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19.あなたは間違ってない


「あんたに愛想が尽きたってことだよ。はっきり言わなきゃわかんない?」


 恐ろしく冷たい声で取り巻きのうちの一人が言い放った。

 もはやアンジュに価値を感じていないことがそれだけで理解できてしまい、サクラは思わず息を呑む。


「あー、わりといるんすよね、ああいう手合い」


 傍らのヒトミコは小さくため息をついて囁く。


「ああいうって……?」


「取り巻きっす。有名な人とか実績のある人に近づいておこぼれを狙おうっていう子たちは多いんすよ。そういう人たちは見切りも早いんで、こんな感じで見放すのも日常茶飯事っす」


 最条学園は実力主義の気風が強いからなおさらっすね、と結んだ。

 ヒトミコいわく、プロになる方法のひとつとして選手契約を結んでくれる事務所や企業に目をかけられる道があるらしい。

 効果のほどはさておくとして、有名な人の近くにいれば目に触れることも増える。だから方法としてはありふれている――と。


 確かに方法としては正解のひとつなのかもしれない。

 だがサクラは、あのアンジュの深く傷ついた顔を見ていると、どうにも胸の奥がざわざわと疼くのだ。

 自分が勝ったことであんな顔をさせてしまっているのではないか、と。


「わ、わたくしたち中学の頃からの付き合いですわよね? だから……早く冗談って言ってくださいませんか」

 

「そりゃあんたが山茶花のお嬢だったからだよ。それ以外の理由なんてない」


「……わたくしは――わたくしはあなたたちのことを、本当に……っ」


 チッ、と取り巻きのひとりが舌打ちをして右手を開くと、わずかに発光し始める。

 クオリアを使おうとしているのだ。


「しつこいなあ……こちとらあんたの偉そうな態度にずっとムカついてたんだっつの!」 


 その言葉を引き金に取り巻きの手から鞭が飛び出し、そのまま勢いよく振り下ろそうとする。

 鞭がアンジュを襲おうというその直前に見えたのは、痛みに備えるためぎゅっと閉じられたアンジュの目尻から零れた何かだった。

 瞬間、サクラはいつの間にか、


「えっ、天澄さん!?」


 飛び出していた。

 ヒトミコの声を振り切り、強化された脚力で駆け抜けて双方の間に滑り込むと、破裂音が炸裂した。

 直後、頬に走る鋭い痛み。

 目の前の取り巻きは唖然と口を開き、後ろのアンジュも息を呑んだ気配がした。


「……誰かと思ったら天澄か。あんた何してんの。まさかそいつの肩を持つ気?」


「そのつもりです! 寄ってたかってあんなひどいことを言うなんて良くないと思います!」


 毅然と立ち向かうサクラに、取り巻きたちは辟易したように目を眇めた。

 そんな冷たい視線に、毅然と見つめ返す。

 あんな顔を見てしまっては、庇わないわけにはいかなかった。


「あんたさあ、そいつにボロクソ言われてたのになんでそっち側なのさ。むしろうちらの味方でもおかしく無くね?」


「それは……」


 確かにそうかもしれない。

 つい最近のことだ。深くショックを受けたことも事実。だから言われたことくらい覚えている。

 しかし。


「確かにそうかもしれません。アンジュちゃんの言葉はすごく鋭くて、痛かった」


『ふざけないで!』

『ネイティブというだけで入学した上クオリアすらもろくに使えない……あなたなんかにはふさわしくない!』

『……そんな曖昧な展望でよくもまあ入学してきたものですわね』


 そんな言葉の数々を忘れることはない。

 傷ついたし、正直少し泣きそうになった。

 それでも、彼女の言い分を否定することはできなかった。


「でも……全部正しかったんです。あの時のあたしは、確かに半端でした。アンジュちゃんは自分の力と努力に誇りを持っているからあれほど怒ったんでしょう」


「あなた……」


「アンジュちゃんから離れるみなさんのことを否定するつもりはありません。でも、これ以上アンジュちゃんを傷つけるのなら――――」 


 バチバチ、とサクラの全身から薄く稲妻が迸る。

 他ならぬ山茶花アンジュを打倒した力に、取り巻きたちはたじろぐ。


「あたしが相手になりますよ!」


 足の震えを必死に抑え、啖呵を切る。


「ねえ、もういいって。行こうよ……」


 取り巻きのひとりが声を上げると、慌てたように三人は逃げていった。

 サクラは安堵の息をつくと後ろのアンジュを振り返る。

 高飛車な山茶花のご令嬢は、驚きに満ちた瞳で見上げていた。




 * * *




 ヒトミコはいつの間にか姿を消していた。おそらく一部始終を見るだけ見た後面倒ごとを避けるために逃げたのだろう。

 サクラとアンジュは噴水を囲んで設置された中庭のベンチに並んで座っていた。


「…………平気? その、鞭で打たれたところ」


「はい、アーマーがあって良かったです!」


 朗らかに笑いつつスマホのインカメラで確認する。少し赤くなっているが、腫れも傷もない。

 隣で少し項垂れているアンジュに視線を向けると、初対面の時が嘘のように覇気を失っている。

 落ち込んでいるのは明らかだった。


 サクラに負け、取り巻きに見放された。

 ショックが重なれば弱りもする。


「正直惨めで仕方ありませんわ」


「え?」


 ぽつりと落とされた呟きに、思わずアンジュを見る。

 彼女のまっすぐな視線はなにも捉えておらず、ただ噴水に反射する光を瞳に映していた。

 震える声は、今にも決壊しそうな悲しみを孕んでいる。


「あれだけ偉そうなことを言って、あなたに負けて、その上庇われて……私は自分が恥ずかしい」


「そんなこと……」


「あるんですのよ。全く、ほんと余計なことをしてくれましたわ」


 はあ、と心から落胆したようなため息を落とす。

 そこまで言われてしまうと、サクラもさすがにちょっと悲しい気持ちになってしまう。

 

