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199.後輩から先輩へ

 

 致死の傷を完全に治癒しきったサクラは静かに思う。


(あの子がくれた命には、その能力の残滓が残っていた――――)


 

 命のクオリア。

 親友の遺したその力が死に瀕するダメージまでもを治癒してくれた。

 クオリアそのものが残っていたわけではなく、限りある生命力の塊がサクラの内に残されていたような状態。

 しかし、なぜか命のクオリアを持つわけでもないサクラはそのエネルギーをある程度操ることができた。

 不可思議な状態だが――今は、目の前の戦いのために使う。


「ずっと不思議でした。どうしてあたしが、あたしなんかが――あなたと『戦えている』のかって」


 サクラとキリエの間には覆しようのない実力差がある。

 クオリアの性能の面でも、これまで積み重ねた経験や努力の面でも、そしておそらくは戦闘におけるセンスの面でも……全て劣っているはずだ。

 二人を天秤の両側に乗せれば、絶対にキリエの側に傾く。そんな厳然たる差が二人にはある。

 本来なら戦闘が開始してすぐサクラは絶命していてもおかしくは無かった。


 ならば、なぜサクラはこの期に及んで立っているのか。

 キリエの攻撃に対応することができているのか。


 その答えをサクラは知っている。

 いや……学園都市で戦うキューズなら、おそらく誰もが実感していることだ。

 なにせ授業で学ぶくらい当たり前のことなのだから。


「クオリアは、心の力。その力には意志の強さが直結しています」


 この学園に入学した当初、ココが教えてくれた。


 ――――クオリアを強くする一番大切な要素は、信じる心。


 今のサクラは身をもって知っている。

 溢れる感情が、時に強大な敵を打ち倒す一助になることを。


 ――――クオリアは認識の力。個人の認識によって世界を歪める力なの。


 その力が、誰かの心を変えることだってあるということを。


 ――――自分を信じること。肯定すること。それこそがクオリアを強力にするの。


 信じることが――自らを肯定することが、明日を生きていく原動力になってくれるということを。

 サクラは良く、知っていた。


 そして裏を返せば。

 精神に不調をきたせば、クオリアに悪影響が出る。

 確固たる意志を貫く覚悟も無しに、この異能は十全の力を発揮してはくれない。

 

「あなたの光はずっと揺らいでいた。クオリアの出力も、コントロールも、あたしの知っているキリエさんとはかけ離れていました。それはきっと……キリエさんが迷っていたから」 


 サクラは知っている。

 最条キリエの優しさを。


 生徒会などという、見返りも無く誰かのために人知れず戦うような組織の長なのだ。

 誰が何と言おうと善人に決まっている。


 それに、入学式の夜。

 錯羅回廊に迷い込んだサクラの話を聞き、励まし、寄り添ってくれた。

 いいや、遡れば――ハルと初めて出会った時もそう。空から降り注ぐ陽光のごとく、彼女は助けに来てくれた。 


「キリエさんがどれだけ心に闇を抱えていようと、最条アラヤ(理事長)にその闇を煽られようと……あなたが、あなたという人間が――――割り切って戦えるわけがないんですよ」


 サクラにとってキリエは灯火だった。

 先の見えない真っ暗闇の中で、進むべき道を照らしてくれた光。

 キリエのおかげで今のサクラがある。


(なら、あたしは……)


 キリエに救われたあの日に灯され、エリとの別れで誓ったあの夢は今もなおサクラの胸に輝いている。

 自分のクオリアで、絶望に沈む誰かに希望を届けたい。

 笑顔にしたい。


 だからサクラは、何度でも言う。


「あたしは、最強(あなた)に勝ちます。いつかじゃなくて――――今ここで、奇跡を起こして見せます!」

 

 構えるその左手首にはリミッターが巻かれていない。

 先ほど食らった『星霜圏』により左腕ごと吹き飛ばされた。

 

 それは意図してのこと。

 命を担保に、サクラは自らリミッターを外した。

 入学式の夜、ハルを助けるため戦った時と同じように。


 その事実に気づいたキリエは奥歯を砕けそうなほど強く噛みしめる。

 

