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205/208

205.The Almighty


 身体の奥底から計り知れない力が湧き上がってくる。

 血液を逆流されたことで負った致命傷が治癒されていくにつれて、消えかけていた意識が浮上する。

 鮮やかに開いた視界で、目も眩むような紫電がこちらに切っ先を向けているのを目の当たりにした。


 あの雷は迎撃も回避もできる気がしない。

 防がなければ。

 そう考えた瞬間、身体が――いや。

 心が勝手に動いていた。


 頭に浮かんだのは、真っ赤な髪をしたライバルの姿。

 岩を自在に操る移動要塞のごとき彼女。

 山茶花アンジュの声がした。これを使えと。

 

 不思議だった。

 サクラは、その能力を自分が持ちうるものとして行使する。

 山茶花アンジュの十八番、”衛星”を作り出し、撃ち出された紫電の槍を完全に防ぎ切った。

 

 白煙が広がる。

 傷はいつの間にか完全に治癒されていた。

 使い切ったはずの生命力が無尽蔵に湧いてくる。

 

(だけど状況は変わらない。理事長に攻撃しても意味がない――――!)


 結局のところ、最大の問題はそこだった。

 いくらサクラに新たな力が宿ろうと、最条アラヤが持つ永遠のクオリアを突破できなければ勝つことは不可能だ。

 白煙の中で奥歯を噛みしめ出方を窺うサクラだったが、そこで。

 かすかに聞き覚えのある声がした。


《――――――――サクラ》


「…………!」


 忘れるはずがない。

 今はもういない、彼女の声。

 サクラの記憶の中だけに生きる少女。

 

 気づけばサクラは右手の二本指を煙の向こうにいるアラヤへと向けていた。

 電光がわき起こる。そこに――”彼女”の能力を乗せて、放つ。 

 雷の矢。


「なっ!?」 


 驚愕の声がした。

 狙いは少し外れたが、命中したのがわかった。

 白煙が晴れる。目を見開いたアラヤが抑える頬には一筋の赤い傷跡が刻まれていた。



 * * *



 全身から錯羅回廊の象徴たる虹色の光をあふれさせた少女を前に、アラヤは思案を巡らせる。


(何が起きた? まさか……あの黄泉川ココが何か細工を?)


 サクラは未だ気づいていない。

 最深部の入り口に張られた断絶の壁を前に、ココが倒れている。

 同時に違和感を覚えた。自身と同化した錯羅回廊に揺らぎが生じている。

 

「まさか、ハッキングされた? 思念のクオリアで……そうか、そういうことか」


 アラヤはココの為した所業にたどり着く。

 ココは人類の意識の集合体たる錯羅回廊を中継地点にして、クオリア使いの意識を天澄サクラの意識にリンクさせたのだ。

 錯羅回廊の化身たる天澄サクラに意識をリンクさせれば、他人のクオリアが使えるようになる。

 傷が治癒されているのは命のクオリア。

 紫電を防いだのは岩のクオリア――ということだろう。


 黄泉川ココ一人の脳のリソースではリミッターを外したところで全人類とまではいかないだろう。リンクした人数は相当に限られているはず。

 だが、アラヤには腑に落ちないことがある。


「どうして私に傷をつけられた? そんな所業を可能にするクオリアなど存在しなかったはずだ」


「……消滅のクオリア」


「なに?」


「クオリアを無効化する、エリちゃんの消滅のクオリア! その力を乗せた攻撃があなたの永遠を打ち消したんです!」   


 消滅のクオリア。

 手から繰り出す波動や直接接触することで対象のクオリアを無効にする能力。

 アラヤもその存在については知っている。事実、この計画に起用したデザイナーズベビーたちにも搭載された力。

 だが。


「ありえない。”消滅”の可能性については検討済みだ。だからこそキリエの次に作りだしたデザイナーズベビーにその力を宿らせた。だが、あのクオリアに永遠を打ち消すほどの力は無かったんだ!」


 錯羅回廊と同化しつつあるアラヤの脳裏に失われていた記憶が蘇る。

 最条キリエは、最強のキューズとして、いざという時の戦力として作り上げた。

 そして空木エリは、永遠を打ち消す消滅のクオリアのキャリアとして設計された。

 だが、目論見は破綻した。消滅を宿した彼女に触れても永遠のクオリアの力は一切揺らがなかった。

 だからこそ『消滅』というプランを捨て、人類の意識統一という計画に打って出たのだ。

  

