21.スライムとテレビとあたしとあなた
二人でのどかな景色の中を歩いていると、ただ散歩しに来ただけのような気分になってくる。
最初の時に訪れた血肉の洋館は本当に危険な区域だったのだと改めて思い知った。
しかし平原と行ってもよく見れば違和感がある。
地面の一部がアスファルトの道路の切れ端になっていたり、信号機や歩道橋が無造作に転がっている。
思わず二度見したのは地面に埋まった自動販売機だ。横倒しで半分ほど沈んでいるのに、なぜか電気が通っている。
「お金入れる所が埋まっちゃってますね。ざんねん」
「埋まってなかったら買うつもりだったのか……」
そもそも学園都市では専用の電子通貨しか使えないので現金は持っていないのだが。
キリエいわく、錯羅回廊はクオリア使いの意識から構築されているから様々な物体が混ざって構成されてしまうらしい。
ファンタジーと現実が混じりあったコラージュのような景色はまるで夢の中だ。
「……っと、来たな」
そこでキリエが足を止めた。
その視線の先、地面から青みがかった粘液のようなものが染みだしている。
意志を持ったように蠢く粘液は徐々に形を変えると、人型の輪郭を作り出した。ちょうどデッサン人形のような形だ。
「スライムだな。いい機会だ、戦ってみるといい」
「あれスライムなんですか? なんか人型でふらふら歩いてますよ」
「あまり攻撃してこないから訓練の的だと思って。ほら、君なら容易く倒せるだろう」
キリエがここに連れてきた理由がだんだんわかって来た。
こうしてモンスター相手に実戦練習をさせるためだったのだろう。
憧れの相手に期待されている。それが何だかむずがゆくて、身体の奥から力が湧いてくる。
「よーし、あたしに任せてください!」
意気込んだ瞬間、スライムがその腕を伸ばして攻撃してきた。
顔面を狙ったそれをサクラは首を振ってかわす。
動きは鈍く見切りやすい。確かにこれなら最初の相手としては適任だろう。
「雷の矢!」
束ねた指先から雷が迸り、スライムに直撃。
跡形もなく爆散させた。
「雷の矢、か。ふふ」
「はっ!」
おそるおそる後ろを振り返ると、キリエはなんだか嬉しそうにニヤついていた。
「間近で見ると大したものだな。私が君くらいの頃はここまでの威力は出せなかったよ……それにしても、本当に私と同じフォームとは」
「あわわわこれはそのですね、えーとパクったとかではなく愛ゆえにというか……愛!? いやそういうアレじゃないんですよ!」
泡を食ったように慌てふためくサクラ。
後輩のそんな姿にキリエはますます笑みを深めると鷹揚に頷いた。
「いいさ、別に著作権なんて主張する気はない。同じように私を真似する人はそれなりにいるらしいしね」
「そうなんですか」
考えてみれば当たり前かもしれない。
キリエは名実ともに最強で、一番有名なキューズ。
そんな彼女に憧れる者は枚挙に暇がないし、サクラもその一人というだけだ。
「そう言えば前にどんどん人の真似したらいいって言われました」
「正しいね。私を参考にしてみんなが強くなってくれるなら、それ以上の喜びはないよ」
「みんなが強く……?」
「そう。私はキューズ全員のレベルをもっともっと上げたいんだよ――ほら、次が来た」
キリエの指差す先を追うと、先ほどのスライムが再び出現していた。
今度は三体、四体……五体。かなりの数だ。
数の不利に思わずサクラはキリエに振り向くと、笑顔でサムズアップを返された。
「がんばれ!」
「あの、最条先輩が手伝ってくれたりとかは……」
「危なくなるまでは無い!」
がーん、と肩を落とす。
意外にスパルタなのかもしれない。
いや、もしもの時に助けてくれるだけでも優しいと言えるかもしれない。
