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148.アイドルみんな生きているんだ友だちなんだ


『かんぱーい!』 


 かつん、とプラスチック製のコップが五つぶつかる。

 ファミレスの一角を陣地とした面々は揃ってジュースに口をつけた。


「いやー、今日もいい感じだったな!」


 早くもテンション高く喜びをあらわにするダイアは普段の精緻とも表現できる顔立ちに少年のような笑顔を浮かべている。

 ダイアのそんな様子に、青髪ボブカットのクールな眼鏡っ子、ヒストがため息をついた。


「浮かれすぎ。あなた二曲目のサビ入りでステップが若干遅れてたし、その他にも――――」


「ヒストー、前から思ってたけど私のこと見過ぎじゃない? 大好きかぁ?」


「なっ……」


 ダイアのからかいに、神経質そうな顔を赤く染めてヒストは押し黙る。 

 基本だらしないダイアを叱るのが常だが、こういった弄りには不慣れだった。

 

「まーでもこのパラレロさんとしてはヒストの気持ちもわかっちゃうぜ。MCで噛みまくるわ台本飛ぶわでもう共感性羞恥で他人の振りしようかと思ったものだ」


 パラレロと名乗るショートカットの少女はひょうひょうと今日のリーダーの失敗を語る。

 がっくりと肩を落とすダイアはそれでもめげずに言い返す。


「おいやめろ。こういう時くらい忘れさせろ。今日はちょっと調子が悪かったんだよ」


「う、うん、ダイアちゃんいつも頑張ってるもんね……!」


 ぎゅっと両の手を握りしめてフォローする控えめな少女はエマ。

 追い詰められたところへの助け舟に、ダイアは大げさに瞳を潤ませる。 


「エマぁ、私の味方はお前だけだよ」


 そんな気の置けないやりとりが続く中――サクラは心の底から肩身の狭い想いをしていた。

 気まずい。今の状況を他人に説明しろと言われればこう答えるだろう。

 一般人inアイドル×4と。

 

(うう……場違い感がすごい) 


 サクラは特別他人とのかかわりを不得手とするタイプではない。

 むしろ積極的に関わりにいける性格だが、現状に限っては違う。

 彼女たち――『LIBERTY』は憧れのキリエとは別ベクトルで雲の上の人たちなのだ。

 別世界の住人と言ってもいい。

 そんな彼女たちのプライベートにひとり放り込まれればサクラでなくともこうなってしまう。

 間を持たせるためにちびちびとオレンジジュースで口を湿らせていると、対面のエマが「あの……」とこっそり声をかけてきた。


「えっと、サクラさん……ですよね? ダイアちゃんから話はよく聞いてました」


「は、はいそうです」


 慌てて背筋を伸ばすサクラに、エマはくすくすと笑う。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。なんだか無理に誘っちゃったみたいでごめんなさい」


「いえいえ、あたしの方こそ皆さんの中に割り込んじゃったみたいで……」


「気にしないでください。実はみんなダイアちゃんから聞いた話でサクラさんに興味を持ってたんです。もちろん私も」


 ふわりと微笑むエマ。

 その柔らかな雰囲気にハルと近いものを感じていると、隣のダイアがずいと身を乗り出してきた。


「おーいー二人で仲良くなるなよう」


「あっ、ごめんねダイアちゃん。サクラさんとお話しできたのが嬉しくて」


「まあこんな機会そうそう無いもんな。よく考えたらみんな初対面だし自己紹介でもしておくか」


 うんうん、と他の面々が頷く。


「じゃあ私から。LIBERTYでは主に広報を担当してるエマです。公式アカウントの投稿の文面も考えてるんですけど、いつも無難な感じになっちゃうのが最近の悩みです、えへへ」


