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160.イクスターナル・クオリア


 照明に照らされた剣閃が唸る。

 弧を描いて迫りくる攻撃に対し、サクラは身体を翻す。

 だが回避よりも速く振るわれたナイフが二の腕を裂き、血潮が噴き出した。


「くっ……あああっ!」

 

 鋭い痛みに怯むことなく、返す刀で雷の矢を撃ち出す。

 ダイアの胸のあたりに直撃したものの、着弾した瞬間雷の規模が縮小したのが見えた。


「はぁ……はぁ……」


 戦況は劣勢。

 サクラの身体中にはいくつもの生傷が刻まれ、ダメージの大きさを物語っている。

 ある程度は向こうにも攻撃を当てられているはずだが、常に防戦を強いられていることで苦し紛れの反撃しか許されない。


(あのスーツが厄介だ……) 


 ダイアは学園都市の外から来た無能力者。

 しかし彼女の身体能力はクオリア使いのサクラに匹敵する。

 その力の源はおそらくあのスーツだ。何らかの機能によって身体能力を強化しているのだろう。

 そしてサクラの纏うアーマーのように、クオリアによる攻撃を緩和する効果も持っているらしい。


 つまりあのスーツさえ破壊できれば勝利。

 だがナイフと銃弾を掻い潜って攻撃をクリーンヒットさせるのは至難の業だ。


「苦しそうだな」


「これくらいへっちゃらです!」 


「そうか。なら……」


 ダイアはそっと目を伏せる。 

 わかっていた。

 サクラはそういう子だ。

 

(…………諦めが悪い)

 

 思えば初めて出会った時からそうだった。

 サクラは今にも死にそうな顔をしていて……それでも前を向いた。

 これまでも折れそうになる時は何度もあっただろうに、こうして今この場所に立ってLIBERTYの計画を打倒しようとしている。

 ならば、方法はひとつ。


「動けなくなるまで痛めつけてやる」


 ダイアが一息に床を蹴ると一瞬で眼前へと迫る。

 首元目がけて振るわれたナイフを、サクラは手首を掴んでギリギリで止めた。

 ぎりぎり、と双方の力が拮抗する。一瞬の静止の後――ダイアの銃が至近距離で火を噴いた。


 だが当たらない。

 引き金にかかる指から目を離さなかったサクラは寸前で弾道から逃れ、そのまま雷を纏った脚を振るいダイアの腹部へ爪先を叩き込んだ。


「ぐっ……!」


 スーツは高い耐久性を誇る。

 しかしクオリアの威力を緩和する機能ほどには物理的に強いわけではない。

 

(エリちゃんと同じ)


 クオリアを無効化する消滅のクオリアを持っていたエリには、物理攻撃が有効だった。

 その時培った経験は今もサクラの中に息づいている。

 

「おおおおっ!」 


 ダイアが咆哮する。

 体勢を立て直し、獣のように低い体勢で突進を敢行する。


「雷の矢!」


 正面から迫るダイアに向けて雷の矢を数本放つ。

 だがそれら半分は紙一重ですり抜けられ、残りはナイフで切り捨てられる。

 射出後の一瞬の隙。まっすぐに突き込まれたナイフがサクラの腹へと切っ先を食いこませる。


(勝っ――――)


 勝利を確信した、その瞬間。

 

「まだです!」


 切っ先が皮膚を割り開こうとした瞬間。

 サクラの肘と膝が上下からナイフの刀身を挟み砕いた。

 眼前で飛び散る破片に、ダイアは思わず目を剥く。


「なっ、」


「はああああっ!」


 クオリアによる肉体強化。

 纏雷による筋力増強。

 そして磁力の反発による加速。

 全てを乗せた拳が振るわれ――ダイアの顔面へと直撃した。


 砕けるヘルメット。

 さらに亀裂は広がり、スーツは崩壊していく。


「舐、めるな!」


 ドドドドッ、と銃声が連続する。

 殴り抜いた腕の真下から、銃弾が撃ち込まれた。


「ぐっ……ううううああああ!」


 右腕の激痛をこらえ、勢いに任せてもう片方の手を振り下ろしてアサルトライフルを砕き割る。

 吹っ飛ぶダイアをよそに、サクラは全身の傷に苦し気なうめき声を上げた。

 至近距離からの発砲によってすべて貫通したものの、最初の一発が骨を砕いたらしい。

 垂れ下がる右腕からボタボタと血が滴り落ちた中に骨の破片が混ざっていた。


「でも、これで……」


 全身が激痛に苛まれている。

 出血も看過できない量だ。

 だが、あのスーツは破壊した。見れば脱皮した後の蛹のように破損したスーツは青く発光すると跡形も無く消え去ってしまった。


「これで……終わりじゃないぞ」


 ゆらり、と立ち上がる。

 スーツを着用する前に来ていた軍服風のステージ衣装に身を包んだダイアの瞳には、未だ濃密な戦意が残っていた。

 

