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143.日常の欠落


 振り返るとあっという間の夏休みが過ぎ去ると、新学期が顔を出す。

 長期休暇でも学園に訓練をしに来る生徒は大勢いるので制服を着ることに懐かしさを覚えることは無いが、講堂で教頭の長い話を聞いていると、ああ始まったんだなという意識が強くなる。


「――――二学期は学内戦も始まります。皆さんにはより一層の――――」


 生徒会役員であるサクラは他の役員と共に壇上の隅に立っている。

 思わず出そうになったあくびを何とか噛み殺し、右隣のアリスを挟んで背筋をピンと伸ばしているココの察した視線から逃げるように目を逸らす。


 眠い。

 昨日は深夜までレポートの仕上げを続けて睡眠時間がろくに取れなかった。

 ともあれ無事に終わったので、最初に手伝って地固めをしてくれたハルには感謝の限りである。

  

(そうだ、この後発表もあるんだった…………) 


 不慣れなこと続きで気が滅入る。

 早く身体を動かしたいなあと、若干贅沢な願望を抱いていると――ほんの少しの違和感を覚える。


(……? なんだろ、雰囲気がちょっと変? かも?)


 連続した疑問符は、自分の感覚に自信が持てないゆえのこと。

 夏休みが終わり、こうして生徒たちが一堂に集う場所に来たことで感じたのは、空気の違いだ。

 

 最条学園は実力主義なこともあり、パッと見は明るい校風だがその根幹には強い競争意識が流れている。

 強くなりたい。周りを出し抜きたい。あのライバルに勝ちたい。そんな想いが充満し、うっすらとした緊張感のようなものが漂っているのだ。

 

 だが今日はどこか弛緩した空気が流れているような気がする。 

 言葉にできない些細な違和感――しかし今日は夏休みが終わったばかり。

 自分もそうだが、夏休みが始まる前と同じようには振る舞えないだろうとサクラは結論付けた。



 * * *



「終わったぁ~~!」


 担任の総谷が教室をあとにするとクラスメイト達が喧騒を生み、サクラはその中で机に上半身をぐったりと預ける。

 提出も発表も無事済んだ。多大な精神力を犠牲にして。


「お疲れサクラちゃん。頑張ったねえ」


 よしよし、と頭を撫でる優しい手つきに身を委ねると頬が緩む。

 夏真っ盛りだが、その温かさは離れがたいものがあった。


「先生が『八月中旬に空白が目立ちますが何をして過ごしていたのですか?』って質問してきた時は胃がきゅーってなりましたよぉ……」

 

 あの時期のサクラは生徒会として通り魔事件への対処に当たっていた。

 通り魔――アンノウンと呼称された彼女は異空間・錯羅回廊に出入りする。錯羅回廊のことは口外が禁じられているのでレポートに書けなかったのだ。

 そういうわけで正直に『生徒会の業務で……』と口にすると、察したのか引き下がってくれて胸をなでおろした。

 

「ハルちゃんはやっぱり治癒で駆けまわってたんですね」


「うん、学園で保健委員やるだけじゃなくていろんな大会の救護班に呼ばれたりしたよ」


 大会で救護を務めているのは概ね資格を取得したクオリア使いがほとんどだ。

 まだ学生の身で呼ばれているハルはそれだけ期待されている人材なのだろう。

 