「奇跡なんてあるわけない。そんな都合の良い未来なんてない……!」


「奇跡は降ってわいた幸運じゃありません。一生懸命頑張った人の掴んだ結末が、後から奇跡と呼ばれるんです」 


 サクラが入学式の夜にハルを助けたことも。

 退学をかけた試合でアンジュを倒したことも。

 ポケットに落ちたミズキを助け出せたことも。

 学内戦でミズキに勝てたことも。

 アリスに負けを認めさせたことも。

 地下闘技場での戦いでアキラを救えたことも。

 エリにリベンジを果たせたことも。

 学園都市を破壊しようとしたダイアを倒せたことも。

  

 それら全てはただの結果。

 しかし――――奇跡と呼ぶにふさわしい、サクラが懸命に戦って掴んだもの。

 だから今ここで、サクラは前に進む。

 頑張っても無駄かもしれない。それでも、頑張らなければこれまでの奇跡はありえなかった。


「あなたが笑顔で明日へ進める――――そんな奇跡があると、あなたを倒して証明します!」


「……………………っ黙れ!!」


 癇癪を起こしたようなキリエの絶叫と共に、その全身から夥しいほどの光の矢が発射される。

 禍々しい山頂を真っ白に照らす数百の光の束。眩いその輝きに対し、しかしサクラは目を閉じることはない。 

 相手をよく見て、対応する。この局面においてもサクラは冷静さを失っていなかった。

 これまでの日々で培ったメンタルコントロール。

 

(光の矢のうち七割はあたしの動きを制限する目的……複雑な軌道だけど、あたしを直接狙ってるのは残り三割だけ!)


 あたりに降り注ごうとする光の雨に対し、サクラは動かない。

 キリエの目論見通りとも言える展開だが、下手に動けば牽制の七割に引っかかってしまう。

 ならば目的のはっきりしている三割に対処を絞る――サクラは両手の十指から巨大な雷爪を出現させる。


「やああっ!」 


 頭上へ向かって一息に振り抜き、無数の光の矢を両断する。

 リミッターが無くなったことで出力は爆発的に上昇している。もう光の矢に押し負けることはない。

 クオリアを全開で回していることにより激しい頭痛を感じたものの――サクラはこれを根性で踏み倒す。

 

 周囲に残った光の矢が着弾する。

 枯れた大地が穿たれ、激しく砂塵が舞い上がる。

 直後、キリエの視線はすかさず上にスライドした。砂塵の中から跳び上がった影を、彼女は見逃さない。


「雷の――――」


 空中からその声が響く。

 地上のキリエに向けて手をかざしたサクラの周囲に、意趣返しのごとく大量の雷の矢が配置される。

 その数は、先ほどキリエが放った光の矢の数をはるかに越えていた。


(リミッターが無くなっただけで、ここまで出力が跳ね上がるか!)


 クオリア使いが装着を義務付けられるリミッター。

 そのクオリア抑制効果は、詳細な度合いが公開されていない。

 しかし、サクラから迸る雷の出力を見たキリエは、概算で七~八割ほどは抑制されていたのではないかと推測した。

 

「光の矢!」


 だが、それでもキリエは最強のキューズ。

 これまでに無い強敵(サクラ)を前に高揚した精神が彼女の光に更なる力を与えた。 

 大地に立つキリエを中心に、対空砲のごとく上を向いた光の矢が規則正しく並ぶ。

 その数は、サクラの生成した雷と完全に同値。


 迎え撃つ。

 押し勝ってみせる。

 その目論見は――しかし。

  

「集まれ、あたしの雷!!」


 数えるのが馬鹿らしくなるような数の雷矢。

 その全てが、サクラの宣言に従って一斉にその身体へと収束していく。

 

「あれだけの数を全て取り込むだと……!?」


 全ての雷矢がサクラへ宿る。

 身体中が光り輝き、稲妻が駆け巡る。 

 収まり切れない雷は背中から溢れ、まるで翼のごとき様相を呈していた。

 雷で身体能力を強化する『纏雷』。その極致。


「レールセット!」


 不可視の磁力道がキリエへと一直線に敷かれる。

 キリエはこの技を知らない。しかし、これまでの戦闘経験からサクラの能力と状況を合わせ、その目論見を推察する。


(磁力レールによる急加速と、纏雷による身体能力の底上げ、そしてインパクト時に吐き出される無数の雷の矢……! シンプルにして強力な、超速突進か!)


