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147.アイドルアイドル一般人アイドルアイドル


「…………ぁ」


 目を開けると、そこは保健室だった。

 どうしてここにいるんだっけ、と靄のかかった頭をなんとか動かしていると、すぐ近くから息を吞む音が聞こえた。

 

「サクラちゃん……」


「ハルちゃん? どうしてここに」


 ベッドの脇に置かれたパイプ椅子に、ハルが座っていた。

 目に涙をいっぱいに溜めてこちらを見下ろしている。

 重い身体を何とか起こすと、全身に包帯が巻かれていることに気づいた。


「どうしてはこっちが聞きたいよ……! 『駅の近くで倒れてた』っていきなり搬送されてくるし、酷い大怪我だったし、わたしの力でも助けられるかどうかわからなくて……」


 ぽろぽろと流れる涙をせき止めるかのようにハルは顔を手で覆う。

 大怪我? 街中? 

 

(思い出せない……)


 自分はさっきまで何をしていたのだったか。

 訓練中にミズキと出会って……そこから先の記憶が無い。

 

 忘れている、ということ。そして大怪我をしたらしい事実。

 まさかポケットに関することかと思い至る。

 あの空間に引きずり込まれた者を助けられないと、その人物は存在ごと他人の記憶からも消えてしまう。

 だがこの記憶の欠落は妙だ。人物どころかそれ以外の記憶までもが無くなっている。

 何かがおかしい。だが、考えてもわかる気がしない。


「とにかく……ハルちゃんが治してくれたんですよね? ありがとうございます」


 笑顔でそう言ってみるも、ハルの表情は曇ったまま――いや、むしろそこには怒りが滲んでいた。

 普段の穏やかさはなりを潜め、あたかもサクラを責めるかのような目で見ている。


「ねえ、どうしてこんなひどい目にあったの?」


「それはあたしにもわからなくて……何にも覚えてないんです」


「そう。……また隠すんだね」 


「ちが、」


 弁解を遮るように立ち上がり、ハルは医療用のカーテンを開ける。

 振り返ったその視線には、不信と落胆が色濃く表れていた。


「サクラちゃんが酷い怪我をして倒れるたびに胸が張り裂けそうになるんだよ。それなのに心配もさせてくれないんだね」


 そう言ってハルは保健室を出て行った。

 覚えていないのは本当だ。

 しかしサクラはこれまでも無茶をしてシャレにならない負傷をしたり、その理由を話せないでいたことが何度かあった。

 錯羅回廊のことは口外が禁じられているとはいえ、どんな傷でもすぐに癒してくれるハルに甘えていた側面があったのは事実だ。


「頭がパンクしそうだよ……」


 はあ、とため息をつくと、カーテンの脇から養護教諭の新子が顔を出した。

 いつもの電子たばこを咥えて、なんだか神妙な顔をしている。


「……お前、今回はちょっと酷いぞ」


「ですよね……あたしがハルちゃんの気持ちを考えられてなくて……」


「いやそっちじゃなくて怪我の方。全身酷い火傷のうえ右腕の骨折に背中の深い裂傷……それ以外にも細かいのを挙げたらキリがないが、オマエ柚見坂がいなかったら漫画のキャラみたいに全身傷跡だらけになってるぞ」