「あの”怪獣”は私たちが採取したクオリア因子を特殊な機材に組み込むことでその力を結合し、生み出したものだ」


 そう呟いたダイアはベルトの背中側に取りつけていたらしい長さ15センチほどのボトルを取り出した。

 中は淡く発光する薬液で満たされており、底面に当たる部分には、妙なピストンのような部位が確認できる。


 まだ終わりじゃない。

 緩みかけた気を引き締め、サクラは何が起きてもいいように構える。


「もちろんこれは怪獣を構築するために集めたものだ。圧倒的な質量。耐久性。破壊力。学園都市を滅ぼすには申し分ない性能だよな。だが、これにはもうひとつの用法が想定されているんだ」

 

 ダイアはおもむろにボトルの先端を首の横に当てる。

 そのままピストンを押すと、薬液が目減りしていくのが見えた。

 クオリア因子を注入している。


「まさか!」


「空間圧縮」


 その言葉と同時。

 数十メートルは離れていた彼我の距離が一瞬にして縮まり――――次の瞬間、サクラの身体は観客席まで一直線に叩き込まれていた。


 着弾点に並んだ椅子がまとめて吹っ飛ぶ。

 少なくない血しぶきが撒き散らされる。


「……これがクオリアの肉体強化。そして”空間のクオリア”の力か――はっきり言って忌々しいな」


 自らをも蔑むように切れ長の目を眇め、今しがた起きた破壊の跡を見つめる。

 一撃を貰ったサクラは全身から血を流し、ぴくりとも動かない。



 * * *



 頭がふらふらする。

 両手は痛みを通り越してほとんど感覚が無くなってしまった。

 疲労困憊、満身創痍――黄泉川ココは怪獣との戦いで消耗した身体を引きずり、高層ビルが立ち並ぶオフィス街へとたどり着いていた。


「おつかれーい。見てたぜお前の戦いっぷり。すっごいな」


「…………」 


 手を振って気さくに迎えるボディスーツの女に、ココは沈黙を返す。

 軽口に応じていられる余裕は無い。

 その態度で向こうも察したのか、ゆるゆると手を下げた。


「私はパラレロ。LIBERTYの一員だ」


「一応聞いておくけど、投降してくれない? 今ならまだ被害も少ないし引き返せると思うわよ」


「うん、無理だな。もう自分たちじゃ止まる気無いからさあ」


 パラレロはスーツの首元を操作すると、その部分だけ展開して素肌が晒される。

 そのままどこかから取り出したアンプルを首へと押し付け、薬液を注入した。


「弱ったあんたが相手なのはラッキーだったなー。ほら私って荒事とか苦手だからさ」


「知らないわよ」


 パラレロの気配が変わる。

 先ほどから当て続けている精神波の”感触”がクオリア使いのそれに変化したことから、ココはあの薬液が常人にクオリアを付与するものだと推測した。


(精神干渉は……あのスーツに妨害されてるか)


 この近距離なら妨害を突破できるかとも思ったが、思いのほか強力な機能が備わっているらしい。

 平常時のココならこれくらい出来たかもしれないが、今は精神力がかなり削られてしまっていてまともに頭が働かない。


 それでも、ここで退く理由にはならない。

 この街に暮らす大勢の人々を守るためにも戦う以外の選択肢はない。


「最条学園生徒会副会長、黄泉川ココ。今からあなたを拘束するわ」


「ハッ……やってみな!」


 途端、ドッッッッ!! と真上から衝撃が降って来た。

 ココはわけもわからず地面に倒される。

 まるで巨大な岩石でも伸しかかってきているのではないかと思えるほどの重圧――しかしココの上には何も無い。

 しかしココが立っていた道路はじりじりと陥没し始め、見る間に亀裂が伸びていく。


「ぐっ……これ、は……っ」


「重力のクオリアだってさ」


 文字通り重力を操る力を得たパラレロがすたすたと近づいてくる。

 使用者ゆえにか、ココを圧倒する重力場の影響はまるで受けていない。

 

(……重い……!)

 

 この重圧も普段なら跳ねのけられたかもしれない。

 だが今のココにはどうすることもできないほどの出力だ。


「ちなみにこういうこともできるぞ?」


 からかうように呟いた瞬間、重力場が消え去りココの身体がふわりと浮いた――いや、消えたのではなく逆ベクトルの弱い重力場へと切り替えたのだ。

 パラレロはそのまま無防備のココ目がけて強烈な回し蹴りを見舞った。


「がっ……は!」


「ホーーーーームラン!」 


 とてつもない威力でココは弾丸のようにビルへと直撃した。

 窓を割り、そのままオフィス内へとゴロゴロ転がされる。

 ピシ、と頼りない音を立ててアーマーにヒビが入った。


(……あのパワー、クオリアの肉体強化だけじゃ説明がつかない)


 おそらくはインパクトの瞬間重力を操作して威力を高めたのだろう。

 恐ろしい能力だ。

 仮にあのクオリアを本気で磨けばプロの中でもトップ層に入れたはず。


「身体が……動かない……」


 全身の芯までダメージが通った。

 ココの身体を支える軸のようなものが折れてしまった。

 

(…………それでも)


 助けに来てくれたサクラ(あの子)に報いるためにも。

 ここで倒れるわけにはいかない。

 そう想うだけで、乾いた大地にひとしずくの水が染み込むように、ボロボロの身体に力が戻っていくのを感じた。


「格好悪いところは見せられないものね……!」


 まだ立てる。

 そのことが何よりうれしかった。


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