 キリエの導き出した結論は正しい。

 これはサクラが柚見坂ハル(アンノウン)との決着に使用した技。

 だがあの時は苛烈すぎる反動により、彼女は絶命した。

 

 キリエはその出来事を知らないが――想像はできる。

 あれほどの出力に、人間の肉体は耐えきれない。

 それくらいはサクラも理解しているだろう。

 破れかぶれの相打ち覚悟……ではない。

 

(彼女は先ほど、致命傷を癒した)


 そもそも今、彼女が発動している纏雷だって身体が耐えきれるとは思えない。

 ならばカラクリはただひとつ。

 サクラは、クオリアの反動によって身体が損傷する端から治癒しているのだ。

 雷の弱点を命によってカバーする。これが彼女にとっての最強の技。


「私は……負けない。まだ負けるわけにはいかない」


 キリエの掲げる手に応じ、光の矢が束ねられていく。

 単純にして最強の力。

 キリエの十八番にしてフィニッシャー……その最上位とも言える技。

 

「極光」

 

 ロケットのごとく巨大化した光の塊がサクラへとその先端を向ける。

 この時、キリエの頭からアラヤの計画のことは消えていた。 

 最強のキューズとして、目の前のチャレンジャーを迎え撃つことだけを考えていた。


 眩いばかりに輝く憧れの象徴を前に、サクラは怯まない。

 雷神と化した少女は力強く宣言する。


「行きます!」


 雷が放たれる。

 同時に、光が走った。

 激突までは瞬きの間だった。


 光と雷がぶつかる。

 禍々しい空に莫大な衝撃波が広がった。


(あたしはずっとこの光を追いかけてきた)


 引きこもった暗い部屋からずっと。

 気が付けば、こんなところまでやってきてしまった。


 キリエの光に憧れていた。

 だけど、憧れのままではダメだ。

 最条キリエは雲の上の人間ではなく、自分と同じクオリア使い。

 その技を、自らの持てるすべてで持って打ち破る。

 

 繰り返しになるが、この技には欠陥があった。

 磁力レールによる加速と纏雷、そして突進時に巻き起こるソニックブームに身体が耐えきれないのだ。

 

 だが、今は違う。

 親友から託された命が――サクラの抱える欠陥を補ってくれる。

 サクラが傷ついた時、いつだって寄り添ってくれた力が今、背中を押してくれる。

 雷と命は今、完全に結びついた。


「これがあたしの――――『春雷』!!」


 その叫びに呼応し、瞬間的に出力を高めた雷が光を打ち破る。

 直後、キリエへと直撃した瞬間、全ての雷の矢が解き放たれた。

 耳をつんざく雷鳴が轟く中――キリエのアーマーがブレイクされる破砕音が鳴り響いた。


「ぐうううう……っ!!」 


 あまりの衝撃にサクラの身体がキリエを飛び越える格好で吹っ飛ぶ。

 だが、キリエは倒れなかった。あちこちに生傷を受ける中、よろめきつつもキリエは立ち続けている。

 

 アーマーは砕かれた――だが。

 これで終わりではない。

 サクラが今の攻撃の反動を癒したとしても、彼女の精神力や体力は極限まで消耗しているはず。

 ならば今すぐとどめを刺す。そして勝つ――――その思考の途中、ひやりと首筋に悪寒を感じた。

 

 咄嗟に振り向いたキリエが見たのは。

 吹っ飛び、逆さまに落下しながら――束ねた人差し指と中指をこちらに向ける、サクラの姿。


「雷の――――」


 動け。

 躱せ。

 もしくは迎撃しろ。

 そう頭の中で叫ぶ。


「…………ぁ」

 

 しかしキリエの身体は命令を聞かない。

 全力でクオリアを行使し、限定解除まで使った彼女は気づかないうちに限界を迎えていた。

 腕の一本すら上がらない状態にまで、追い詰められていた。

 

「――――矢!!」


 最後の一矢が駆け抜ける。キリエを撃ち抜く。

 意識が電流に奪われゆく中、キリエはただ、


(…………ありがとう)


 感謝だけを、抱いていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 名前を技に刻むの好きだぁ……凄く良い…;;
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