175.人生というステージ
試合の舞台に選択されたのはショッピングモール型のステージ。
中央の吹き抜けを囲む形で各階の通路と店舗が配置されている。
「あんたが噂の一年かー。あんまり強そうじゃないね?」
一回ロビーの中央でサクラが対峙する対戦相手は二年生の先輩。
ショートカットに猫のような吊り目が特徴的な少女だ。
(ラッキー! いくら最速でDに上がって来たって言っても所詮は一年。らくらくレートいただきだ!)
内心でほくそ笑む先輩に対し、サクラは静かに精神を統一する。
目指すのは圧勝。少なくとも深く傷つくような戦いはしない。
ふう、と息を吐いて、サクラはこうべを垂れた。
「……お願いします!」
ブザーが鳴り、試合が始まる。
サクラはすぐさま纏雷を発動し、一気に接近した。
稲妻の走る拳を握りしめ、一息に振るう――その直前。
「当たんないよぉ!」
嘲るような声と共に拳が空を切る。
目の前で相手の二年生が突然極めて薄い平面と化したのだ。
二年生はぺらぺらと宙を舞い、空中へと浮かんでいく。
(何のクオリア……?)
クオリアはイメージの力。
イメージによって世界を歪める力。
裏を返せばイメージできないことは実現できないということだ。
普通なら自分の身体をこうも歪ませるのは躊躇いが生じてイメージがしづらい。
自分を完全な平面へと変えた相手の少女はそれだけ自身のクオリアの扱いに慣れていると言えるだろう。
「切り刻まれろ!」
その声と共に、二年生の周囲にコピー用紙のような紙切れがいくつも現れ、くるくると回転しながら飛んでくる。
ここでサクラは相手の能力が紙のクオリアだと想定した。
そして、飛んでくるコピー用紙がただの紙ではないということも。
あの紙は、丸鋸のようなものだと考えた方がいいだろう。
紙で切るというのはイメージしやすい事象のひとつ。
「撃ち落とします!」
サクラは紙が射出されたのとほぼ同時に雷の矢を放つ。
向かってくる紙の弾幕を、雷の弾幕が綺麗に迎え撃った。
焦げた真っ黒い紙片がぱらぱらと落ちる中、サクラは放射状に大量の雷を放った。
あの二年生が紙と化して攻撃を避けるなら、広範囲を攻撃すればいいだけ。
「だから当たんないんだって!」
だが二年生は雷の隙間をするりするりと容易く抜ける。
薄い身体なら、逃げ場がないように見える広範囲攻撃でも間を縫うようにして凌ぐことが可能だ。
しかし――――そこまでサクラの想定通り。
雷をかわして得意になった瞬間、二年生は見た。
一瞬で眼前に迫る後輩の姿を。
「な――――」
「雷爪!」
五指から伸ばした雷が平面の身体を切り裂く。
すると二年生の身体は元に戻り、その腹へとサクラは優しく手を当てる。
「ちょ待っ」
「雷の矢!」
ドドドドドド! とマシンガンのような連射音が響き、すぐにガラスが割れるような音が――アーマーがブレイクした音が響き渡り、サクラの勝利が確定する。
着地すると二年生の先輩は衝撃で目を回していた。
「勝った……」
サクラは無傷。
今シーズンの試合としては良い滑り出しと言えるだろう。
* * *
学内戦の期間でも生徒会の業務はある。
もちろん試合最優先だが、その日の試合が終わればサクラは生徒会室に向かうことが多い。
と言ってもサクラの業務と言えばデスクワークよりも錯羅回廊の探索なのだが。
「昨日SNSのフォロワーが70万人超えたのよ」
「わ。それはおめでとうございます」
ぱちぱちぱち、と拍手を送ってやると、隣を歩くカナが自慢げに口角を上げる。
錯羅回廊の第四層、黄金の空にいくつも浮かぶ浮島のひとつを二人は調査していた。
と言ってもこの四層はモンスターが少なく他の層よりも安全で、ほとんど散歩の様相を呈していたのだが。
「正直ここまで来るとあんまり感慨ってやつが無いのよね。増えるべくして増えたっていうか……まあ感謝はしてるけど」
「フォロワーさんが多いと色んな人の目につきやすくなりますからね」
ネットに限らずだが、繋がりと言うのはネズミ算的に増えていくものだ。
サクラのSNSアカウントのフォロワーも順調に伸びつつある。
応援してくれる人が目に見えて増えるというのは、やはり嬉しいものがある。
「そう言えばカナちゃん先輩って、SNSとか人前に出るときと、あたしたちに接する時とで全然キャラが違いますよね? あたしと初めて出会った時も小学生のふりをしてましたし」
「あんたたまにブッ込むわよね。まあ……ただの自己プロデュースよ。もっと雑に言えば、みんなにイイ顔をしてるだけ」
カナは島の淵を蹴ると翼を生やして隣の島まで飛ぶ。
サクラも後を追い、纏雷と磁力で一気に跳躍した。
およそ100メートルほどの距離がある島と島の間は重力が弱くなっているのか、ふわりと宙を舞う身体は思った以上に楽に届く。
「相手が望む顔をしたり、逆に自分がなりたいように振る舞ったり。カナちゃんが極端なだけで、みんな相手によって態度を変えてんのよ。あんただって親と話すときと友達と話すときで同じ接し方をしたりはしないでしょう?」
「た、確かにそうですね……! 勉強になります!」
サクラも親と話すときは丁寧語を外す。
カナの言い分はいくぶんか露悪的だが、つまりは処世術の話をしているのだ。
相手によって違う顔をするのは、コミュニケーションのためであったり自分を守るためだったり、社会の荒波をくぐり抜けていくためでもある。
「あたしもそういうの意識したほうがいいんでしょうか……? 応援してくれる方がどういうのを望んでるのかよくわからなくって」
ぐにぐにと頬を引っ張るサクラ。
カナは後輩のそんな様子を見てくすりと笑った。
「あんたはそのままでいいのよ。それに――――」
「それに?」
「どれだけ演技しようとしたってどこかに本物は混じるものなんだから」
そう言ってカナはサクラの前を歩く。
後輩想いで、優しい。
そんな彼女の本質はどんな仮面をつけても変わることはない。
カナちゃん先輩は良いことしか言わないなあ、と思いつつ――小さくて大きい先輩の背中を追うのだった。




