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165.ファンサ


 自分の翼が嫌いだった。

 

 カナちゃんがクオリアに覚醒したのは小学校半ばごろ。

 翼のクオリアに目覚めたと言われた時、心の底から喜んだのを覚えている。

 天使になれる、と思ったのだ。

 真っ白な翼を生やして空を飛ぶ、おとぎ話に出てくる子たち。


 だけどカナの背中から飛び出したのは想像とは真逆の真っ黒な翼だった。

 その時はがっかりしたけど、まあこれも悪くない、くらいのものだった。

 だけど子どもというのは残酷なもので――――


『花鶏さんの羽根、カラスみたいだし汚そー』


 まあ、なんというか。

 嫉妬だったのだと思う。

 ほらカナちゃんって超可愛いから。ロリ時代から顔が良すぎて人間国宝まっしぐらって感じだったから。

 

 でも今と違うのは、そういった嫉妬から来る悪意を受け流せるほど心が強くなかったってこと。

 そういうわけでカナちゃんは普通にショックを受けてめそめそ泣いていたわけ。

 そんなカナを見た意地悪な子たちは、そこまで傷つくとは思ってなかったんだと思う。

 

 だけどそんな子たちは戸惑うどころか増長した。

 しつこくカナの翼を汚いと弄り続けた。

 そうなるとカナも自分の翼が嫌になって、どんどん委縮して、学園都市から出たいと思うようになっていった。

 そんないじめっ子たちの中心人物は態度がデカければクオリアも強かったので、誰も異を唱えることはできなかった。

 彼女が私たちの世界における女王だったのだ。


 転機だったのは小三のころ。

 クオリアを使った授業で翼を出すたびにいじめっ子たちから飛んでくる嫌味に耐え切れなくなってきた時だった。


『え? めっちゃいいじゃん、黒い翼。堕天使みたいでかっこいいし』


 女王が正しいという空気をものともせず割って入った鈴の鳴るような声。

 その女の子は一声で空気を一変させた。

 

 彼女はその年で初めて同じクラスになった子だ。

 髪も肌も透き通るように白く、カナが目を見張るほどに綺麗な女の子。

 あっけらかんとした態度に、女王は当たり前のように詰め寄った。


『あれがかっこいい? 目ぇついてんの?』 


 威圧するような態度。誰もが口をつぐんでいた。

 だがその少女は一切怯むことなく、


『そっちこそセンス無いんじゃない? あ、だから私服もダサいんだ』


 嘲け笑うその態度に。

 女王は当然激昂して襲い掛かり――数秒でノックアウトされた。


『うわ、やり過ぎた……』


 倒れた女王を見下ろす彼女は気まずそうに頬をかく。

 呆然と一部始終を見守っていたカナはただ震えることしかできなかった。

 女の子はそんなカナに気づいて、


『あのさ、自信持った方がいいよ。せっかく綺麗なんだから』


 後から本人に聞いた話だが。

 そのころはちょうど中二バリバリの漫画に影響されていた時期だったらしい。

 それにしても堕天使だなんて、と今のカナは思うけど救われたのも事実。


 白い女の子――銀鏡アリスとは、そのころからの付き合いになる。



 * * *



 学園都市上空で二つの影がぶつかり合う。

 片方は黒翼の少女、カナ。

 もう片方は竜の力を身に宿す少女、エマ。


「炎が効かないなら直接……っ!」


 上を取ったエマが月光を浴びて鈍く閃く竜爪を振り下ろす。

 だがカナは一切の動揺無く翼で受け止めた。

 爪はある程度突き刺さるものの、引き裂くことまではできず引っかかる。


「クッソ丈夫でしょ? 戦車の砲撃くらいならたぶん耐えられんのよ」


 笑うカナはぐるりと身体を捻るとエマのみぞおちを蹴り上げる。

 吹っ飛ばした拍子に爪が引っかかった翼から何枚も羽根が引き抜かれて飛び散った。


 以前のカナの翼は『自分の身体から生えているモノ』という意識のせいで攻撃を食らえば痛みを感じ、アーマーも削れてしまう代物だったが、たゆまぬ訓練の結果カナの肉体と完全に別の物体として自立させることに成功した。

