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20.すぐそばの光


 その少女は一目でわかる気品と美貌を湛えていた。

 齢15歳。だが明らかな所作の違いは育ちの良さを窺わせ、しかしつんと上げられた顎には近づき難い不遜さが宿る。

 高いプライドと実力。それらを兼ね備え堂々と教室に鎮座しているのが普段の彼女、山茶花アンジュである。


 ただ、その形容が適用されるのは”普段”であり――つまるところ、今は違う。


「…………」


 そわそわそわそわ。

 今日のアンジュは落ち着きなく身じろぎを繰り返し、後ろの席のメイドから怪訝な表情を向けられている。

 しかしそんなことを気にしている余裕は無く、アンジュの視線は一人のクラスメイトへ注がれていた。

 ライトブラウンの髪に同じ色の瞳。特に秀でたところがあるわけでもない平凡な少女は天澄(あずみ)サクラだ。


 昨日のこと。

 アンジュは紆余曲折あって、取り巻きたちから三下り半を叩きつけられた上に暴力を振るわれそうになったのだが、その時に身を呈して庇ってくれたのがサクラだった。


 取り巻きたちとの関係が切れてしまったことはいい。向こうはこちらを煩わしく思っていたようだし、それなら離れて良かったとも考えられる。悲しくはあるが。


 そういうわけで現在アンジュの脳内を駆け巡っているのは取り巻きではなくサクラなのであった。


(なんなんですの……この動悸は……)


 右前方の席に座るサクラから目が離せない。

 心臓は高鳴るし、気を抜くと顔が熱くなってくる。

 見れば見るほど症状は悪化していくのに、釘付けになった視線はどうにもできなかった。

 

 授業に取り組む真剣な表情。

 きっと学園都市に来たのが遅かった分を取り返そうと努力しているのだろうと思うと心臓が締め付けられる。

 そんな甘い疼きに、気づけば何度目かのため息をこぼす。


 とにかく、また話したい。

 昨日は勢いで逃げ出してしまったが、もう一度関わればこの感情の正体も理解できるのではないだろうか。

 いやしかし理解したとしてどうなのだ、自分にそんなことをしている余裕があるのかと煩悶していると授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「……っ!」 


 教師が出ていき、生徒たちの話し声やガタガタと立ち上がる音が混沌を作り上げる。

 アンジュもまた勢いよく立ち上がり、一歩目を踏み出した瞬間足が止まった。

 

「……うう」 


 恥ずかしい。

 どう話しかければいいのかわからない。

 そうしてためらっていると、目的のサクラは用事でもあったのか友人に一言二言話しかけると脱兎のごとく教室を飛び出して行った。


 がっくり、と落ちる肩。

 落ち込むアンジュの後ろからメイドが無表情のまま話しかける。


「思い切ってドーンと行かないからですよ」 


「黙りなさいメイドの分際で」


 キッと睨み付けてみるも、メイドは慣れているのかどこ吹く風といった調子で、


「おてて震えてますよ」


「くっ……くう~!!」


「涙拭いてください」


 赤い顔に差し出されたハンカチをひったくり、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 それでも荒れ狂う感情は静まることなく、制御の気配は未だ見えない。




 * * *




 そんなことはつゆ知らず、当のサクラは生徒会室へやってきた。

 朝のうちにココからSIGNで『授業が終わったら生徒会室に行くこと』『詳細は私も知らないから会長に聞いて』と連絡を受けたのだ。

 

 生徒会室を訪れるのはまだ片手で数えられる程度なので緊張する。

 何となく手汗をブレザーで拭くと、意を決してドアノブを開いた。


「早かったね。どうぞ」

 

 キリエはすでに席についていた。

 促されるままに長テーブルに備え付けられた椅子に腰かける。

 二人きりである。サクラが学園都市に来るきっかけになった憧れの選手(キューズ)――最条キリエとこうして対面していると、夢なのではないかと錯覚しそうになる。

 いつか慣れるのだろうか、とそわそわしつつも緊張で乾いて張り付いた唇を開く。


「えと、今日はいったいどういったご用でしょうか」


「今日は私と一緒に錯羅回廊の調査に行ってもらおうと思ってね」


「それはもしかして二人きりってことですか!」


 サクラが前のめりにまくしたてると、キリエは少し面食らった後にくすくすと笑う。

 

「ああ、君はまだイレギュラーな入り方しかしてないからね。早めにきちんと研修をしておこうと思ったんだ」


「入り方っていうか引きずり込まれた感じでしたけどね……」


 一度目はハルを追って。二度目はミズキを助けるためがむしゃらに飛び込んだ。

 錯羅回廊が一軒家だとしたら、窓や煙突から侵入するばかりで扉から入ったことがない。

 以前キリエたちがしてくれた錯羅回廊の説明を聞く限りは、任意に入る方法があるはずだ。


「というわけでさっそくだが行ってみよう」

 

