198.この身に宿る贈り物
錯羅回廊の第四層。
黄金の空に浮かぶ島々のひとつで激しい戦いが繰り広げられていた。
頂上に位置する最も大きな島。そこに建つ聖堂で、黄泉川ココが戦っている。
「くっ……!」
敵は三人。
みな一様に白い髪に赤い瞳。服装はココたちと同じ最条学園のブレザー制服だ。
だが、こんな少女は学園にいない。サクラから読み取った記憶で見たデザイナーズベビー……空木エリと同じ存在なのだろう。
エリの他にも秘密裏に『製造』されていて、学園長が事を起こす際に起用されたのだ。
機械仕掛けの眼帯で左目を隠した少女がココの直上へと跳ぶ。
真下のココへ向けてかざしたその手から不可視の斬撃が撃ち下ろされた。
回避を試みようとするココだったが、正面に構えている口元をマスクで覆った少女の手から迸る波動を受けた瞬間、がくんと速度が落ちる。
結果かわしきれず――切り裂かれた肩口から血が噴き出した。
「…………この……!」
消滅のクオリア。
手から巻き起こす波動や、直接触れることで対象のクオリアを無力化する能力。
その異能を、彼女たちはみな例外なく与えられている。
それだけではない。彼女たちはそれぞれ消滅とは別のクオリアも併せ持っているのだ。
”波動”の効果は数秒だけ。
力を取り戻すのを見計らって攻勢に転じようとしたココだったが――次は背後から。
頭にヘッドホンのような器具をつけた少女が、再び波動を放ってくる。
突風のような速度で広範囲に波及する性能を持つ波動を避けることはほぼ不可能。
ココが動き出せる前――波動の効力が切れる直前の完璧なタイミングで消滅の波動が重ねられる。
ココのクオリアは戻ってこない。
無意識に眉間に皺が寄った。
(完璧な統制。空木エリが生み出される過程で言語や社会常識をインストールされたのと同じように、おそらく彼女たちは戦闘技術をインストールされている)
かわるがわる消滅をかけ直し、クオリアの肉体強化を打ち消して動きが鈍ったところに攻撃を加える。
単純な繰り返しだが、あまりにも効果的な戦法だった。
仮に相手が一人なら対処のしようもあっただろうが……。
(サクラは今、キリエと戦っている。こんな子たちに苦戦している暇はない――早く駆け付けなくては)
黄泉川ココですら、その勝敗は決まり切っていると考えていた。
サクラを侮っているわけではない。ただひたすらに、キリエは強すぎた。
キリエに次ぐNo.2キューズとして彼女の強さは誰よりも知っていたからだ。
「…………死にたくなければどきなさい」
ココが低い声で警告する。
まるで地獄の底から響くようなその声色に、感情を見せない少女たちに動揺が走った。
「何が何でも、助けたい後輩がいるのよ――――私には」
黄泉川ココは今、クオリアを失った生身のはず。
しかしそこから放たれる殺気と迫力は常軌を逸していた。
消滅の包囲網は――――ほどなくして破れることになる。
* * *
空を埋め尽くす星空から幾万の光の矢を発射する『星霜圏』。
永遠に続くのではないかと思われたその暴威はいつしか止んでいた。
後に残ったのは、無惨に更地と化した大地。
黒々とした森林は跡形も無く吹き飛び、グロテスクな洋館の残骸があたりに散らばった。
その中心から伸びる大樹だけが健在だった。
「……………………」
草一本すら残らない大地に、ゆっくりとキリエが降りてくる。
その表情には明確な疲労が見え、憔悴しているのは明らかだった。
最強のキューズであるキリエであろうと、リミッターを解除した全力の攻撃は無視できない負担になる。
しかし、もはやそんなことを気にする必要はない。
足元に横たわるサクラは目も当てられないような惨状だった――原形を留めているだけでも奇跡だと言えるのだろうが。
光の矢の全ては防ぎきれなかったのだろう。
身体のあちこちは抉れ、左腕に関しては跡形も無く吹き飛んでいる。
全身から夥しい量の血を流し、少女はぴくりとも動かない。
触れずともわかる。心臓が止まっている。
「…………君も、私には届かなかったか」
ぽつりとつぶやいたその言葉はあまりにも心細さを滲ませたものだった。
しかし、誰もその声を聴くものはいない。
一人を除いて。
キリエがわずかに眉を顰める。
倒れたサクラの傍ら。黒ずんだ大地から、植物の芽が顔を出した。
「気のせいか……?」
この状況で、このタイミングで、植物の発芽?
きっと最初から芽を出していたのだろう。キリエはそう結論付けた。
だが、もうひとつ。再び発芽が起こる。
これで芽が二つ。
「なんだ?」
発芽は続く。
三つ。四つ。五つ、六つ。七つ八つ九つ――――そのうち数えることを諦めた。
いつの間にかサクラの身体は大量の芽で囲まれていた。
そして、その芽が輝きを放ち始める。
その色は深緑。
ぴくり、と。
サクラの右手が動く。
その動作を呼び水としたかのように、彼女の身体から深緑の光の粒が溢れ出した。
「これは……まさか……っ」
温かな光はサクラの傷を癒していく。
まるで早戻しをしているかのように、傷ついた部分が何事も無かったかのように元通りに治癒される。
欠損した左腕までをも取り戻していく中、稲妻が迸る。
サクラの鼓動が復活する。
「雷のクオリアによる心臓マッサージだと……?」
ドクン、ドクン。
はっきりと鼓動が響く中、瞼を開けたサクラがゆっくりと起き上がる。
絶命に至るはずの傷は完全に治癒されきっていた。
「命のクオリア」
それは、サクラが愛した少女の持つ異能。
無限にも思える生命力というエネルギーを自在に操る力。
一度死んだサクラは、彼女から託された命によって蘇った。
そして――今。
光の前に倒れたサクラは、その身に宿る命によって再び立ち上がるのだった。




