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155/208

155.DayDream


 この世界との別れを決め、学園を飛び出し街中を走り抜けたサクラは蔓の塔のふもとにたどり着いた。

 

「ここを登れば……たぶんネムさんがいる」

 

 この夢の世界の元凶。

 どうしてこんな事態を引き起こしたのかはわからないが、とにかく止めなければならない。

 塔は見上げれば頂上が霞むほどの高さだ。二重螺旋を描いて伸びていく蔓はこうして間近で見るとかなり太く、その巨大さと規模が窺える。


『君の想像通り、元凶はこの上にいますよ。覚悟はできてますか?』


 突然、サクラの横に例の虹色の陽炎が生じ、そこから声が聞こえてくる。

 この陽炎については終ぞ理解できなかった。

 しかし、この存在が何者かは今は関係ない。


「ええ、もちろん」


 振り返らない。

 挫けない。

 諦めない。


 エリに背中を押されておいて、これ以上の停滞は許されない。

 その決意を汲み取ったのか、陽炎はくすくすと笑う。


『なら、あとは任せちゃいます。応援してますよ――――』


 その言葉を最後に、陽炎はふっと霧散した。

 サクラも、もうその残滓を見ることはない。

 前だけを見て塔を登り始める。


「急がなきゃ」 


 この身に戻って来たクオリアを発動する。

 全身に雷を行き渡らせ、凄まじい速度で駆け上がっていく。

 目を見張るほどの速度だが、塔の高さが高さなこともありある程度の時間を要しそうだ。

 

 こうしている間にも現実では何が起きているのだろう。

 想像するだけで気が逸る。

 とにかくできるだけスピードを上げて――と。

 意識が上に向いていたことで反応が遅れた。


「…………ッ!?」


 とっさに後ろに跳ぶと、今踏み込もうとしていた場所が爆発する。

 かすかに見えたのは横から飛んできた赤い泡。

 その方向へ目を向けると、ハエのような二対の羽根で空を飛ぶ目玉のモンスターが空中からこちらを睨んでいた。

 その瞳孔から空気を吹き込むように再び泡が膨らんでいき――サクラ目がけて弾丸のような速度で発射される。


「……っく!」 


 今度は前に跳ぶ。

 背後の蔓が爆炎に包まれ、ごっそりと削れた。

 爆風に煽られながらもなんとか着地し、間髪入れずに雷の矢を投げ返す。

 矢は真っすぐに目玉の中心へ飛び込みあっけなく破裂させた。


「それだけあたしを上に行かせたくないってことですか!」


 おそらくは”主”の元へ行かせまいとするガーディアン。

 ならば一匹で終わるはずがない……と警戒していれば、その想像は当たった。

 どこからともなく、前兆も無く、目玉のガーディアンが数十匹も現れ、陽の暮れた空を埋め尽くす。


「この数はさすがに……!」 


 ガーディアンたちが一斉に泡を構える。 

 圧倒的な数の差、そして倒したとしてもおそらくはまた補充される。

 ここが夢の世界である限り、何度でも。

 どうやら頂上へ向かうにはこの包囲網を抜ける必要があるようだった。



 * * *



 真夜中の空に伸びる塔のそこかしこに爆発が起こる。

 蔓を駆け上がるサクラを追いかけるように、赤い泡が絶え間なく着弾し続けている。


「はっ、はっ……ぐっ!」


 足元に着弾した泡が起こす爆発を回避し、続けて飛んできた次弾を雷の矢で撃ち落とす。

 塔を駆け上りつつ適宜ガーディアンを撃墜しているものの、無尽蔵とも思える速度と量で湧いてくる。

 こうしてノンストップで走っていてやっと爆発に捕まらないレベルの攻撃密度。

 いくらクオリアで肉体強化されていると言っても、長時間走り続けるのはそろそろ身体と精神が限界だ。


「それでも止まるわけには……!」


 ぐっと顎を上げる。

 すると頭上が視界に入り、頂上に鎮座する雲の台地から降りる階段が見えた。

 ガラスで出来ているかのような透明な螺旋階段。

 頂上が近い。ならば少し無理をしてでも一気に駆け上がろう。


「足に集中+磁力で……」


 全身に回した纏雷を足に集中し、ぐっとしゃがみ込む。

 そのまま足の裏と足元の蔓に反発する磁力を付与し、一気に跳び上がった。

 まるで高所からトランポリンに着地したかのような勢いですっとんでいき、ガーディアンの照準も振り切って上昇する。

 ガラスの階段に手がかかる。身体を揺らして勢いをつけ、振り子の要領で飛び乗った。


「ガーディアンは……追ってこない」 


 限界高度でも設定されているのだろうか。

 あの目玉たちはこちらをじっと見つめたまま動かなくなった。

 やっと息をつくと疲労に襲われる。

 だが、まだ気を抜くわけにはいかない。ここからが本番だ。


 階段は思ったより短かった。

 下から雲の台地を掻き分けて穴を開け、半ば無理やり登る。

 