 しかしアンジュは少しだけ口ごもると、意を決してこう言った。


「でも……ありがとう。それとごめんなさい」


「あ、謝ることなんてありませんよ!」


 余計なことだったかもしれない。彼女は誰にも助けを求めていなかったのだから。

 ただサクラが勝手に間に入っただけだ。


「さっきのことじゃなくて。謝りたいのは前の模擬戦の時のことですわ」


「模擬戦?」


「……あなたは落ちこぼれなんかじゃなかった。不慣れなりに真剣に立ち向かい、そして私に勝った……悔しいけれどそれは事実」


「アンジュちゃん……」


 もしあのダンジョンに迷い込まなかったら、と考えてしまう。

 サクラが力を使えるようになったのは、ハルを助けるためにモンスターと対峙し、文字通り必死に戦ったからだ。

 それをきっかけに自分の憧れを再確認し、クオリアを我が物とした。

 

 それが無ければ今頃どうなっていたかわからない。

 怖い思いも死ぬ思いもたくさんしたが、幸運に恵まれたのも事実。


 アンジュとの二度目の模擬戦ではあれだけの経験をしてやっと手に出来た力を使い、畳みかけるような攻勢で何とか勝ちに持っていくことができた。

 そもそもサクラが最近なんとか習得した体外でのクオリア行使を、アンジュは入学時点で複数同時に使いこなしていた。

 だからもう一度戦えばおそらくサクラは負ける。圧倒的な技量の差がそこにはある。


 だからこそわからないことがあった。

 

「あの、アンジュちゃんはどうして取り巻きの方に攻撃されそうになっても反撃しなかったんですか? あれだけ強いなら……その、返り討ちにだってできたと思うんです」


「あなた、負かした相手にそれを言う? 嫌味ったらありゃしませんわね」


「そ、そんなつもりは……うう、ごめんなさい」


 思わずしょんぼりしてしまうサクラを見て、高慢に鼻を鳴らすアンジュだったが、すぐに罪悪感に苛まれる。

 サクラが善意で助けてくれたことくらいは、アンジュにもわかっているのだ。

 だから応えることにした。

 

「……あれでも中学のころからの付き合いでしたのよ」


「え?」


 アンジュは遠いどこかへ思いを馳せるように空を眺める。

 その横顔はどこか寂しそうで、もう取り戻せない宝物を慈しんでいるようでもあった。

 

「放課後にどこかへ寄ってみたり、一緒にクオリアの訓練や研究をしたり……みんなで最条学園に受かったときは本当に嬉しかった。まあわたくしは受かって当然ですけれど」


 いまいち何の話か分からずサクラは首を傾げる。

 揺れるライトブラウンの髪に、アンジュは苛立ったように続けた。


「……だから。わたくしはあの子たちのことを……大切なお友達だと、そう思っていただけの話です」


 向こうは違ったみたいですけれどね、と。

 寂しそうに笑った。


 不器用な人だと思った。

 彼女はただ、友人を大切に想っていただけの話。

 アンジュと取り巻き、どちらの言い分が正しいのかはわからない。

 どちらも正しいのかもしれないし、どちらも間違っているのかもしれない。


 だが悲しげなその表情だけは、確かにそこにあって。

 サクラはそれをどうにかしたかった。


「アンジュちゃんっ! あたしと友達になりましょう!」


 ずい、と顔を近づけるとアンジュは思わず仰け反った。


「は、はあ? いきなり何を……」


「友達思いなアンジュちゃん、好きです! なので! 友達になりましょう!」


「…………」


 しばしの間、ぽかんと口を開けたアンジュだったが、慌てたように立ち上がる。

 

「し……知りません。わたくしは用事を思い出したので失礼します」


「あ、アンジュちゃん? アンジュちゃーん!!」


 うろたえたように呼びかける声は無視して早歩きでその場を去る。

 中庭を出て、校舎の角を曲がったところで、アンジュ付きのメイドが走ってきた。


「お嬢様……! もう、勝手にいなくならないでください。お母上に叱られるのはこっちなんですから……何度も言っているように、目が届く所にいていただかないと私のいる意味がありません」


「わかった、わかったわよ。はあ……みんなしてうるさいんだから」


「うるさいとはなんですか。……おやお嬢様。お顔が赤くなっているようですが」


 その指摘に慌てて顔を背ける。

 メイドの言う通り、アンジュはその顔を耳まで赤く染めていた。


「……気のせいですわ。あんなので赤くなるなんて、そんなの……ありえないんだから」


 アンジュはそれ以上の追求を振り切るように、早足で歩きだした。

 取り巻きに見放された悲しみは、いつの間にか薄れていた。 


山茶花アンジュ

備考:ツンデレ(死語)

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