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149.ライブスタート!


 錯羅回廊・第三層。天地が反転した凍てつく校舎。

 目鼻の無い黒いワニのようなモンスターの噛みつきを回避したサクラは、その口の中へ向かって雷の矢を打ち込んだ。

 黒ワニは一気に膨れ上がって爆散し、青白い霧となって消えた。


「よしっ」


 生徒会役員はキューズとしての活動の傍ら、こうして錯羅回廊の調査を任されている。

 錯羅回廊には出入りするとしばらくクオリアがひどく弱まってしまうというペナルティがある。しかしサクラはこれを何故か受けつけないため、調査に向かう頻度が高めだ。


 今回は増加したモンスターの退治が主目的。

 サクラは寒さ対策に着込んだロングジャケットをはたき、今の戦闘でついた細かい氷の粒を落とす。

 一息つくと、濃密な白い靄が目の前を覆った。


「さむさむ」


 いつの間にか三層でも問題なく戦えている。

 力がついた証拠だろうか。

 だが、今回の調査で感じた不自然さがサクラに増長を許さない。


「モンスターが大人しい気がする……」


 そうなのだ。

 普段と同じくモンスターはこちらを発見するや否や襲い掛かってくるのだが、その勢いがどうにも足りないような印象を受ける。

 覇気がない、というか。凶暴さが欠けているというか。

 危険度が低いに越したことはないのでそれは良いのだが、モンスターの動作が少し緩慢に感じてサクラは首をひねってしまう。


 なんとなく、最近の学園内の空気に似ている。

 学内戦が近いというのに弛緩した雰囲気が漂っていて、違和感を覚えずにはいられない。

 前回の学内戦前はもっとピリッとした緊張感が蔓延していて、入学間もないサクラは身を引き締められる想いだったことを覚えている。

 それとも、これは夏休み明けだからだろうか。

 

 重なる疑問を抱えつつ天井を歩く。

 この天地が反転した異様な現象にも慣れてしまった。

 少し走りにくいが、今はもう大した問題にはならない。

 周囲を警戒しつつ白い息を吐いて遊んでいると、脳裏にサーというホワイトノイズのような音が響く。

 それが途切れると、冷水のような声が聞こえてきた。


『聞こえる? そっちの様子はどうかしら』


「ココ先輩。モンスターの姿は見えません。だいぶ減らせたみたいです」


 会話の相手は黄泉川ココ。

 思念のクオリアの使い手で、その能力のひとつである念話を使ってサクラに話しかけているのだ。

 異空間である錯羅回廊の中ではスマホでの通話ができないので、遠距離での意思疎通はこうして念話に頼ることになる。

 

第四層(こっち)も同じ感じね。何か変わったことはあったかしら』


「それなんですけど、モンスターの様子がちょっと」


『覇気がない?』


「そうなんです! わかりやすく変ってわけじゃないんですけど、何となく動きが鈍いというか」


『こっちも同じ感じよ』


 ココのいる第四層も同じ状況。

 ならば他の層も――というか錯羅回廊全体がそうなのだろう。

 ココはしばし無言で考え込むと、『なら』と続けた。


『今日はそろそろ引き上げましょうか。すぐそっちに向かうから待っていて』


「わかりました!」


 サクラの返事を最後に、ぷつんと念話が切れる。

 今のところ目立った問題は無い。

 だが、何かがおかしいのも確かで――サクラはかすかな胸騒ぎを感じてしまうのだった。



 * * *



 数日が経った夕暮れ時。

 自室のベッドに寝ころびながら、サクラはスマホで動画サイトを巡回する。

 検索窓に『LIBERTY』と打ち込めば、彼女たちが運営するチャンネルと、MVやライブ映像、配信の切り抜きなどが溢れんばかりに出てくる。


 ここ最近のサクラは空き時間をLIBERTYの動画などを見ることで潰していた。

 今月下旬に行われる学内戦に向けて激しい訓練を続けているのだが、その代わり彼女たちのライブが見に行けず、こうして動画で穴埋めしているというわけだ。


「…………はあ」 

 

 思いがけず深いため息が出る。

 ハルとはあれからあまり話せていない。

 彼女の悲しみはかなり根が深かったようで、話しかけても反応が乏しく謝罪を受け入れてもくれない。

 そういうわけで最近のサクラは気持ちが沈み切っているのだ。

 LIBERTYに傾倒しつつあるのはそのせいもあった。


「『飛翔』……」


 そう題されたMVのサムネイルをタップすると、スマホのスピーカーから音声が鳴り出す。

 『飛翔』はサクラが初めて聞いたLIBERTYの曲だ。

 クールな伴奏の中に力強さを感じる曲調。この世の無常と理不尽、そしてその中で懸命に生きていこうと叫ぶ歌詞に、サクラは聞くたび勇気づけられていた。


 バックグラウンドで再生しつつ、他のMVのリストを眺める。

 元から人気の高いグループだったLIBERTYだが、学園都市での活動を始めてからさらに人気が爆発したらしく連日SNSのフォロワー数やチャンネルの登録者数、各動画の再生数がうなぎ上りだ。