「それがいいんだよ」


 どや顔でうんうん頷くダイアに隣のパラレロが突っ込む。


「いや何ヅラなんだお前。まあファンからの評判はわりといいがな――あ、私はパラレロだ。役割はだいたい営業。あと大豆が好きだ」


「大豆……?」


「こいつ、大豆系の食いもんばっか食うんだよ。醤油とか味噌とか納豆とか……その関係で和食以外受け付けない人みたいになってんの」


「なんだと?」


 からかうように笑うダイアの物言いに、パラレロは憤慨する。

 喧嘩になるかも、どうしよう、とサクラが若干不安になっていると、


「和食以外も食べるぞ。ハンバーグとかな」


『おまたせしましたのだ。注文された料理はこちらなのだ』


 ういーん、とドラム型の配膳ロボがタイミングよく到着する。

 側面から伸びたアームが料理が乗った皿をテーブルへと並べていく。

 パラレロの言った通り、彼女の前にはこんがりと焼き目のついたハンバーグが置かれた。


「豆腐ハンバーグじゃねーか! しかも和風ソースだし!」


「ふっ、抜かりはない。このソースもまた醤油ベース。イソフラボンのお導きというわけだ」


「だ、大豆好きなんですね」


「ああ、サクラもたくさん食べるといいぞ。なにせ身体にいいからな」


「あはは……」


 かなり変な人だ。

 ただ勧めてくれる理由から鑑みるに、良い人ではあるのだろう。

 喧嘩が始まりそうだと思ったのも勘違いで、仲が良いゆえのプロレスみたいなものだったのだ。


「じゃあ、次は私ね。私はヒスト。基本経理とかいろいろ……数字に関係する業務を担当してるわ」


「サクラ、気をつけろよ。ヒストは怒ったら怖いんだ」

  

「あなたが怒らせるようなことをしなければいいんじゃない?」


「ほらこういうとこ」


 煽るダイアに、ヒストと名乗ったクールな少女は辟易したようにため息をついた。


「ねえサクラさん、もしこの子に迷惑してたら私に言うのよ? きちんと始末してあげるから」


「こわっ! なんもしてないって、なあサクラ」


「あはは、そうですね。いろいろ話を聞いてもらったりしてむしろこっちがお世話になってるくらいですよ」


 何せ初対面からかなり重い話をしてしまったのだ。

 それ以外にも、サクラのキューズとしての活動を心配されたりと――どちらかと言えば迷惑をかけているのはサクラかもしれない。

 そんな経緯があるので素直に話したのだが、おお……とLIBERTYの面々からどよめきが上がる。


「サクラ、いい子だなあ……ダイアは感謝しとけよ」


「普段あんな感じなのにファンに対しては優しいのね。不潔だわ」


「言いすぎじゃないか? もしかしてお前ら私のこと嫌いか?」


 若干涙目になるダイア。

 それを見かねてエマが苦笑いをした。


「だ、ダイアちゃんはいつも優しいと思うなあ……」


「やっぱりエマしか勝たんな。……というか料理食べよう。冷める」 


 あなたが始めた話でしょう、と言いたげなヒストだったが料理に罪は無いと自分を納得させてサラダにフォークを向ける。

 他の少女たちも自分の頼んだ料理に舌鼓を打ち始めた。

 しばらく談笑を続けてサクラが馴染んできたころ、ダイアがこっそりと耳打ちしてきた。


「勘違いだったらごめん。もしかしてかなり疲れてる? 無理やり誘っちゃって悪いな」


 むぐ、と飲み込もうとしたボロネーゼがのどに詰まる。

 慌てて水で流し込んで、一呼吸いれた。


「そんなことないですよ。誘ってくれて嬉しいですし、楽しいです」


「んー……それはほんとっぽいけど、やっぱりちょっとしんどそうだよな」


「その子に隠し事は通用しないわよ。嘘はすぐ見抜かれちゃう」


 話が聞こえていたのか、ヒストがすました顔で割り込んだ。

 他の二人――パラレロとエマも同じく、いつの間にか心配そうにこちらの様子を窺っている。

 こうなってしまっては隠し通す方が難しいし逆に心配をかけてしまう。

 会ったばかりの自分の身を案じてくれるなんて、優しい人たちなんだなと温かい気持ちになりつつ今日のことをぽつぽつと話し始める。

 大怪我をして運ばれ、クオリアによる治癒を受けたのちにやっと帰れるようになったのだと。

 もちろん原因が不明であることなど言えるはずがないので、訓練によるものだと結局嘘を吐くことにはなってしまったのだが。

 