 というかその前に死んでるが、と付け加える。

 聞いてるだけでも恐ろしい負傷だ。

 だがそれよりもサクラの頭はハルのことでいっぱいだった。


「先生、あたしハルちゃんに嫌われちゃいましたか」


「私に聞くな」


「うう……」


「おい泣くな! くそ、知るかよ……こっから誠意を見せれば何とかなるんじゃないのか。あまり無茶しないで心配もかけないようにしとけ」


「すびばせん……」


 ぐす、と洟をすすると新子がティッシュを渡して来たので涙と鼻水を拭う。

 嫌われたくない。何をしてでも。

 ハルに見捨てられたら、本当にどう生きていけばいいのかわからない。

 新子の言う通り、もう少し自分を大切にしてみようと心に決めるのだった。



 * * *



 しばらく安静にして、学園をあとにできたのは夜のことだった。

 疲れは残っているものの、身体はいたって正常だ。

 やはりハルのクオリアはすごい。それはもう引っ張りだこになって当然で――――


「はあ……」


 普段より1オクターブ低いため息が出る。

 ハルを怒らせてしまったというその事実が巨大な重石となって肩に圧し掛かっているのを感じる。

 いや、怒らせたというよりは悲しませてしまったというのが正しい。少なからず失望もさせただろう。


 思えば何度もお世話になるたびに深い傷を負ったところを見せているのだ。

 ハルにとって気が気でないのは当然であり、そこへ考えが至らなかったのは完全にサクラの非だ。

 治癒の力をあって当然のものだと捉えていなかったかと問われれば、きっと嘘になる。

 加えて今回は負傷の理由も自覚できておらず、そこもモヤモヤの元になっていた。


「サクラ!」


「え?」 


 帰路へ続く歩道橋をとぼとぼ歩いていると掛けられた声に振り向く。するとキャスケット帽に大きなサングラスをしたラフな格好の少女がこちらへ走って来ていた。

 誰だろう、と一瞬考えてすぐに気づく。


「ダイアちゃん!」


「覚えててくれたんだ。一週間ぶり? くらいか」


 慣れた動作でサングラスを外すと、切れ長の目が覗く。

 ダイア。”外”からやって来たアイドルグループ『LIBERTY』のリーダーで、今は学園都市で活動しているらしい。

 野外屋内関係なく色々な場所でライブをしており、この学園都市でも非常に高い人気を誇る。


「今日もライブだったんですよね?」


「ああ、そうだよ。もしかして見てくれてた? でも客席にはいなかった気がするなぁ」


「いえ、皆さんの歌が遠くから聞こえて――――」


 あれ。

 今日、いつどこで聞いたんだっけ。


 確かに聞いたという確信があるのに、その源流がどこなのかがわからない。

 頼りない記憶の糸を何とか手繰り寄せようとしていると、


「そうだ、今ライブの打ち上げに行こうとしてたんだよ。みんなも一緒だ」


「そ、そうなんですか?」


「おーいダイアー。いきなり走るなよ子どもかー?」 


 間延びした声が近づいてくる。

 歩道橋の階段を上って現れたのは三人の少女。

 全員帽子やマスク、サングラスなど思い思いの装飾で面相を誤魔化しているが、この流れだと鈍いサクラにもわかる。

 LIBERTYの残りのメンバーだ。外見はそれぞれ違った個性を持つものの、みな一様に顔が小さく足が長い。


「寄り道してると予約の時間に遅れるわよ。そうでなくてもあなたは普段からそうやって遅刻して……」


「ま、まあまあヒストちゃん。えっと、もしかしてあなたがダイアちゃんの言ってた……?」


 控えめな少女がおずおずと訊ねてくる。

 まだファンになったばかりだが、好きなアイドルがこうして目の前にいるとさすがに浮足立ってしまう。


「あ、天澄サクラです! えーっと、あたしはダイアちゃんの……」


 答えあぐねていると勢いよくダイアが肩を組んでくる。


「友達! だよな!」


 人好きのする笑みを浮かべるダイアに、自然と頬がほころぶ。

 友だちだと言ってくれることが無性にうれしかった。


「ダイアはまーたファンに手を出してるのか。いつかバレて炎上するんじゃないか?」


「炎上で済んだらいいけどね。刃傷沙汰とかに巻き込まないでね」


「ダイアちゃん……生きて帰って来てね……」


「えっ……ダイアちゃん、そんなことしてるんですか」


「してねーーーーよ! サクラが信じちゃうから適当なこと言うなってお前ら!」


 絶叫に近い抗議に笑いが上がる。

 この四人がこうしてプライベートでやりとりしているのを見るのは初めてだが、本当に仲がいいのだろう。

 そんな様子を微笑ましく見守っていると、


「そうだ、サクラは晩飯まだか? 打ち上げ一緒に来いよ!」


「えっ、あたしですか? でもみなさんの邪魔になっちゃうんじゃ……」


「んなことないって、友達と飯食うくらい普通だろ。なあ?」


 うんうん、と他の三人も同意を示す。

 いいのだろうか。今を時めく超人気アイドルとしてはラフすぎないだろうか。

 そんな懸念をよそに、ダイアはヒストに確認を取る。


「別に予約一人くらい増えても大丈夫だよな?」 


「今連絡してみるわ」


 そう言うや否やクール系そのものな外見と振る舞いのヒストはすぐさまスマホを取り出し店舗へと電話をかける。

 ショートカットの活発そうなパラレロも、大人しそうなエマも、この話の流れが当然かのようににこやかに見守っている。

 サクラがあわあわしていると電話はすぐに終わり、ヒストが指で○を作った。


「行けるそうよ。時間がもったいないからすぐに向かいましょう」


「おーっし、れっつごー!」


 おー、と手を挙げるLIBERTYの面々。

 ついていけないのはサクラだけだった。


「……え、本気ですか!?」


 さくさく歩いていく四人の背中を慌てて追う。

 今日はいろいろある日だなあ――と、困惑してしまうのだった。


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