 つまり彼女にとっての翼は身体の器官ではなく、『背中から生える武器』といったところだ。


(――――つ、強い……)

 

 嘔吐しそうなダメージに喘ぎながらエマはカナの上空で体勢を整える。

 可憐な見た目に反して花鶏カナという少女の印象は――速く硬い敵。

 その分攻撃の激しさに関してはこちらの方が上。今のようにまともに喰らっても立て直すことができる程度だ。

 

(時間は……ない、よね)


 全身を駆け巡る痛みは一秒ごとに苛烈さを増していく。

 あの薬液の副作用だろう。

 長引けばこちらが不利。副作用の件もそうだが、薬液による後付けのクオリアには時間制限がある。

 能力が失われればその時点で敗北が確定する。

 しかし力を使い過ぎたとしても――――


(……うん、そうだよね。ダイアちゃん。パラレロちゃん、ヒストちゃん)


 月光を背に、竜の少女はふわりと微笑む。

 その未来を捨てる。

 

(この作戦を始めた時から……ううん、この道を進むって決めた時から後のことなんて考えてない。たくさんの人を傷つける。たぶん、誰も肯定する人はいないと思う。だから私たちに”この先”は無い)


 自分たちのやっていることは紛れもなく悪だ。

 正当化なんてする気はない。

 だからせめて最後まで――――悪を貫き朽ち果てよう。


「あ――あなたは強いです。でも」


 エマは竜翼を広げ、力を込める。

 すると翼はさらに巨大に強靭に姿を変える。

 同時に、身体のあちこちの血管が破裂した。だらだらと鮮血が腕や足を伝い落ちる。


「あんた……!」


「他の人まで守れますか!」


 竜の翼が唸りを上げる。

 渦巻く空気から無数の風の刃が撒き散らされた。

 その標的はカナだけではない。


「……! いつの間に住宅街に!」


 カナの背後、そして眼下には民家や学生寮が立ち並ぶ。

 誘いこまれていたのか――そんな考えを巡らせる暇も無く、風刃は広範囲に飛んでいき、今も目を覚まさない一般都民を狙う。

 

「ああもう似合わないことをすんじゃねーってのよ!」 


 カナの背中の翼が無数の羽根に分解される。

 羽根はそれぞれが意志を持っているかのように動き、ひとつひとつが風の刃を受け止める盾となる。

 相手の攻撃を完全に見切り、分離させた飛行ユニット(羽根)を完璧な位置に素早く配置する恐るべきクオリアコントロール。


 しかしその代償としてカナは自身の翼を失い、落下を始める。

 だがそれは大した問題にはならない。役目を終えた大量の羽根を消せば、また新しく翼を生やすことができる。

 そう見積もっていたカナは思わず目を見張った。


 上空。

 両腕を掲げたエマのさらに上に鎮座する月が黒雲によって隠れていく。


「竜は……天候さえも手中にする……!」 

 

 全身から血を噴いていた。

 目から流れた血の涙が頬を濡らしていた。

 叫び出したいほどの激痛が全身を苛んでいた。

 それでもエマは全身全霊でもってカナを撃ち抜く雷を呼び寄せる。


「やっば……!」


「う、あ――――ああああああああッ!」


 両手を振り下ろす。

 途端、頭上を覆う黒雲から降り注いだ万雷が翼を失ったカナに直撃した。

 

