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157.プラスワン


 目が覚めると駅の入り口枠の壁際にもたれかかった状態で座っていた。

 ここは現実。

 甘い夢の世界ではなく、無慈悲な法則が支配する世界。

 夢が叶うことはない。


「…………は」

 

 息を吸う。

 わずかな焦げ臭さが気管を通る。


 夢が叶うことはない。 

 誰かが勝手に叶えてくれることはない。

 

 ここは自分の手で叶えられる世界だ。

 願望を形にする――それこそが少女たちの持つクオリアという異能の本質。

 意志によって世界を変える力。


 そして、それはクオリアに限った話ではない。

 行動すれば世界は変わる。

 だからサクラは立ち上がった。


「エリちゃん、見ててください」


 遠くの方で時折赤い光が瞬いている。

 目を刺すようなその輝きに向かって少女は走り出す。

 学園都市が脅かされているというこの現実を変えるために。


 

 * * *



 摩天楼をも見下ろす巨体を持つ怪獣が進撃を続けている。

 口から強力な熱線を吐き出し、街の全てを蹴散らしていく。

 

 赤夜(あかしや)ネムによって作り出された夢の世界に沈められたことにより、現在、学園都市に存在するすべての人間は眠りについている。

 これにより怪獣を阻む者は何人たりとも存在せず、学園都市は地図の上から消える。

 それが”彼女たち”の目論見だった。


 だが、どんなものにも例外はある。

 当初の予定から考えると、圧倒的に怪獣の侵攻ペースは遅い。

 出現した地区から身動きが取れていないのだ。


「ゴオオオオアアアアアアァァァッ!!」


 苛立ちと怒りをあらわにする怪獣は何度目かの熱線を発射する。

 民家くらいなら一瞬で跡形もなくなってしまう規模の攻撃はマンション型の学生寮へと向かった。

 そこでは未だ大勢の生徒たちが眠っている。直撃すればいくらアーマーがあると言えども死は免れないだろう。

 

 だが。


 熱線が唸りをあげ、学生寮を飲み込もうとする――その寸前。

 何かにぶつかった熱線が弾き飛ばされた。

 莫大なエネルギーは拡散し、あちこちに飛び散って道路などを破壊したが人的被害は出ていない。

 同時に、熱線を弾き飛ばした”何か”は衝撃を殺しきれなかったのか、10メートル以上離れた街路樹に叩きつけられた。


「……おいおい、マジか」


 遠方からそれを眺めていたダイアは苦虫を噛み潰すような、それでいて感嘆を隠しきれない呟きを仮面の中で零した。

 熱線を弾き飛ばした何か。

 その正体は――――


「ごほ、げほっ! ……この私が逸らすので精いっぱいなんてね」


 黄泉川ココ。

 この学園都市で最強の精神系能力者であり、その上最強(キング)のキリエをも上回る圧倒的なフィジカルを持つその少女は自らの肉体ひとつで暴威の化身たる怪獣の侵攻を食い止めていた。


 思念のクオリアを持つ彼女は強力な精神耐性を持っている。

 夢のクオリアによる干渉を防ぐことができたのはそのためだ。

 キューズ達が眠る今、戦えるのは彼女だけであり、そのことをココ自身理解していた。

 

(……精神干渉は効かない、というか対象になる精神を持ってない。誰かがクオリアによって変身している線は無い……か)


 だが、怪獣から細い糸のような見えない意志が学園都市の四方へ向かって伸びているのがわかる。

 おそらくこの怪獣を生み出したのは四人。そして、あくまで仮定にはなるが生産者(はんにん)を撃破できればあの怪獣も消滅する。

 だが、それは現実的ではない。

 なにしろ目の前の怪獣がそれを許してくれないのだ。


「……っ、また!」


 再び吐き出された熱線に対して一気に飛び寄り、今度は真下からアッパーカットの要領でカチ上げる。

 熱線は軌道を変え、ほとんど直上へと向かって行った。

 着地したココは両手の激痛に顔をしかめる。何度も熱線を迎撃した、華奢にして学園都市随一の強靭な手は真っ赤に焼けただれていた。


 体力ももはや限界に近い。

 だがそれでも諦めるわけにはいかない。

 風のような速度で一瞬にして接近したココは助走を乗せた拳を怪獣の腹部へと叩き込んだ。

 ぐらり、と怪獣の身体が揺らぐ。


「硬すぎよ……!」


 だが、揺らいだだけに過ぎない。

 20秒もあれば素手でビルを解体できるココのパンチは、怪獣の身体に傷ひとつつけられなかった。

 圧倒的な強度。仮に攻撃に集中できるのであれば、まだ戦いようがあったかもしれない。

 だが街を守りながらではどうしても難しい。そして、熱線を防ぐたびに体力・精神力が共に大きく削られる。


「戦えてるだけで充分驚異的だよ。だが単独ではどうしようもないだろ」 


 ダイアはそうココを評する。

 その耳には精神干渉を受けていることを示すアラートが鳴り続けていた。

 LIBERTYが着用するボディスーツに搭載されたマインド・ジャマーによって読心などの干渉はなんとか防げている。


『なあダイアー、あいつヤバいって。超広範囲に精神波飛ばし続けながらひとりで怪獣と戦ってるぞ』


 パラレロからの通信には答えずに内心で同意する。

 ただの女子高生がここまで戦えるなんて――クオリアとは恐ろしいものだ。

 しかし彼女たちは気づいていなかった。


 確かに黄泉川ココの持つクオリアは強力だ。

 その異能がもたらす肉体強化も常軌を逸している。

 だが本当に驚くべきなのは、この状況でも折れずに、まるで当たり前かのように戦い続けられるその精神性だったのだと。


「…………はぁ、はぁ…………」


 ココは酸欠になりかけた脳を必死に回す。

 まず間違いなく、自分はあの怪獣には勝てない。

 キリエならあるいは――といったところだが、彼女は肝心な時にいない。

 

