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146.Fatal

 

 サクラが構えた瞬間、バクのモンスターもまた行動に移る。

 バクは身じろぎひとつしないまま、その長い鼻からバスケットボールほどのサイズの泡を大量に放出し始めた。


「泡……?」 

 

 ポケットの主の能力は、その発生源となったクオリア使いの能力を反映する。

 水のクオリアを持つミズキなら水で攻撃してくるモンスター。

 消滅のクオリアを持つエリならこちらのクオリアを無効化してくるモンスター、と言った具合に。


 そしてこのポケットの発生源のうちの一人は鞭のクオリアを持つハイジだ。

 だがあのバクの姿も泡も、鞭とは関連性が見られない。

 どこまでもイレギュラー。やはり異常事態が起きているのだとサクラは認識を固める。


「ってそんなこと考えてたら泡がすごいいっぱい!」


 すでに無数の泡が空中のそこかしこに浮かび、空間を支配していた。

 泡にはそれぞれ赤・青・緑の色がついており、どういった違いがあるのかはわからない。

 だがどちらにしてもこのまま泡を吐き出させ続けるとこちらに不都合なのは間違いないだろう。


「一気に蹴散らしてとにかく近づかなきゃ! 雷の矢!」


 浮遊するバクへ向けて指先に集めたありったけの雷を放つ。

 だがその直前、周囲の泡が一斉に姿を消した。


「えっ……」


 驚くも、一度放った雷は止まらない。

 一直線にバクへと向かい――炸裂した。

 しかしバクは完全に無傷だ。


(当たったのに効いてない……? ううん、当たる直前で何かに遮られたみたいな)

 

 バクは今も鼻から泡を吐き出しているが、それは吐かれた端から消えていく。

 謎だらけだ。とにかく相手の能力を確かめるために何度か同じ攻撃を繰り返してみようと雷の矢を構えた瞬間、突如として出現した赤い泡が右腕に触れていた。


「え、」

 

 驚く間もなく泡は閃光を放ち――大爆発を起こした。


「うあああああっ!」 


 吹っ飛ばされ、雲の上を転がる。

 爆破された右腕が焼け付くような激痛を訴えている。

 着ていたジャージの袖が焦げ付き穴が開いており、そこから覗くサクラの肌が赤く爛れていた。

 このジャージは学園都市の特別製で、見た目からは想像できないほどの耐久力と環境適応能力を持っている。

 それがここまでボロボロにされるなど、試合でもそうそうないことだ。

 いや、それよりも。


(アーマーのダメージ緩和が働いてない……っ!?)


 クオリア使いが着用する『リミッター』という腕時計型の器具が発生させるアーマーは、受けるダメージが大きいほどにその減衰率が大きくなる。その機能によって物理法則を超越する異能のぶつけ合いがスポーツとして成り立っているのだ。 

 だが、今の攻撃に対してはダメージ緩和が働いていない。

 バクの泡にアーマーを貫通する能力があるのかと考えたが、よく見ると体表に浮かび上がるアーマーが切れかけの蛍光灯のようにその存在を不確かなものにしていた。


 わからないことが多すぎる。

 だが、新たに判明した事実もある。さっき消えた泡は消滅したわけではなく、透明化しただけだったのだ。

 サクラに触れたことで可視化され、爆発した。

 だがそれがわかったところで泡はどれだけ目を凝らしてもかすかにすら見えないし、動きに音も伴わない。


「考えろー、考えろーあたしー……」


 じりじりと後ろに下がる。

 泡がバクから発生している以上、こうして距離を取れば被弾の確率は減る。

 だがこの雲の舞台は大して広くは無いし、足を踏み外せばどこまでも真っ逆さまだ。磁力を上手く使えば落ちても戻って来られるかもしれないが、失敗した時のリスクを考えると「落ちても大丈夫」とは考えられない。


 とにかくあたりに広がった見えない泡をどうにかする必要がある。

 消す、それかせめて見えるようにする。そうでなければ戦いにならない。

 

「雷の矢!」


 雲のふちギリギリに立ったサクラの周囲から五条の矢が発射される。

 激しく雷を迸らせる矢は高速で直進し――雷光によってその周囲だけ泡を浮かび上がらせた。

 そのまま進行方向に浮かぶ泡をことごとく貫いていく。しかしやはりバクの目前で何かに防がれてしまった。


「見えた!」


 雷光で泡は可視化される。

 さきほど泡が見えた時は、指先から矢を発射しようとしている時だった。

 触れた時にしか見えない、なんて仕組みだったらどうしようかと思ったもののこれならどうにかなりそうだ。


「でも、ここからじゃ攻撃が通じない……」


 バクを守っている『何か』は矢を完全にシャットアウトするほどの強度だ。

 この距離だと矢の威力は減衰してしまうし、やはり近づかなければ攻撃を通すことは難しい。

 ならば、とサクラは全身に電流を通す。身体能力を強化する纏雷……今回は意図的に出力を上げ、全身を発光させる。

 これによって泡に近づくだけで見えるようになるはずだ。


「やあっ!」


 雲を蹴って一息に駆け出す。

 同時に右手の五指から雷爪を展開。目の前を塞ぐ泡を切り崩しながら突き進む。

 身を翻して目の前に現れた泡を紙一重で回避し、さらに覆いかぶさるようにして落ちてくる泡の群れをまとめて切り払う。

 