「ハルちゃんはすごいですね。あたしも学内戦に向けて頑張らないと!」


 ぎゅっと拳を作って意気込んだ瞬間、サクラの闘志を遮るようにぐうと腹が鳴る。

 サクラは意気消沈と言った様子で机に突っ伏した。すでに時刻は12時を回り、昼時である。


「うんうん、元気でいいね~。でもその前にお昼食べないとね」


 のんびり笑うハルに、サクラは小さく頷いたのだった。



 * * *



 その日の午後。

 訓練場の一角で、サクラは以前ネムから贈られた電球あみだくじを握りしめていた。

 先端から電線の束が伸びるグリップを握り、電気を流すことで狙った色の電球を点灯させるトレーニング器具だ。

 出力を上げ過ぎると失敗するし、目当てのルートの電流を通さないとやはり失敗する。

 サクラに必要な精細なクオリアコントロールを鍛えるのは最適とも言える品だった。


「む、難し……」


 だが思っていた以上に難度が高い。

 中断されないように弱めたままクオリアを扱うのがこれほどに困難だとは思わなかった。

 サクラの戦闘における纏雷も磁力も、出力それ自体は要求されない。だがそれゆえに雑に扱うとすぐにガス欠してしまうし、コントロールも乱れてしまう。

 これからサクラがさらに強くなっていくのには避けて通れない訓練だった。


「お、なんかおもしろそー」


「ミズキちゃん」


 涼やかな声に振り向くと、ジャージ姿の青葉ミズキが見下ろしていた。

 中性的な美貌を持ち周囲からの人気は高いが、だらしない面がある少女だ。

 しかしその実は人一倍努力家で、サクラはミズキのそんなところを尊敬している。

 ……朝晩に訓練を重ねすぎて授業中はよく机に突っ伏しているが。


 ミズキはサクラの持つあみだくじを見てふんふんと何やら思案し、得心がいったように頷いた。


「頑張ってるな若人よ」


「同い年じゃないですか」


「まあねー。それにしても二学期初日から訓練とは感心感心」


「ミズキちゃんもですよね?」


「うん。学内戦も近いしね。すぐに追いつくぜ」


 ばきゅーん、と銃を撃つ真似。

 ミズキは前回の学内戦でサクラと昇格試験の参加資格を争った相手だ。

 あの時はサクラが何とか勝ちをもぎ取ったものの、今ぶつかればどうなるかわからない。


「あたしも頑張ります!」


「うんうん。今はそれでクオリアのコントロールを鍛えてるって感じ?」


「わかるんですか?」


「いや適当に言ったら当たった。びっくり」


 がくりと肩を落としそうになる。

 普段から発言が雑なのでどこまで本音かわからない。

 だがその内側に確かな闘志を隠し持っていることを、サクラはよく知っている。


「ちなみに私はそういうのけっこー得意。ほれ」


 ミズキは人差し指を立てるとその先から細い水流が噴き出し、瞬く間に蜘蛛の巣のような図形を作り出した。

 早く正確で細やかなコントロール。サクラにはできないことだ。


「す、すごい……! どうやったんですか?」


「うーん、これに関しては最初からわりと出来たからなあ。逆にサクラみたいにめちゃすごパワーを一気に出すのはちょっと苦手」


「なるほど……」


 結局は地道にやっていくしかなさそうだ。

 とにかく反復し、身体に反射を馴染ませる。

 そうすれば実戦でも活用できる技術になっていくはずだ。


「とりあえず頑張ってみます!」


「おー。いいね」

 

 意気込んで再び訓練に戻ろうとすると、また違和感がよぎる。

 訓練場は普段多くの生徒で賑わうのが日常だ。

 彼女らはそれぞれの訓練に打ち込んでおり、その中でも模擬戦を行う者が多い。

 その関係でかなり騒がしいことが多いのだが――今日はいつもより数段静かだ。 

 よくあたりを見回してみれば、そもそも人数が少なくなっているのに気づく。


「ミズキちゃんミズキちゃん。今日はなんだか人がまばらですね」


 その場から去ろうとしていたミズキを呼び止めて訊ねる。

 この時サクラは『始業式の日から訓練に励む子は少ないから……』という返答を予想していた。

 しかしその想像に反し、ミズキは珍しくその表情をわずかに曇らせた。


「あー……うん。まあ、そうだね」 

 

「どうしたんですか? もしかして……何かあったとか」


「んん……まあサクラならいいか。ねえ、今日うちのクラスに休んでる子が何人かいたよね」


「はい、韮蜂さんと杉原さんと女渕さんですよね。レポート発表の際、気になったんですけど先生が何も言わないので事情があるのかなと……」


 三人とも、アンジュの取り巻きをしていた子だ。

 あれからよく三人そろって訓練に励んでいる姿を見かけていた。


「そうそう、たぶんその子たち」 


 反応的に名前までは覚えていなかったようだが、ミズキは得心したように頷いた。

 そして、


「私もちょーっと気になって担任(アケミちゃん)に聞いたんだけど」


 ミズキはあまり他人に頓着しない。

 だからその質問をしたのは、ただ単に言葉通り”ちょっと気になった”程度のことだったのだろう。

 担任の総谷と幼馴染であるミズキだからこその距離感だ。

 

 しかしそんな無頓着なミズキが悲しげに俯くくらいには、ショックを受けたのかもしれない。

 彼女がこれから話す事情に。


「あの子たち――――学園を辞めたらしいんだよね」


「…………え?」


 それが訓練場の過疎とどう関わってくるのかはわからない。

 だがとにかく、その事実はサクラが呆然とするほどにショックを与えた。


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