22.光の背中はまだまだ遠い
錯羅回廊、第一層。
遺跡の残骸転がる平原に、大型のモンスターが出現した。
空に浮かぶのはいくつものブラウン管テレビが数珠つなぎに連結した蛇のようなモンスター。
そして地上には、その蛇の身体を構成するテレビの画面から生み出された人型のスライムが数十体――今も増え続けている。
「スライムは私が蹴散らす! サクラはあのテレビを頼んだ!」
スライムの軍勢へと手をかざすキリエの長い金髪が靡く。
走り出そうとしていたサクラだが、それに反応して思い切り振り返った。
「今名前で呼んでくださいました!!??」
「言ってる場合かー!」
叫びながらレーザーでスライムを薙ぎ払うキリエ。
サクラが数体相手するだけでもへとへとのベトベトになった敵を跡形も無く消し飛ばしてしまった。
それも明らかに片手間の気軽さで、やはり彼女がこの学園都市で最強なのだと再確認する。
だが見蕩れている場合ではない。
滞空していたテレビの蛇は身体をくねらせるとサクラ目がけて突っ込んできた。
「うわっ!」
紙一重で回避する。
スライムの緩慢なそれとは比べ物にならないスピードだ。
サクラはパチンと自分の頬を叩いて気を引き締め直す。
「頑張らなきゃ」
キリエがいるからと言って緩んでいた。
これからの調査でいつでもキリエが同行してくれるわけではない。
生徒会に入ると決めたのは、錯羅回廊の調査が成長に繋がると思ってのことでもある。
こんなモンスターくらい一人で倒せなくては。いや、キリエは倒せると信じたからこそ任せてくれたのだろう。
空から雑音がする。
蛇の頭を担当しているテレビの画面から、昔のバラエティ番組が垂れ流しになっているのだ。
サクラはそこ目がけて指で狙いをつける。
「いけっ!」
雷の矢がまっすぐに駆け抜ける。
蛇は目前に迫った脅威に対して身体をひねるも、避けきれず胴体の一節に直撃した。
砕け散るテレビ。しかし無数の破片は空中で停止すると、まるで逆再生するかのように元の形を取り戻す。
「復活した……!?」
驚きに目を見開くサクラ。
同時に蛇は攻撃者たるサクラへと猛スピードで突っ込むと、長い尾で強烈に打ち払った。
巨大なハンマーで殴打されたのと等しい衝撃に一瞬視界が白む。
「がっ!」
草むらの上を何度も転がり、やっと止まる。
負傷はない。だがアーマーが大きく削られてしまった。
ゆっくりと立ち上がる間にも、蛇はスライムを生み出し続け、それをキリエが端から蒸発させている。
「サクラ! そのモンスターは同時にすべてのテレビを潰さないと無限に復活するぞ!」
キリエの深紅の瞳と視線が交錯する。
サクラは小さく頷くと、上空の蛇を見上げた。
あのモンスターは極めて単純だ。
ただ真っすぐに突っ込んできて物理攻撃を繰り返してくるだけ。それはこちらの攻撃をいなして、カウンター気味に行われる。
加えて厄介なのは再生能力だ。同時に一本しか矢を出せないサクラにとって、全てのテレビを同時に破壊するのは不可能。
(……いや)
できる。
シビアだが、不可能ではない。
「はあっ!」
狙いをつけて雷の矢を放つと、蛇の頭部に着弾。
粉々に砕けた頭部は再生を始め――完了を待たずに蛇は突進を開始する。
対するサクラは、逃げた。
背を向けて、一目散に、全速力で。
「サクラ!? いや――そうか」
一瞬驚愕するキリエだったが、すぐに意図に気づく。
笑みを浮かべるその視線の先では再生が完了した蛇とサクラが速さ比べを始めていた。
サクラは後ろを確認する。
まっすぐ走るサクラへ追いすがる蛇は、その身体を一直線に伸ばしていた。
「一発しか撃てないなら――――」
身体を180度ひねりながら急ブレーキ。
目前に迫る蛇の顔面に指を突き付ける。
指先には、すでに”矢”が装填されている。
「一発で全部撃ち抜けばいい!」
迸る雷が蛇に直撃した。