 いける。

 泡を攻撃すれば爆発してしまうのではと言う懸念があったが、直接触れなければ問題なさそうだ。

 そう考え、さらに一歩踏み出そうとした瞬間。目の前に広がる泡の膜の向こうで、バクがその目をかっと開いたのが見えた。


「…………っ!」


 ぞわ、と悪寒が走る。  

 同時にバクの瞳が光る。

 すると、


「泡が……!?」


 サクラの周囲から離れた場所の泡が一斉にその姿を現す。視界が360度ほぼ遮られるほどの密度だ。

 いつのまにこれほどの数を……と戦慄するのもつかの間、つむじ風が巻き起こるほどの勢いで泡がひとりで動く。

 まるで意志を持っているかのように舞い上がり、拡散し、サクラの周囲へと再配置される。

 一瞬の静寂。直後、全方位から泡が襲い掛かって来た。

 上下前後左右、全てが塞がれている。それらが一斉に向かってきている状況――どうするべきか。


「一点突破しかない!」


 サクラは前方に雷を収束させて一気に発射。

 さらにそれを追うようにして駆け出す。

 渾身の雷の矢は迫りくる泡の壁の一部に風穴を開け、サクラはすかさずそこから飛び出した。

 目の前には低空でふわふわと浮かぶバク。


「矢だけじゃ通じないなら! 全部束ねていっぺんにぶつける!」 


 飛びあがり、雷爪を解除したサクラは雷の矢を連射する。その数は十発。

 矢はすぐにUターンすると、サクラの右腕へと収束する。

 過度なエネルギーと先ほどのダメージで激痛が走るが、無視して拳を握る。


「雷拳・十条!」 


 拳がバクの眼前、空中で何かに遮られる。

 拡散するまばゆい光でそれが何かやっと目視できた。

 泡だ。黄色い小粒の泡が連なり強固なバリアを形成している。

 ぶつかり合っている間にも強烈な反発力を感じる。分厚いゴムの塊を殴っているような手応えだ。

 

「これくらいなら……貫ける!」

 

 右腕に装填した矢を一気に開放する。

 螺旋状に放たれた矢はまるでドリルのように泡を貫き、そのままサクラの拳ごとバクへと突き刺さった――だが。


<ねむい>


「……え?」 


 渾身の一撃が直撃したバクの顔面は焼け焦げている。

 ダメージは通っている――だが、それだけだった。

 まるで寝ているところを起こされた程度に苛立った挙動と声。

 だが、言語を発したことにサクラが驚く前に。


<あくびがでる>


 とっさに振り向けば、そこには無数の泡が目前まで迫っている。

 反射的に発動した雷爪で薙ぎ払うも、焼け石に水だ。

 減らした数の何倍もの泡が迫る。


「くっ!」


 バクの身体を蹴って飛ぶ。

 かすかな泡の隙間を縫って、泡が少ない場所へと逃げ込もうとする。

 だがその時、再びバクの瞳が閃くと、サクラの背後から迫った青色の泡が右腕に触れた。


「しま……っ」


 ゴギ、という人体から鳴ってはいけない音が響いた。

 まるで大ぶりの金づちを思い切り振り下ろされたかのような激痛。 

 間違いなく骨が折れた。

 

「あああああああああっ!」 


 あまりの痛みに絶叫する。

 だが敵の攻撃は治まらない。何とか逃れようとするサクラだったが、確実に動きは鈍り、その背中に緑色の泡が忍び寄った。 

 ざく、と背中が切り裂かれ、少なくない血潮が噴き出した。

 激痛の中とっさに振り返り今しがた攻撃を加えてきた泡を、消える前に確認する。


(赤は爆発、青は打撃、緑は斬撃! それに……!) 

 

 一発一発の威力が高すぎる。

 ダメージによって纏雷が解除され、ふらふらと膝をつくサクラ。

 そこにさらなる泡が降り注ぐ。


「あ――――」


 豪雨のように降りてくる泡の群れは全て赤。

 もう回避は出来ない。なすすべもなく泡がなだれこみ――極大の爆発を巻き起こした。 


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