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158.ライトアップ


 サクラは横のココを盗み見る。

 彼女の息が上がっているところを、サクラは初めて見た。あのキリエとの試合ですらここまで追い詰められてはいなかったからだ。

 おそらくはサクラが夢に沈んでいた間、ずっとあの怪獣を相手取って消耗戦を続けていたのだろう。

 見れば両手は焼けただれてしまっている。これ以上の無理はさせられない。

 何しろあの怪獣を倒せば終わりというわけでもないのだから。


「先輩、あの――――」 


「あなたが熱線を防いで、私があの怪獣を攻撃する。それでいい?」


「は、はい!」


 思念のクオリアを使った素振りは無いのに心を読まれた。

 熱線への対処は全力を出さねばならないうえ身体へのダメージも激しい。

 だから自分に任せてほしいと口にするつもりだったのだが。


 言わずとも任せてくれたということだろう。

 それだけ認めてくれている……その事実にサクラは奮い立つ。


「来るわよ!」


「はいっ!」


 熱線をチャージする怪獣に向かって二人は一斉に駆け出す。

 サクラが前、ココが後ろ。

 雷を身体に溜めるサクラ目がけて何度目かの熱線が発射された。


「あああああぁっ!」 


 再び二十条の雷矢を右腕に装填し、拳と共に放つ。

 莫大なエネルギー同士は正面からぶつかり合うと、サクラの方が押されながらも熱線の軌道を逸らした。


「先輩っ!」


 吹っ飛びつつ叫んだ瞬間、見えない速度でココが躍り出る。

 一瞬にして怪獣の懐へと肉薄したココは打撃の嵐を叩きつけた。

 数えるのがバカらしくなるほどの密度で四肢から繰り出されたココの乱打が、山のような巨体を傾がせる。

 だが、


「な……!?」

 

 突如として怪獣は素早くバックステップを敢行する。

 距離を取られた。それを認識した瞬間、怪獣はくるりとターンすると、太い尻尾でココを薙ぎ払った。

 あらぬ方向へと吹っ飛ばされたココは1キロメートル先のオフィスビルへと叩きつけられる。


「ココ先輩!」

 

 すかさず怪獣が熱線の準備を始める。それも、膨大なエネルギーは口ではなく両手の平へと収束している。

 ココが吹き飛ばされたのはサクラの叫びが到底届かない距離だ、全力で駆け抜けても間に合わない。

 磁力のレールを使った急加速は速度こそ出るものの、準備にある程度の隙を伴う。

 仮に間に合ったとしても片方の熱線しか防げないだろう。

 

 どうにかしなければココが危ない。

 だが、どうしようもない――それでも助けなければと立ち上がったとき。

 視界の端に、黒い羽根がふわりと舞った。


「え?」


 瞬間、風が駆け抜ける。

 それを追随するようにして、そこら中の建物の窓が連続で輝く。

 

 ひとつの影は翼を羽ばたかせる。

 もうひとつの影は鏡から鏡へと飛び移る。

 そして、二つの熱線は――無数の羽根と鏡……二つの盾によって受け止められる。


 羽根の盾にぶつかった熱線は、まるで網を通ったかのようにバラバラに拡散しあちこちへと飛散する。

 鏡の盾は反射しきることはできなかったものの、直上へと軌道を変えることで被害を防ぐことに成功した。


「間に合ったー!」

 

「いやカナ、たぶん遅れてるよこれ。大丈夫ですか、ココ先輩」


 ビルのふもとに倒れたココのそばに降り立つのは花鶏カナと銀鏡アリス。

 それぞれ翼のクオリアと鏡のクオリアの使い手で、最条学園の生徒会役員だ。


「助かったわ……ありがとう」


 身体中のホコリを払いながら立ち上がるココは、身体の芯がぐらついているのを感じた。

 体力もかなり削られてしまったし、アーマーも限界が近い。

 だが戦えないことはない。

 仲間が増えた。それに、


「先輩! わ、ほんとに先輩たちが来てくれた!」


「サクラ! あんたまだまだ元気そうじゃない。いける?」


「はい、カナちゃん先輩!」


「無理しないでね。私たちがフォローするから」


「アリス先輩もありがとうございます!」


 サクラもここに駆けつけた。

 夢の世界が破壊されたことで、囚われていた人々が目覚めつつある――おそらくは夢を壊したサクラに近しく、そして強いクオリア使いがいち早く眠りを脱したのだろう。

 なら最後の一人は。


「……せ、先輩! あれ!」


 サクラが指を差す空。

 夜空を真っ二つにするかのごとく横切った光線の束が怪獣の肩を抉り抜いた。


「悪い、遅れた!」


 最条キリエ。

 学園都市最強のキューズが到着した。

 