 キリエがスマホを何やら操作すると、壁際の戸棚がガタンと揺れる。

 驚いたサクラの肩も揺れる。

 戸棚がゴゴゴゴとひとりでにスライドしていくと、その奥に下へと続く階段が現れた。


「すごいだろう。私がおばあさまに頼み込んで作ってもらったんだ」


 ふふんと得意げに胸を反らすキリエに、サクラは目を輝かせる。

 こんなギミックが生徒会室にあるなんて、漫画でしか見たことがない。


「ふおおお……! 秘密基地みたいですっごくわくわくしますねこれ!」


「そうだろうそうだろう、それではさっそく突入だ」


 楽しそうに先導するキリエと、そこに続くサクラは共に階段を降り始める。

 明かりが無く薄暗い。と思っていたら、キリエが指先に光を灯して足元が見えるようになった。

 何でもこの大掛かりな仕掛けの代わりに照明の類は付けてくれなかったらしい。


「お前は光のクオリアなんだから自分で明かりの代わりをしなさい――だってさ」


「光……」


 インタビューなどで知ってはいたが、こうして本人の口から生でクオリア名を聞くのは初めてだった。

 錯羅回廊で助けてくれたのもその能力による攻撃だったのだろう。

 最強のキューズが持つ、最強のクオリア。直接戦闘に置いて右に出る者はいないとされている。

 ……今はこうして電球代わりになっているが。


「天澄さんは素質があるよ。君くらいの時、私はあれほどの威力の技は使えなかったからね」


「え?」


 褒められた嬉しさよりも困惑が勝った。

 サクラの中のキリエはずっと最強で、学園都市の頂点に立っていて、憧れの存在だったから。

 

「高校に入ったころ、私の能力は高速のクオリアと呼ばれていた。私自身の実力はともかく、クオリア自体は……まあ、お世辞にも強いとは言えなかったな」


 高速のクオリア。

 キリエいわく、『ただ素早く移動できるだけ』のクオリアだったらしい。

 今とはまるで違う。


「しかし突如として私は壁を越えた。開花した私のクオリアは次々にその能力を拡張させていき、光のクオリアと呼ばれるようになったんだ」


「何かきっかけがあったんでしょうか」


「それはわからない。強いて言うなら……私はその時、強くなることを諦めていた。このクオリアではこれ以上強くなれない、上には行けない――もしかしたらそれが逆に心の枷を外したのかもしれないね」


 それからはサクラも知っている。

 その圧倒的な強さで瞬く間にプロデビューを果たしたキリエは、そのままキューズの頂点……キングの称号を得るに至った。


「心の枷……」


「君も心当たりがあるだろう」


 キリエの言う通りだ。サクラはこの学園都市に来た日、クオリアが使えなかった。

 覚醒していなかったわけではなく、クオリアで友達を傷つけてしまった過去が原因で自分の力を抑え込んでしまっていたのだ。

 運良くと言っていいのか、ダンジョンに迷い込んだサクラはモンスターとの戦闘で”枷”を外すことができた。


「まあ誰にでも挫折はあるということだ――ほら、そろそろだ」


「え?」


 その問いを漏らした直後、なにか生暖かくて柔らかい壁のようなものを突き破ったような感覚があった。

 不快な感覚に思わず顔をしかめる。しかし妙な感覚は一瞬で、前のキリエも何事もなかったかのように階段を降り続けている。


「よし、通れたな。今のが現実と錯羅回廊の境界線だ」


「境界……なら、ここはもう」


「ああ。そろそろ出口が見えるぞ」

 

 キリエの指差す先に光が見える。

 階段を降り切ったところでその光の源へ足を踏み入れた。


「わあ……!」


 サクラを迎えたのは見渡す限りの草原だった。

 そこかしこに遺跡の残骸が転がっていて、まるでファンタジーRPGの世界そのもの。

 よくみると空中には極めて薄い霧が漂っている。初めて錯羅回廊に来た時の洋館にも赤い霧が蔓延していたことを思い出す。


「綺麗な世界ですね」


「だろう?」


 ここから見る限りでは本当にのどかな雰囲気で、ピクニックでもできそうなくらいだ。

 だが、キリエの表情は明るい声色に反して引き締められていた。油断のひとつもするまいと言わんばかりに。


最条キリエ

最近の悩み:下級生から遠巻きにされるんだがどうしたらいいだろうか……。

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