうございます!
来週からどうしてもパルデア地方に行かなければならないので、
次回更新から火・金・日の週3更新になります。ストックが溜まったらしれっと隔日に戻してるかもしれません。
よろしくお願いします。