「広い……」


 おそらく学園の体育館くらいはある。

 平坦で見通しが良く――だから”それ”が見えた。


「ネムさん!」


 空中に浮かぶ虹色の泡。

 その中で、赤夜(あかしや)ネムが――この事件の元凶が胎児のように丸まって眠っている。

 声をかけても起きることはない。しかしサクラは知っている。

 夢のクオリアを持つ彼女は眠ったままでも活動ができる。

 その証拠にどこからともなく声が響く。ネムが発しているというより、空間全体に波打っているような響き方だ。 


『サクラか。どうして来た』


「あなたを止めに、です」


 瞬間、空気が変わる。

 包み込むような柔らかな感覚が、針のように鋭く変化しサクラの肌を突き刺してくる。


『みんな諦めるべきなんだよ』


 ネムの口調はぼんやりとしていてどこか夢うつつのようだ。

 しかしその内側に秘めた激しい情念が肌に突き刺さってくる。


『頑張るから苦しむ。立ち向かうから理不尽に潰される。希望を持つから絶望するんだ。だったら最初から何もせず眠っていた方が百倍マシだ』


「どうしてそんなことを言うんですか。あなたはあたしを応援してくれたじゃないですか。訓練のための器具だって送ってくれた――あたし、嬉しかったのに」


『気づいたからだよ。本当の気持ちに』


 周囲に漂う虹色の霧が濃くなっていく。

 まるでそれら全てが生き物のようにサクラたちを取り巻いていく。


『あの子は何も悪くなかった』

 

「ネムさんの同級生の人、ですか」


 ネムは答えない。

 ただ、続ける。


『あの子は頑張っていただけだ。目標に向かって努力していただけだ。なのにそれが――どうして潰されなきゃならない!? どうしてあの子が学園都市を去らなきゃいけなかった! 全部■■の――――この街のせいだ!』


 激昂するネムに気圧されそうになる。

 だがその途中、一瞬だけノイズのような何かが走った。

 まるで何かに軌道を修正されたかのような現象だ。


『だから全部終わりにするんだ。幸せな夢にみんな閉じ込めて、そのまま永遠に続ける。そうすれば誰も不幸にはならないだろ』 


 荒唐無稽で、支離滅裂。

 彼女は気づいているだろうか。主張する内容が一貫していないことに。


「……この世界はいつまでも続きません。このままだともうすぐみんな消えてしまいます」


『何を言ってる? そんなことにはならない。私が永遠にこの世界を管理し続けるんだから』


 おかしい。

 あの陽炎と言っていることが矛盾している――いや、まさか。

 

(知らない……?)


 夢の世界を作ったのはネムだ。

 しかし、終わらせるつもりはないという。

 まさか別の何者かが現実世界で何かを起こそうとしているのか。

 

「そんなことはさせません」


 一歩進む。

 どちらにせよこのままにはさせておけない。

 とにかく現実に帰らなければ。


『……どうしてだよ。私はお前に幸せになってほしいだけなのに』


「そう……ですね。確かにここは幸せな世界かもしれません」


 この世界に文句はない。

 ずっとこの場所にいたいと――例え終わりが近いとしても――最後の一瞬まで留まれたらと本気で考えた時もある。

 それは偽らざる本音。


「でも現実にはここに無いものがあるんです」


『そうか……』


 心から残念そうにネムは息をつく。

 瞬間、周囲の霧が凄まじい勢いでネムを包むようにして集まっていく。


『お前には感謝してる。だからこそ邪魔をするというのなら――――』


 霧はみるみる巨大な何かを形成する。

 丸々と太った身体。長い鼻。それは、バクのようなモンスターだった。


『死なない程度に眠らせてリセットさせてもらう。そして永遠にこの世界で幸せになってくれ』


 眠るバクから圧倒的な殺気が放たれる。

 しかしサクラは怯まない。


「負けません。だってあたしには……友達がついてますから」


 臨戦態勢に入る。

 消えていったエリの想いを胸に、サクラは強く拳を握りしめた。


新年あけましておめでとうございます。

年始からいろいろありますが時間つぶしなどに使っていただけるとすごく嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。

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