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168.ラスト・ソング


 静寂が訪れたセントラル・スタジアム。

 ダイアから未曽有の一撃を食らったサクラは観客席に埋もれて必死に意識を保とうとしていた。


(く、らくら……する……) 


 アーマーはブレイクされた。

 もう身を守るものは無い。

 先ほどのような攻撃をもう一度食らえば命は無いと見ていいだろう。


『空間圧縮』


 あの言葉の瞬間、サクラたちの距離は一瞬で無くなった。

 インパクトの瞬間に見えたのは、歪んだ周囲の景色。

 おそらくはサクラとダイアの間の空間を文字通り圧縮することで接近したのだろう。

 そして叩き込まれたのはシンプルな拳での一撃。あの威力は常軌を逸していた。

 詳しい仕組みはわからないが、空間を操作することで威力を上げたのだろう。例えば拳を圧縮した空気で纏い、ぶつかる瞬間に膨張させるだとか。

 

「く、う……」


 砕けた椅子を押しのけて立ち上がると激痛が走る。

 どこか骨が砕けているのかもしれない。

 満身創痍のサクラを見上げ、ダイアは眉間に皺を寄せた。


「……立つのか」


 ふつふつと湧き上がる感情。

 怒り。憐れみ。悲しみ。

 ダイアはそれら全てを押し殺すように奥歯を噛みしめる。


「どうして諦めない。今の一撃で理解しただろ。身体のあちこちから流れる血、骨だって何本も折れた。肉体的疲労や精神的疲労はピークに達してるはず」


「あたしは、諦めるわけにはいかないんです。だってあの子があたしの背中を押してくれた」


 ぱちぱち、と稲妻が弾ける。

 サクラの身に宿る雷のクオリアが、彼女に再び力を与える。

 その姿に、ダイアは思わず奥歯を噛みしめた。


「違う、そんなのは……お前を縛る呪い以外の何物でもない。お前の目の前にあるのはただの断崖絶壁だ――背中を押されたところで待ってるのは死だけだろ」


 ダイアはあまりにも苦しげにサクラの言葉を否定する。

 そうしなければ今にも膝を折ってしまいそうだった。

 サクラの方が傷は深いはずなのに。

 

 しかし、それでもサクラはダイアの言葉を受け入れない。

 ダイアすら救うため、自らの想いをまっすぐにぶつける。


「呪いなんかじゃないです。エリちゃんのおかげであたしはこうして立ち上がれる。前に進める。あの子の言葉はあたしにとって追い風です。たとえ目の前に広がるのが崖だろうと、どこまでだって飛んでいける」 


 ――――サクラの本当の望みは何?


 何度だって思い出せる。

 何度でも自らの存在理由を見つめ直せる。

 どれだけ傷つこうとも――折れない意志がある限り、その歩みは止まらない。


「だからあたしは倒れない!!」


 ダイアに向かって手をかざし、無数の雷の矢を放つ。

 それぞれの矢は縦横無尽に駆け回り、ダイアへと襲い掛かる。


「空間歪曲」


 だが、その軌道が変わる。

 ダイアの眼前の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、その領域に達した矢は全てあらぬ方向へと飛んで行った。


「空間置換」


 呟くとともにダイアの姿が消える。

 瞬間、背後から濃密な殺気を感じたサクラは右腕に雷を漲らせ、振り向きざまに拳を振るう。


「雷拳――――」


「無駄だよ」


 サクラは思わず目を見張った。

 突き出した腕の半ばから先が急激に縮んだのだ。


「え…………!?」


 痛みは無い。

 だがサクラの腕が縮んだことでリーチが足りず、目の前のダイアにすら拳が届かない。

 驚愕もつかの間、軽く跳び上がったダイアが横薙ぎの蹴りをサクラの顔面に叩き込む。

 鈍い衝撃と視界のスパークを感じながら、サクラはアリーナへと叩き落される。


「吠えた割には大したことないな!」


 立ち上がった瞬間、見えない衝撃に吹き飛ばされる。

 空気が――いや、空間が破裂したかのような攻撃だ。

 

「より強い者が相手じゃ鍛えた力に意味は無い。私がお前に教えてやる」


 サクラは鼻から垂れた血を乱暴に拭い、纏雷を再発動して走り始める。


「あたしが弱いのなんて嫌というほど知ってますよ!」


 雷の矢を連射する。

 だが数十本もの雷はダイアの眼前で消え、サクラの背後から射出された。

 空間置換だ。

 

「だったら諦めて現実を受け入れろ。この街は何としてでも滅ぼす!」


「そんな現実、まっぴらごめんです! 現実を変えるのが――あたしたちの力(クオリア)だから!」


 サクラは背後へ右腕を突き出すと、帰って来た雷の矢をまとめて受け止めた。

 腕から全身へ激痛が伝わる。その痛みに比例して力がみなぎる。


(そうか、こいつは雷を自分に宿して強化している……!)