「大遅刻よ」


「すまない、目が覚めたらすでにこのような事態に……今はどうなっている?」


「キリエさん、そんな場合じゃ――――」


 現状を説明している場合じゃない。

 怪獣はすでにエネルギーのチャージを完了し、再び熱線を吐き出した。

 だが、


「問題ない」


 その熱線はキリエが発動した巨大な障壁によって完全に防がれる。

 街を破壊する膨大なエネルギーは光のバリアの前に勢いを殺され、何も傷つけることなくその勢いを無くした。


「……なかなかの威力だが、これくらいなら防げるさ。さあ、サクラ。頼む」

 

 サクラはキリエの大ファンだ。その強さは限界オタクになるほど知っている。

 だが、実際にこの戦地において目の当たりにすると、これほどまでに圧倒的だとは思わなかった。

 唖然とする中、何とか冷静になって促されるままに現状の解説をする。

 その間、熱線はキリエが防いでくれた。


「赤夜ネムプロの凶行、その間にあの怪獣を召喚か……やってくれたものだ」 


「数は四人。私の精神波で位置は把握しているわ」


「読心は出来ないの?」


 カナの問いに、ココは首を横に振る。

 

「何かに阻害されてる。だけどエコーロケーションの要領で阻害されてる座標は割り出せるから、犯人がいる場所はわかるわ」


「なら作戦は決まりだね」


 キリエはこちらへ敵意を向ける怪獣を見上げる。

 圧倒的な迫力と純粋なパワー。普通なら人間が束になろうと叶う相手ではない。

 しかし、ここにはクオリア使いが五人もいる。そしてその中には最強クラスの人員が揃っているのだ。


「私が単独で怪獣の相手をする。その間にみんなは犯人たちを叩く。これで行こう」


 頷く一同。

 しかしそんな中、サクラの表情には影が落ちていた。


「どうしたの?」


「……皆さん、寝てる間のことって覚えてますか?」

 

 ココ以外の全員はネムの作り出した夢の世界に引きずり込まれていた。

 そこでは人の抱く願望が叶い、理想的な生活を送ることができた。

 サクラも一時はその世界に囚われそうになったが、最終的には壊すことを選んだ。

 他の人々の意志を確認せず、外へ出るために幸せを壊したのだ。

 今確認することではないかもしれない。だが、どうしても気になってしまった。


 サクラの問いに、ココ以外は顔を見合わせる。

 言っている意味が分からない――と、そんな様子だった。


「ううん、覚えてない。夢って忘れちゃうわよねー」


「気づいたら目が覚めてたって感じだったよね。でも……うん、なんかすごくすっきりしてる」


 そんなアリスの言葉に、わかるわかるとカナが同意する。

 夢は忘れてしまう。それが共通の作用なのか。実際サクラも最初に夢の世界へと引きずり込まれた時のことは忘れてしまっていた。

 今は覚えているのが不思議だが――ネムを直接倒した影響だろうか。

 

「……私も覚えてないな。さあ、気を取り直そう」


 キリエの言葉にはっとする。

 そうだ、今はこの事態を解決しなければ。


「みんなは犯人を捜索・打倒することを優先してくれ。怪獣は私が抑えておく」


「座標は私が念話で送る」

 

 キリエとココの頼もしい言葉に力が湧いてくる。

 早く止めなければ。この学園都市で暮らす人々のために。

 そして、


(……あの人たちのために)


 ネムから聞いた犯人の正体――彼女の言葉を疑うわけではないが、やはり自分の目で確かめなければならない。

 そして犯人が本当に彼女たちなら。

 

「止めましょうね」


 強い意志を秘めたサクラの瞳に、キリエは強く頷く。


「……ああ! じゃあみんな――生徒会を執行しよう」

 

 その言葉を皮切りに少女たちは散開する。

 同時にココの念話によってサクラの目指す場所が伝えられる。

 

 セントラル・スタジアム。

 学園都市の中心部にある最大規模の試合場。

 そこで犯人のうちひとりが待ち受けている。


「…………LIBERTY」


 サクラを幾度となく助けてくれたダイアという少女がリーダーを務めるアイドルグループ。

 その歌で、ライブで、奈落の底にあったサクラの心を救い上げてくれた少女たち。

 ただの一般ファンであるサクラを、まるで友人のように迎え入れてくれた温かい人たち。


 どうして、と思わずにはいられない。

 しかしそれ以上に――止めなければという想いが強く強く燃えていた。

 溢れそうな思いを胸に走り出すと、途切れたと思った念話が再び繋がれる。


『頑張って』 


 端的な激励の言葉。

 それだけで奮い立つ。


「……はい! ココさんも頑張ってください!」


 不安はある。

 それでも万感の思いを込めて、サクラは走り出した。

 

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