 なら都民を見捨てて――つまりある程度の犠牲を吞み込んで、あの怪獣の発生源を叩くか。

 そう自問自答したココは、すぐに小さく笑った。


「無いわね」


 それだけはできない。

 例え合理的な方法だとしても、少数の犠牲で多くを救えるかもしれないとしても。

 その少数を助けられなかったという事実を受け入れられない。

 何より、


「……あの子に嫌われちゃう」


 屈託のないサクラの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 誰かのために戦う彼女はその選択を良しとしないだろう。

 いや、彼女なら責めることはしないかもしれない。

 ただ悲しげに笑うだけだろうか。


「何にせよ……そんな顔は見たくないわね」


 後輩の前に立つ先輩として。

 そんな情けない背中は見せられない。


 右手に巻かれた腕輪――リミッターを見る。

 このリミッターは装備者を守るアーマーを発生させるとともに、装備者自身のクオリアをも抑制する効果がある。

 制限なしにクオリアを振るえば自他ともに傷つけてしまうことを懸念されたことから開発された逸品だ。

 当然だが自分で破壊できないよう圧倒的な耐久力を持っているし、そもそも壊せば学園都市からの追放は免れない。

 入学当初に壊した問題児(サクラ)もいるが、さておき。


 だが実のところ、ごく一部のクオリア使い――具体的にはプロの中でもトップ層に位置する者たちは自力でリミッターの破壊が可能だ。彼女らにはそれだけの力がある。

 ココもまた、例外ではない。


(これを壊せば……怪獣(アレ)を止められるかもしれない)


 リミッターが無くなれば。

 黄泉川ココの真の全力が解放されれば、この事態を打開できる。

 肉体強化は今の何倍もの倍率になり、怪獣を直接撃破できるだろう。

 そしてそもそもの話をすれば、今も全方位に飛ばし続けている精神波もまた強力になり、怪獣の召喚者であるLIBERTYたちを守っているマインド・ジャマーを突破することで怪獣を跡形も無く消し去ることすら可能になってしまう。


 だが、リミッターを外して全力を出してしまえばココ自身がどうなってしまうかはわからない。

 怪獣を消せたとしてもその後身体がバラバラになってもおかしくないし、脳にかかる負荷で廃人化してしまう可能性もある。

 そもそも解放した瞬間負荷でダウンすれば全てが終わりだ。

 仮に無事に戦いを終えたとしても学園都市を出なければならない。

 総合すれば分の悪い賭けだと言えるだろう。


「…………ふっ」


 だがココは笑う。笑って見せる。

 ココという敵の脅威度を考慮したのかこちらに真っすぐ向かってくる怪獣を見据えて拳を握りしめた。

 

「確かに分の悪い賭けね。ただし…………」


 自分の身を考慮しなければ――これほど賭ける価値のあるギャンブルは無い。

 犠牲にするのが自分ひとりならば安いものだ。

 あの子の無鉄砲さが移ってしまったのかしら、なんて自嘲しながら拳を勢いよく振り上げ、同時に怪獣が熱線の発射準備を始めた。


「さよなら、みんな」


 小さく別れを告げ、リミッターへと拳を振り下ろそうとした、その直前。

 

「待ったああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 目の前に稲妻が着弾した。

 

「は……?」


 ライトブラウンの髪と、同じ色の瞳。最条学園の制服に生徒会の赤い腕章。

 その稲妻は全身に雷を迸らせた天澄サクラだった。

 驚きに手が止まる。

 しかしそのわずかな隙に熱線は容赦なく発射されてしまった。


「ちょっと、どいて!」


 このままではサクラが跡形も無く吹き飛ばされる。

 それだけは避けなければと前に出ようとした時。


「あたしに任せてください!」


 雷の尾を引いたサクラが飛び立つ。

 その周囲に無数の雷の矢が生み出され、瞬く間に右の拳へと装填されていく。


「雷拳・二十条!」


 圧倒的な熱線と眩い雷が激突した。

 拮抗は一瞬。

 ココのように弾き飛ばすこともバラバラにすることも無く、しかし――確かに軌道を逸らし、熱線は道路へクレーターを穿った。


「わあああぁぁぁーっ!」 


 熱線の威力を殺しきれなかったサクラが何やら叫びながら吹っ飛んでくる。

 ココは慌てて我に返ると、弾丸のように向かってくる少女の身体をふわりと受け止めた。


「無茶し過ぎよ」


「あ……あはは。遅れてごめんなさい」


「……いいわ。助かったもの」


 本当に助かった。

 サクラと別れるのは、やっぱり辛いものがあったから。


 ココはサクラと並び立ち、怒りの咆哮を上げる怪獣を見据える。

 サクラは本当に頼もしくなった。何があったのかは知らないが、壁を越えたような雰囲気があった。

 

 ひとりでは無理だ。しかし今なら。

 この窮地をどうにかできるはずだと、ココは心から信じられた。


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