 

 自分の攻撃なら自らの力にできる――サクラの能力を再確認し、自分の対応が悪手だったことを悟ったダイアだったがすぐに冷静さを取り戻す。

 

(……どちらにせよ、サクラの攻撃は私に通じない。どんな攻撃だろうと、どんな質量だろうと、どんな性質だろうと――この世界を構築する”空間”そのものを操る私には届かない!) 


 サクラは二本の指を束ね、ダイアへと突きつける。

 迸る雷がその先端へと収束していき、みるみる輝きを増す。


「雷の――――矢!」


 渾身の力を込めて叫び、雷を解き放つ。

 無数の雷の矢がマシンガンのように連射される。

 だが……やはり届かない。 


「だから無駄だって言ってるだろ!」 


 雷の矢はことごとく軌道を変え、あらぬ方向へと飛んでいく。

 ダイアの空間歪曲がある限り、攻撃は彼女へと届かない。

 だがサクラは口元に笑みを浮かべる。


「まだまだ……諦めませんよ」


 ぞくり、と感じた悪寒に振り向くと、今しがた軌道を変えた矢の群れがUターンして戻ってきている。

 サクラが撃ち続ける矢。そして逸らした矢が全てダイアへと殺到し続ける。


「なっ……!? これだけの数をコントロールし、同時に新たな矢を出力し続けるなんて――正気か!?」


 クオリアを得た今だからわかる。

 この力は一朝一夕で扱えるものではない。

 事前に入念なイメージトレーニングを繰り返していたからこそある程度扱えるものの、それでもダイアは自分が空間のクオリアのポテンシャルを十全に発揮できているとは思えなかった。

 

 酷使しすぎれば精神が摩耗して潰れてしまう。

 そしてコントロールの困難さから範囲と効果を限定することでしか扱えない。

 そんなダイアに対し、サクラは制約など無いかのようにクオリアを奔放に振るう。


「できますよ――だってずっと努力してきたから! さあ、我慢比べと行きましょう!」


 サクラは激しい頭痛に耐えていた。

 全身の血が沸騰しているかのようだ。

 目の前は霞むし、身体の内側から爆発してしまいそう。

 間違いなく無理をしている。

 

(でも、あたしは……!) 


 そう、無理をしているのだ。

 これだけの雷を放出し続け、それら全てをコントロールする――そんな無理ができるようになったのだ。

 それくらいできるように、ひたすら経験を積んできたから。


「こ……の……!」


 ダイアは必死に空間のクオリアを行使しながら歯噛みする。

 別に雷の矢自体の出力が上がったわけではない。

 ただ、圧倒的な物量が押し寄せる。

 絶え間ない雷の濁流がダイアにクオリアの行使を強制させる。

 

「なん、なんだ……どうしてそこまで戦えるんだよ……」


 縋る子どものような声だった。

 否定したいのに、目の前の光景がそれを許さない。

 サクラという努力の結晶が立ちふさがる。


「自分を痛めつけて頑張って、それで報われなかったらどうするんだよ! そんなの辛いじゃんか……!」


 心と身体が悲鳴を上げていた。

 早く倒れてくれと、どちらも願っていた。

 それでも、戦いよりも大事な想いを伝えるためにサクラは声を上げる。

 

「どれだけ辛くても頑張らなきゃいけない時があるんです!」


「そんなの無いよ! 自分を大切にしろよ! そうじゃないと取り返しのつかないことになるだろ……なんで、なんで戦えるんだって聞いてるんだよ!」


 悲痛な叫びが響き渡る。

 ダイアの脳裏には、ぼろぼろになって帰って来た”お姉さん”の姿がこびりついていた。

 今だけではない――あの時からずっと。


 叫ぶダイアを前に、サクラは考えていた。

 力を尽くして、それでも届かなかった時。

 全力が通じない時。

 持てる全てを出し切ってしまった時。

 もう歩けない、立てないと――諦めようとした限界点からさらに一歩先に進ませるものは、一体何か。

 

(そんなのは決まってる)


 サクラは力いっぱい息を吸い、叫び返す。


「気合と! 根性ーーーーーーーーっ!!」


 雷が出力を増す。

 クオリアは心に由来する能力だ。

 その力は、何より心の力で強く輝く。


 雷の矢の群れがダイアを襲う。

 ダイアはそれらを空間操作によって逸らし続け――ついに限界が来た。


「ぐっ……」


 ふっと歪んだ空間が消え去る。

 だが、同時に雷の矢も全て消滅した。

 防ぎ切った――そう確信した時、ダイアは見た。

 眼前でサクラが握った拳に、稲妻が駆け巡っている。


「――――雷拳!」


 渾身の拳が顔面に突き刺さる。

 ダイアは大きく吹き飛び、転がり――地に伏せた。


 サクラは精神論が正しいとは思っていない。

 ただ自分には必要だった。それだけだ。


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