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18.ミクダリハン


 生徒会に『相談窓口』というよくわからない役職で加入したサクラだったが、変わったことがあるかというと特に無く。

 強いて言うなら制服に赤い腕章が追加されたくらいだろうか。


 会長のキリエや副会長のココのように生徒会室で業務に励まなければならないということもなく、有事の際に呼ばれる、もしくは”相談”があった際にこちらから出向くというのが基本の活動内容となるそうだ。

 異例の加入ということで、役員というよりはどちらかというと飛び道具のような扱いらしい。


「うううーん……」


 なのでこうして唸り声を上げているのは生徒会のことに関係はない。

 授業を終えた天澄(あずみ)サクラは自分の机にぐったりとほっぺたを押し付けていた。ぷしゅう、と頭から湯気でも出しそうな様子だ。


「どうしたの? サクラちゃん」


 いつの間にか近寄ってきていた柚見坂(ゆみさか)ハルが首を傾けて覗き込むと、亜麻色の髪がさらりと揺れた。

 サクラはふええとか何とか鳴きつつ両手を赤ん坊のように伸ばす。


「ハルちゃーん、補習で出された課題が全然終わらなくて困ってるんですー……」


「課題ってクオリア学の?」 


 机に広げたプリントに視線を落とすと、確かに空白が目立つ。

 クオリア学とはこの学園都市でのみ学ぶ科目で、つい最近入都したサクラにとっては別世界の法則だらけ。

 そういう事情で補習を受けていたのだが、まだまだ容易く解いていける領域にはない。


「この電波のクオリアと磁力のクオリアが干渉した際の影響とか全然わからないです。みんなこんなの解いてるんですか?」


「結構難しいのやってるんだね……もしよければ教えようか? 私けっこう自信あるよ」


 ぶい、と誇らしげにピースするハルに、サクラは慌てて手を振る。


「そんな、悪いですよ!」


「遠慮しないで。わたしも復習を兼ねて付き合うだけだし、それならいいでしょ?」


 サクラはしばし考え込んだ後、柔らかく破顔した。


「それなら……えへへ、お願いしてもいいですか?」


「もちろん。サクラちゃんは入都したばかりだし、わからなくても焦る必要はないからね」


 サクラはよっぽどのことが無ければ人の助けを受けたがらない。

 だからこうして”理由”を与えればいい。ハルは少しずつサクラの人となりを理解しつつあった。


「まああたしは普通の科目も全然だめなんですけどね!」


「自信満々に言うことじゃないよー!?」


 スカウトで入試をスキップしたサクラは基本科目もかなりアレであった。

 100倍以上にも上る倍率を通って来た最条学園の生徒としてはわりと致命的である。


 サクラちゃんが本当に苦労するのはこれからなんじゃ……と内心冷や汗を垂らすハルだった。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 教室の後ろから焦りきった声。

 そして同時に響く椅子を蹴倒す音に、サクラたちは思わず振り返る。

 そこには教室から出ていく数人のクラスメイトと、慌てて追いかける山茶花アンジュの姿があった。

 突然のことに騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。


 サクラとアンジュの再戦から取り巻きとの関係が変化していたのは知っていた。

 あまり良くない変化だとは感じていたが、とうとう何かが起こってしまったのだろう。

 教室を出る時のアンジュの表情は、追い詰められた少女のそれだった。

 