サクラを追いかけるため、一直線に並んだすべてのテレビを貫き、飛び散った破片は再生を始めることなく消え去った。
「良い機転だったな」
残ったスライムを倒しながらキリエが歩いてくる。
よく考えると逃げている間も蛇はスライムを生み落とし続けていたのだから、キリエにも追いかけさせることになってしまったのだ。
「あはは、何とかうまくいきました。それもこれもキリエさんがあのモンスターの性質を教えてくれたから……って」
どすん。
キリエの数メートル後ろに、ブラウン管テレビが落下した。
どすん、どすんどすん、どすんどすんどすんどすん。
山のように積み上がったテレビはひとりでに連結すると空中に浮かび上がり……
「キリエさん! さっき見ましたこれ!」
「うーん、まさか二体目がいたとは」
サクラは疲労を背負った身体で構える。
さっき倒せたのだから今度も同じだ――しかしその肩にキリエの手が置かれる。
「今日はもう充分頑張ってくれたよ。下校時刻も近づいていることだし……ここは私がカタをつけよう」
その言葉の直後。
合体が完了したテレビ蛇が粉々に吹き飛んだ。
「…………!」
サクラに見えたのは、キリエの身体が瞬いたこと。
そして、数えきれないレーザーの群れが蛇を襲った光景だった。
隣のキリエを窺うと、何事もなかったかのように踵を返して歩き出す。
「さ、これでしばらくモンスターの発生も落ち着きそうだし、今日の研修は終わりだ。帰るとしよう」
サクラはキリエの後を追いかける。
颯爽と歩むその背中は、とても大きく見えた。
「……やっぱりキリエさんはすごいです!」
「だろう?」
自身たっぷりに笑うキリエは、心から嬉しそうだった。
* * *
帰り道。
人の真似を推奨したのは誰かと聞かれたので、黄泉川先輩だとサクラは答える。
「ココがそんなことを? へえ、随分仲良くなったじゃないか」
「仲良く……そうなんでしょうか。黄泉川先輩ってすごく優しいから、あたしのことを気にかけてくれただけなんじゃないでしょうか」
黄泉川ココ。
あまり変わらない表情から冷たい印象を受けるが、生徒会に入る前も気にかけてくれたり、親身になってクオリアの使い方について教えてくれたこともあった。
何より他人の心を如何様にもできる力を持っていながら、それを戦闘以外には使わない――黄泉川ココはそんな高潔な人物だ。少なくともサクラはそう思っている。
「優しいのは否定しないけどね。彼女が自分から誰かと関わろうとするなんて、ましてやアドバイスをするなんて私が知ってる限りでは初めてだよ。よっぽど君のことを気に入ったんだろう」
黄泉川ココの思念のクオリア――その機能は、読心。念話。洗脳。記憶操作。認識操作……軽く羅列するだけでも多岐にわたる。
こと心に対しては万能のクオリアとも言えるだろう。
「ココのクオリアは本当に強力だ。しかし、それゆえに周囲の人間は彼女を忌避したがる」
「そんな……」
「あまり詳しくは話してくれないんだけどね。しかし彼女のクオリアはかなり早熟だったと聞く――そのことを考えれば、これまでココがどういう扱いを受けてきたかは想像できる」
誰だって自分の心の内は知られたくないだろう。
それだけではない、心を好きに操作できると考えれば、自分から近づこうと考える者は数えるほどもいないはず。
どれだけココに力を使う気が無くとも、疑いは消えないのだ。
「……あたし、もっと黄泉川先輩と仲良くなりたいです」
「ああ。……ココだけじゃなく、私ともね。まずはSIGNのIDを交換するところから始めよう」
「ええっ!?」
サクラはおっかなびっくりIDを交換した後、現実に戻ってキリエと別れ。
その日は一晩中眠れなかった。
これで二章は終わりです。
いつも読んでくださる方やこれが初めましての方もありがとうございます。
評価等々モチベに繋がっております。もっと欲しい(欲望)
これからもよろしくお願いします!