 ただ、サクラお気に入りの『飛翔』は伸び悩んでいるようで、MVの中では再生数が一番下だった。


「いい曲なのになぁ」


 何となく理由は想像できる。

 『飛翔』と他の曲は方向性が別なのだ。

 反骨心を強く押し出した『飛翔』と違い、他の曲は相互理解や協調性、それに時には諦める、逃げることの大切さ――傷つきやすい心を守らなければならないと主張するものが多い。


 ダイアたちは、失った幼馴染のことを歌っているのかもしれない。

 彼女のような人を誰一人出したくない。そんな想いが歌の数々から伝わってくる。

 それは優しさであり、応援でもあり、そして悲鳴にも聞こえた。


『争ったりとか順位をつけたりとか、そういうので悲しむ人っていっぱいいるじゃん。手を繋いで横並びでゴールする、みたいなのがバカにされることもあるけどさ、私はそういうのも必要なんじゃないかと思うよ』

『私たちはアイドルやるためにアイドルやってるわけじゃないから』


 ダイアの言葉が頭をよぎる。

 彼女たちが学園都市で活動を始めたのは、そういうことなのだろうか。

 世界的に注目を集めるクオリア興業――最も人気の競技が繰り広げられているこの場所で、もしかしたらLIBERTYは何かを変えたいのかもしれない。


 最近のライブ映像ではリーダーのダイアがマイクの代わりにメガホンを使って歌っている。

 懸命な表情から、その歌は叫びや慟哭、訴えのようにも感じられる。


「知りたいな、みんなのこと。もっと」 


 SIGNを開けばいつでもLIBERTYのメンバーに連絡は取れる。

 だが、おいそれと聞いていい内容でもないだろう。

 もどかしさを覚えつつ、サクラが別のMVを再生した時だった。


「あれ、通知だ」


 スマホの画面上部にポップアップがぶら下がる。

 SNSに届いたDMの通知。

 相手は赤夜(あかしや)ネム――以前お世話になったプロキューズだ。

 内容は、『今から会えないか』という簡潔過ぎるもの。


 どうしたんだろう、という疑問と同時に胸騒ぎが去来する。

 何かあったのだろうか。サクラはすぐさまベッドから立ち上がり返信をする。

 

「いま、すぐ……いけ、ます、よ……と」


 送信すると少しの間を置いて既読がつく。

 すぐさま待ち合わせについての詳細が送られてきたので、サクラは身支度を始めた。

 ネムは親身になって訓練を見てくれた相手だ。それにリッカを助けるのにも協力してくれた――いや、彼女がいなければそもそも助ける手立てが無かった。

 

 彼女が求めるのなら断る理由は何一つない。

 サクラは制服に着替えて腕章をつけると自室を飛び出した。



 * * *



「『プロデューサー』の指示は?」


 学園都市にはレンタルルームが点在している。

 主に生徒向けで、集まって騒いだりパーティを開催する時などに使われるほか、部屋によっては宿泊も可能な代物だ。

 どこかで一夜を過ごしたいが、ホテルを借りるほどでもない、もしくはそこまでの金銭を持っていないという場合に重宝される。

 ”彼女ら”はそんなレンタルルームを転々として暮らしていた。

 学校の教室ほどの部屋の三方向にはドアがあり、それぞれ廊下・浴室・寝室へと繋がっている。

 そして少女たちは中央のテーブルを囲むようにして座っていた。 

 

「『夢』の発動が確認でき次第行動を開始しろ――とのことよ」 


「ほうほう。ついに始まるんだな、わくわくしてきたぞ」


 四人の少女たちは例外なく見目麗しい。

 しかしその表情はどこか固く、レンタルルームには緊張が漂っていた。

 

「だ、大丈夫、かな」


「心配いらないさ。それに、私たちはこの時のために学園都市に来た――いいや、このためにアイドルやってたんだから」


 耳の下から青いインナーカラーを覗かせる少女――ダイアは強く拳を握りしめる。

 その言葉にLIBERTYの面々が頷いた。


「どれほどの犠牲が出ようと絶対に目標を完遂する。覚悟はできてるか?」


「ええ」


 言葉は少なく、しかしヒストの瞳には固い意志の光が宿っていた。


「もちろんだぞ。お前こそビビッて逃げるなよ」


 挑発するような口調――しかしパラレロの瞳は笑っていない。


「うん、きっと成功させよう。たとえ命を落としてでも」


 エマの弱々しかった瞳には、すでに迷いは無くなっていた。

 仲間たちの決意を確認し、ダイアは笑みを浮かべる。


「よし、行けそうだな。それじゃあ……やるぞLIBERTY。私たちの使命(ライブ)を始めよう」


 四人はそれぞれ取り出した携帯端末を操作すると、その端末は膨張・変形し、彼女らへとまとわりついていく。

 形成されたのは近未来的なライダースーツのような代物。どちらかと言えばSFなどに出てくる細身のパワードスーツのような外見だ。


 そしてそれは――この学園都市に出没した、『アンノウン』と呼ばれる何者かが着用しているものと同じだった。



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