 暴風が通り抜けたかのような衝撃が広がり、あたりの建物の窓ガラスが一斉に弾け飛んだ。

 砕けたガラス片と空中に散っていた羽根があたりに舞い、カナはその中を真っ逆さまに落ちていく。


「や、やった……これで……」


 勝利の安堵と人を殺めてしまった絶望。

 相反する二つの感情を味わいながら、エマは落ちていくカナを見下ろす。

 小さな身体は黒煙を引いて落下を続ける――はずだった。


「……え?」


 止まった。

 カナの落下が。

 錯覚か、と混乱しかけた瞬間、


「まだよ……」


 バサッ! と六枚の翼が広がる。

 一度大きく羽ばたくと、カナは勢いよく身体を起こして上空のエマを見据えた。


「う、うそ……落雷を受けたはずなのに……!」


「ハッ――――鍛え方が違うのよ。これくらいで花鶏カナは落ちたりしない」


 嘲笑を向けながら、カナは意識を保つことに神経を集中する。

 ダメージは間違いなく深い。今にも気を失いそうだ。

 助かったのはひとえにアーマーが残っていたからだ。

 強靭な精神力は肉体自体の強度を上げ、そしてアーマーの効果も底上げする。


「ど、どうして諦めないの……? そんなにボロボロで……どうして……」


「いやお互いさまでしょうよ。つかカナちゃんをボロボロにしたのはあんたでしょーが!」


 はあ、とため息をひとつ。


「あんたの言う通り全身痛いししんどいしやってらんないわよ。でもね、諦めんのは癪だし……なによりカナちゃんのことを好きでいてくれてる人がこの街にはたくさんいる。諦めない理由なんてそれだけで充分なの」


 カナは、カナの顔を可愛いと言ってくれる人が好きだ。

 カナの試合が好きだと言ってくれる人が好きだ。

 カナの翼が綺麗だと褒めてくれる人が好きだ。

 カナのことを応援してくれる人が好きだ。


 好きな人たちくらいは守りたい。

 少なくとも、羽ばたける力が残っている限りは。

 

「あんたも、だからね!」


「……?」


「カナはファンに優しいの。だからあんたのことも助けて(終わらせて)あげる」


 ああ、と。

 エマは今になって思い至ることがあった。

 

 カナのファンだとは言ったが、実は彼女の試合は一度も見たことがない。

 ただSNS上でのカナをこっそりと応援していただけだ。

 好きになったきっかけは、偶然見かけた自撮りが可愛かったから――というのがきっかけだったが、ある時気づいた。


 彼女は誰も傷つけないよう細心の配慮をしたうえでSNSを運用しているのだと。

 カナの言葉はいつでも誰かへの思いやりに溢れていた。

 どんな少数派も取りこぼさないようにと。


 それでも上手くいかない時はあって、軽い炎上をしてしまうことはあったが――彼女はそのスタイルを貫き通した。

 エマはカナのそういうところが好きだった。


(――――敵わないなあ) 


 惚れた弱みとはこういうことなのか、と理解した。

 それでも止まるわけにはいかない。脳裏には幼馴染たちの顔。そして、憧れだったお姉さんの顔。


(でも、諦められないよ)


 身体の底に残る力を絞り出す。

 頭上の雷雲へと意識を集中する。

 ごろごろと、黒い雲の隙間に雷鳴が閃いた。


「やあぁぁーっ!」


 声を上げ、再び雷を呼び寄せる。

 対するカナは落ちてくる無数の雷の合間を俊敏に縫って飛び上がっていく。

 六枚の翼は強靭な筋肉の塊に近い。

 カナは全ての翼を膨張させ、一気に伸ばすと――一斉にエマの身体へと直撃させた。


「かはっ――――」


 巨大な鈍器で殴られたような衝撃に。

 すでに限界を迎えていたエマは意識を手放しながら、静かに思う。

 翼を携えた少女はまるで、


「――――めがみさまみたい」


 意識を失った少女のクオリアが解除され、落下を始める。

 だが、完全に落下へ移行する前にカナがしっかりと抱き留めた。


「あんたも大概がんばりすぎよ」

 

 それこそ諦めてしまえば楽だったのに――まあ、それが出来れば苦労はしないが。

 進むと決めれば、自分ですらも止められないのだ。


「……明日から自撮りに『#学園都市の女神さま』ってタグつけちゃろかしら」

 

 またひとりファンの人生を救ってしまったわ、なんて嘯きながら、翼の少女は安全な場所へと降下していくのだった。


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