サクラはかぶりを振ると、スライムたちに向かって行った。
* * *
「うぶぶ……」
十分後。
そこには粘液まみれで頼りない息づかいを上げるサクラがいた。
スライム五体はさすがに多く、攻撃を受けながらの戦いになってしまった。
「上出来だぞ天澄さん! それにしても大丈夫か? 随分と息が上がっているようだが」
「じ、実は長いことインドア派で……体力づくりを始めたのは本当に最近でして」
「体力は大事だよ。試合だとどうしても動きっぱなしになるし、長引けばスタミナ勝負になるからね」
クオリア肉体強化は元の身体能力に比例する形で作用する。クオリアという異能を使った戦いだとしても、結局のところ基礎身体能力の重要度は高い。
サクラは重い身体をなんとか起こして立ち上がる。
ふらふらするが、憧れの相手に情けない姿を見せ続ける方が嫌だった。
「今戦ってみて思ったんですけど、矢を一本ずつしか出せないのがかなり不便ですね……」
その上連射も効かない。
今のままでは接近戦になった際、もし外したらその隙を狙われて危険だ。
「複数同時にコントロールするのはかなり難しいからね。ちなみに私はギュイーン! ズドドドーン! って感じで出しているぞ」
「え? ぎゅい……なんですか?」
「だからギュイーン! ズドドドーン! だよ」
キリエは自慢げだ。
だが、サクラがひたすら首をひねっているのを見て、通じていないのを察したらしい。
「いや、これではさすがにわからないよな……よく周りに言われてるんだ、『お前は教えるのが壊滅的に下手だ』と」
「そ、そんなことないですよ! わかりますわかります!」
「気を遣ってくれなくていい……自覚はしてるから……」
肩を落として歩くキリエ。
どうしよう、とサクラが慌てふためいていると、突然道の脇に何かが落下してきた。
驚いて飛び上がるサクラ。それは一辺1メートル弱の箱だった。
「なんでしょうこれ……画面? がついてる……ガラスっぽい……テレビかモニターなのかな、それにしては分厚すぎるような」
それはすでに廃れたブラウン管テレビと呼ばれる代物だが、レトロ文化に明るくないサクラは頭の上に『?』を浮かべながら眺めている。
だが、キリエは違った。
「天澄さん、下がれ!」
ぐっと肩を掴んでサクラをテレビから離す。
直後、いくつものテレビが連続して落下してきた。
「な、なんですかこれ」
「……気を引き締めていこう。今日はこいつを倒しに来たんだ」
え? と疑問を口にする前に、テレビの山が動いた。
ふわりと空中に浮かび上がると、ひとりでに連結を始める。
数珠つなぎに組み合わさっていくテレビは見る間に蛇のような姿へと変貌を遂げた。
空に浮かぶテレビの蛇。その頭部を担当する画面からは昔のバラエティ番組と思しき映像が垂れ流されていた。
「よ、よーし、あたしがあれを倒すってことですよね! あたしに任せて――――」
と、サクラが意気込もうとした瞬間。
胴体を構成するいくつものテレビの画面。そこから大量の粘液がしたたり落ちると、大量のスライムを形作った。
その数、数十体。
明らかにサクラの手に余る軍勢だ。
硬直するサクラの肩に手が置かれる。
「よし、ここは私も出よう。スライムの掃討を担当するから、君はあのテレビを頼む」
「最条先輩……」
「キリエでいいよ。普段はそう呼んでいるんだろう?」
余裕たっぷりの笑顔に見透かされたサクラの頬が赤く染まる。
だが今は戦う時。身体に溜まった熱を、息と共に吐き出す。
「い、いきましょう、キ……キリエさん!」
ばちばち、と右手に稲妻が走る。
憧れのキリエと、肩を並べて戦う。
望外の共闘に、サクラの身体に言い知れぬ力が湧き出していた。
天澄サクラ
備考:目上相手でなければ『名前+ちゃん』で呼ぶことにしている