「ごめんなさいハルちゃん、あたしちょっと行って来ます!」


「うん、いってらっしゃい」


 やわらかな声に押されて、サクラも教室を飛び出した。

 廊下は授業から解放された生徒たちでかなり視界が悪い。

 思わず腕章を掴む。”相談”されたわけではない。しかしアンジュのあんな顔を見てしまっては、動かないわけにはいかなかった。

 だが目いっぱい背伸びをしても、アンジュの赤毛すら見当たらない。

 すでにどこかへ行ってしまったのか。


「アンジュちゃん、どこに行ったんだろ」


「お困りのようっすね!」


「うわあ!!」


 ずいっ、と視界の端から飛び込んできた顔に思わず仰け反る。

 その少女はあまり手入れしていなさそうなボサボサ髪に野暮ったいビン底メガネという間近で見るとかなりインパクトのある外見だった。


「天澄サクラさんっすよね?」


「は、はいそうです……」


「私は二年生で新聞部の筒地(つつじ)ヒトミコっす。天澄さんにインタビューをお願いしたくてうかがったっす!」


 きらん、とビン底メガネを輝かせる上級生らしき少女、ヒトミコを前にサクラは思わず小首をかしげる。


「新聞部って、この学校に部活なんてあったんですか?」


 学園都市に存在する学校はクオリアの育成に特化しているため、放課後も訓練に回されるのが一般的だ。

 いわばクオリアの訓練自体が部活と言える。最条学園も例外ではなく、”外”の学校における部活というものは存在していない。


「あ、勝手に自称してるだけなんでひとり新聞部っす。普段は学内外の情報を集めに集め、たまに作った新聞を掲示板にはっつけて先生方に怒られてるっすねー」


「怒られてるんですか。……あああ、そうじゃなくてあたし行かないとなので」


「山茶花家のご令嬢をお探しっすか?」


「どうしてそれを……」


 ヒトミコは愚問だとばかりにメガネを上げる。


「さっきご令嬢が慌てて走って行くのが見えて、その後同じ教室からあなたが出てきた。そういうことっすね」


「もしかしてどこへ行ったかご存じなんですか?」


「ええ、だいたいの目星は。そこで交換条件といきましょう。インタビューを受けてもらう代わりに彼女らの行先を教える。どうっすか?」


 交換条件。

 普段ならインタビューには受けたいと思う。相手がそれを求めているならやぶさかではないし、それくらいならいくらでも答えられる。

 だが、今は事情が違う。


「ごめんなさい、とにかくあたし急いでて」


「いや大丈夫っす! 案内がてら話を聞きたいだけっすから! お願いするっすよ、天然記念物のネイティブに加えていきなり生徒会に加入なんて話題性抜群なんすよ~!」


 縋り付いておいおい泣くヒトミコに、思わずサクラは天を仰ぐ。

 ここまで言われてはさすがに断れないし、アンジュの元へ向かうついでなら……と自分を納得させる。


「わかりました、じゃあ早足で行きましょう!」


「いいんすか! やったー!!」


 わーいと諸手を上げるヒトミコ。

 ウソ泣きだったのか、と自分の選択が早くも間違いだった気がしてならないサクラだった。




 * * *




「それでは質問その23。現在恋人は?」


「いません!」


 二人は学内を適当に歩きつつインタビューを続け、今は噴水のある中庭に差し掛かったところである。

 質問責めを繰り返すヒトミコは目を爛々と輝かせている。インタビューが続くほどに活力を増すその様子は水を得た魚だ。


「次は質問その24。好きなものと嫌いなものは?」


「好きなものは人の役に立つことで、嫌いなものは……えっと、秘密です!」


「ほうほう」


 ヒトミコはサクラの回答を次々にスマホのメモアプリに書き連ねていく。

 今答えたようにこういう形でも人の役に立てるのは嬉しいが、そろそろ自分の目的も達成したいところだった。


「あの、アンジュちゃんはどこに……」


「隠れるっす!」


 ヒトミコにいきなり手を引かれ、半ば無理やり植木の影に隠れさせられる。

 驚きに目を回しそうになりつつ、ヒトミコが無言で指差す先――校舎の影で数人の生徒が言い争っている。


「だからぁ、しつこいって言ってるんですけど!」


 そこにいたのはアンジュとその取り巻きだった三人。

 苛立った声を上げたのは取り巻きの中で中心になっているクラスメイトのようだ。


「話がしたいんですの、わたくしが何か気に障るようなことをしたなら謝りますから――――」 


 アンジュは苦しげに眉を寄せながら、それでも宥めるような笑みを浮かべている。

 そういえば、サクラとの再戦以来あの取り巻きたちはアンジュから距離を取っているように見えた。

 何があったのかはわからない。だが、決裂があったのは間違いなかった。


「…………あの三人、最近ここをたまり場にしてるんすよねー。だからここじゃないかと当たりをつけたらビンゴだったっす」


 ……ヒトミコの目星とやらは中々に当てずっぽうだったらしいが取りあえず置いておく。

 

 サクラたちが固唾を吞んで見守る中、心の底から鬱陶しそうな様子で、取り巻きはこう言い放った。


「あんたに愛想が尽きたってことだよ。はっきり言わなきゃわかんない?」


山茶花アンジュ

好きなもの:努力 猫 冷えた地面

嫌いなもの:弱さ 怠惰 お姉さまたち

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