「マジか……悪い、ほんとに」


 心の底から申し訳なさそうに頭を下げるダイア。

 他のメンバーたちも口々に謝罪を示した。


「ねえ、怪我は大丈夫なの?」


 静まり返ってしまった空気の中、ヒストが躊躇いがちに訊ねてくる。

 失敗した。やはり誤魔化すべきだったかもしれない。

 それでもできるだけ心配させないように、サクラは努めて明るく答える。


「全然平気ですよ! ハルちゃ……友達のおかげで跡も残ってませんし、ただ体力を消耗しちゃったみたいで」


「大変だったな……ほら、豆腐ハンバーグ(二皿目)あげるから元気を出すんだ」


「ほ、包帯とか消毒液とか……あるよ!」 

 

「おぉう」


 よってたかって、という感じだった。

 その語感から想像される絵面とは逆に純粋な心配が集まってきているのを感じる。

 嬉しい反面、どうしてここまで自分の身を案じてくれるのだろうという疑問が浮かぶ。だがそれについて考える前に、ダイアの綺麗な顔が覗き込んできてどぎまぎしてしまった。


「なあ、サクラって最条学園の子なんだよな。やっぱり訓練きついのか?」


「普段はそこまででも無いですよ。今日はちょっとあたしがミスっちゃっただけで」


 笑顔で答えるサクラに、ダイアたちはその表情を暗くする。

 そう言えば前にダイアが話してくれた。彼女たちの昔の幼馴染は競技に打ち込んだ結果、深く傷ついてしまったと。

 おそらくはそのこととサクラを重ねてしまっているのだろう。


 その想像が当たっていたのかはわからない。

 だがエマはおずおずと、しかしまっすぐな瞳でサクラを見つめる。


「辛くなったりしない? もし限界だったら……ううん、限界になる前に。辞めちゃうっていうのもひとつの選択肢だよ」


「……そうですね」 


 辞める。

 何故かその言葉にずきりと胸が痛んだ。

 自分の手が及ばない何かがあったような感覚。

 だが。


「あたしは、自分で学園都市(ここ)に来ることを決めました。楽しいことばかりじゃないですし、辛いこともあります。でも、それ全部ひっくるめてあたしの道だと思ってて……だから、これでいいんです」


「そっか……」 


 納得したのか、ダイアは小さく頷いた。

 すると、勢いよくサクラの肩を組んでくる。


「わかった! でも辛かったら連絡して来いよな! 私たちがいつでも相談乗るからさ!」


「えええ、いいんですか? 皆さんアイドルなのに……」


「当たり前じゃん。私たちもう友達なんだから。な?」


 うんうん、と頷く面々。

 嬉しくて、胸が締め付けられた。

 

「わあ……ありがとうございます!」


「よし、じゃあそろそろ遅いし食い終わったらお開きにするか」


 おそらくサクラの身体を気遣っての発言に、一も二も無く頷くメンバーたち。

 何だかんだダイアはリーダーなのだと実感するとともに、全員が同じ想いを持って活動しているのだと分かった。

 

 打ち上げを終えてファミレスを出る。

 五人はアイドルの話やキューズの話、全然関係のないくだらない話に花を咲かせ――それは駅前で別れるまで続いた。

 自宅に戻ったサクラがベッドに身体を預けてSIGNの画面を開くと、LIBERTYのメンバーたちとのチャットルームが表示されている。

 ともだちというカテゴリ名の欄にそれらは加わっていた。


最近ブクマ100を達成できました!

いつもありがとうございます。これからも良ければお付き合いいただけるとうれしいです。

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