「いいえ」


 だが、サクラは首を横に振る。


「こうして多くのクオリアを宿してわかりました。クオリアの力は概念なんです。『かくあるべき』と定義された力――――消滅という力を持っているなら、消せない力は無い。あなたの永遠のクオリアを打ち消せなかったのは、永遠のクオリアを持つあなたの心がエリちゃんよりも強かったから。『永遠である』という概念を、エリちゃんでは突破できなかった」


「だったら……君ならできるというのか」


「あたしだけじゃ無理です。だけど、今のあたしは一人じゃない。あたしの心の中に、みんながいる。みんなの力を合わせれば、あなたの心を上回る!」


 今のサクラには何人もの意識が接続されている。

 まるで複数のコンピュータを接続して並列演算を行うように、人数のぶん心の力は上乗せされ、クオリアの出力も高まっている。


「諦めてください。あなたの永遠は、ここに敗れる」


 投降の勧告を受けたアラヤは俯いて黙り込む。

 サクラは――一歩あゆみ寄る。

 きっと理解してもらえたはず。そう考えるのはサクラの善性あってのものだ。

 しかし彼女は理解していなかった。

 追い詰められた者が起こす、自暴自棄を。


「斬撃!」


 ひゅ、と空を切る音がして――サクラの首から肩にかけてが深く切り裂かれた。

 鮮血が散る。それとほぼ同時に命のクオリアによる治癒が始まる。


「何を……!」


「ここまで来て諦められるか……! ここで永遠を失って、お前たちと同じ時間を生きていく!? ふざけるな!」


「それを望んでいたはずでしょう!?」


 その訴えに返答は無く、代わりに爆炎が飛んでくる。

 サクラは氷のクオリア――氷室リッカの力を使い、相殺する。


「鏡+光!」


 アラヤがさらに動く。

 先ほど見せたのと同じ技。無数の鏡に光線を乱反射させ、サクラを全方位から狙う。


「アリス先輩!」


 だが、今のサクラにも同じ力が宿っている。

 向かってくる光線に対し、小型の鏡を周囲に配置しすべての光線を反射する。

 だが、それだけではない。


「光線が反射するたび分裂していく……!?」


「複眼鏡! 微細な鏡が集まった鏡です!」


 反射と同時に複製され、散弾のごとく分かたれた光線がアラヤの全身を貫く。

 だが、やはりすぐに傷は塞がってしまう。消滅の効力には限りがある――サクラはそのことを知っていた。

 やはり、アラヤに直接叩き込む必要がある。


「くぅ……っ、浮遊!」


 アラヤの全身が浮き上がる。

 虚空から推力を得たアラヤは、断絶の壁を解除し、樹木の天井を破り飛翔する。


「ミズキちゃん!」


 サクラの右手から水が湧き出る。

 クラスメイト、青葉ミズキの水のクオリア。

 

 サクラはぐんぐんと高度を上げていくアラヤに向けて、人差し指を突き付ける。

 その先端に高圧の水が集約され、一線となり発射される。


「がぁ……!?」


 ウォーターカッター。

 宝石すらも切り刻む水流がアラヤの胸に風穴を開ける。


「カナちゃん先輩!」


 サクラの背中から黒翼が飛び出す。

 花鶏カナの翼のクオリアが力強く大気を叩き、空へと舞い上がる。


「オマエ……!」


 苦悶の表情で睨み付けるアラヤに、サクラも負けじと視線を返す。

 サクラとアラヤ。複数のクオリアを使いこなす二人だが、そこには明確な違いがあった。

 

「あたしは、今まで色んな人と戦ってきました。たくさんのライバルや先輩に囲まれて、強くなるために走り続けてきました」


 サクラは、自分のことが嫌いだ。

 自分のしでかした事を思い返すたびに反吐が出そうになる。

 ふとした時に過去の自分が追いかけてくる。


 ――――過去(あたし)を忘れてないか?


 そう囁く。

 だからサクラは進む。常に新しくなる。

 昨日の自分を置き去りに、明日の自分を掴みたいから。

 みんなが大切にしてくれる自分のことを、いつか本当に好きになりたいから。


「だから、みんなの技を……戦いを。努力の結晶を知ってる! みんなの(つよさ)を良く知ってる!」


 アラヤとの違い。

 それは、その身に宿るクオリアをどれだけ知っているか。

 身をもって苦しめられた力。ピンチの時に助けてくれた力。

 その記憶がサクラの糧になっている。

 ただ能力を持っただけのアラヤとは違う。


「あたしが学園都市で戦ってきたのはたったの半年余りです。だけど、その半年があなたの数百年に劣っているなんて誰にも言わせない!」


 だから負けない。

 負けるはずがない。

 諦めたアラヤに、諦めずにここまで来た自分が負けるはずがないのだと――サクラは、そう宣言した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全部乗せ……!!!胸熱!!!
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