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141.終夏の兆し


 溶けるような真夏の朝、サクラは学園を訪れていた。

 暑い。夏休みも終わりが近いというのに歩いているだけで汗が噴き出してくる。

  

「おはようございまーす……」


 生徒会室の扉を開くとクーラーの効いたひんやりとした空気に迎えられた。

 部屋には副会長のココ、会計のカナ、書記のアリスがいる。

 彼女らは後輩の到来に、作業に取り掛かっていたPCから顔を上げた。


「おー、サクラおはよー。めっちゃ暑そう」


「朝からぐったりじゃない。しゃきっとしな、しゃきっと」


「ふぁい……」


 アリスとカナの対照的な出迎えに弱々しい声を投げ返す。

 自分の席についてノートパソコンを立ち上げていると、ココが控えめに視線を投げてくる。

 今日も変わらずクールだが、心配してくれているのだろうということがサクラにもわかってきた。


「合宿終わったばかりでしょう。疲れてないの?」


「あはは、ありがとうございます。大丈夫です」


 半分空元気の返答。

 そこで”合宿”というワードにアリスが身を乗り出す。


「そう言えば合同合宿行ってたんだっけ。どうだったの?」


「いろいろありましたけど、いい経験になりましたよ」


「良かったじゃん。私も去年行ったよ。ココ先輩もですよね?」


「ええ」

 

 頷くココ。 

 さすがに実力者ぞろいの生徒会メンバー、実力者が集められる合宿へは当然のように呼ばれていたらしい。

 だが気になるのはキリエやカナの名前が出ていないことだった。

 不思議そうなサクラの視線に気づいたのか、カナは不服そうに唇を尖らせる。


「悔しいけどカナちゃんは呼ばれてないわ。去年の冬くらいまであんまり結果出せてなくてね」


「キリエもそうね。あの子が頭角を現したのは一年の秋だったから」


「そうなんですか……。キリエさんのことは聞いてたんですけど、皆さんは何となく最初からすごく強いイメージでした」

 

 生徒会の面々は、最条学園どころか学園都市でもトップクラスの実力者ばかりだ。

 サクラはクオリアに関する経験も知識もゼロの状態で知り合ったので、彼女らにも自分と同じように未熟な頃があるということにいまいちピンと来なかった。

 親の幼少期をイメージしづらいのと似たような感覚だ。


「ていうか天澄も律儀よね。別に登校義務ないし、最近は相談窓口の仕事も少ないでしょうに」


「少しでも困ってる人がいるなら助けたいので!」


「サクラはお節介だねえ」


 皮肉っぽい物言いだが、そんなことを言いつつアリスの口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 他ならぬアリスもサクラに助けられたひとりで、なんだかんだサクラのそういうところを気に入っていた。


 サクラは立ち上げたPCで生徒会のメールボックスを確認する。

 生徒会室の表においてある目安箱だけでなく、メールにも投書はくる――というか生徒会室まで足を運ぶハードルの問題で、メールの方が断然多い。

 今日はどんな投書が来ているのかな、と考えていると……


「あれ、無い」


「え? どれどれ」


 アリスが近寄って脇からサクラの前のディスプレイを覗く。

 目安箱の役割を果たしている専用のメールアドレスには、一切の投稿が無かった。


「珍しいね。一通も無いなんて」


「そうですね……悩んでる人がいないのは良いことかもしれませんけど」


 生徒会への投書はさまざまで、例えば食堂のメニュー追加要望から派閥争いの調停、もしくは仲裁や、滅多にないがいじめの被害など多岐にわたる。

 大小さまざまではあるがそれぞれ真剣なものが多く、いたずら目的のものは無い。

 これは生徒会長であり最強のキューズであるキリエにそんな投書を見られたくない、見せたくないと考える生徒が多いからだ。

 誰も憧れの存在にがっかりされたくは無い。おそらくは投書に署名が必須であることが大きいだろう。


「悩みって言えば、最近ネム選手の夢占いが人気って聞いたわ」


「ネムさんの……ですか? 占いと悩みにどういう関係があるんですか?」


 ネム――赤夜(あかしや)ネムと言えば、先日の合宿でサクラに指導をし、その上リッカの病気を治すことに尽力してくれたプロキューズだ。

 そんな彼女の名前と、カナの言う”夢占い”がいまいち結びつかなかった。


「悩みを持ったキューズをSNSで募集して、ひとりひとり話を聞いては夢のクオリアの力で解決してるって聞いたわ。あまり詳しくないからどういう手段を取ってるのかは知らないけど」

 

「ネムさん、そんなことしてたんですね……」


「サクラってあの人と知り合いなの?」


 サクラの口ぶりが気になったのか、アリスが身を乗り出してくる。

 二人の関係が気になるようだ。


「ええ、合宿で色々と助けてもらったんです。すっごく親身に指導してくれて」 


「ふうーん……銀鏡も戦い方とか訓練の仕方とか教えたりできるんだけどなー……」


「えっ、本当ですか! じゃあお暇なときにでもよろしくお願いします!」 


「お、おお」 


 若干めんどくさい絡み方をしたものの、存外サクラが乗り気なので逆にたじろぐアリス。

 そんな様子を見て、カナは必死に笑いをこらえていた。


「っふ……アリス素直じゃなさすぎ」


「う、うるさいな」


 そんなふうに何でもない話を交わしつつ、作業は進んでいく。

 ただ、ひとり。


「……夢占い、ね」


 ココだけが、何かに引っ掛かりを覚えていた。



 * * *



 その日寮に帰ると集合ポストの自分のボックスに何やら小型のダンボール箱が詰められていた。

 

「……? 宅配なんて頼んでたかな」


 取り出してみるとかなり軽い。

 差出人の欄には今日話題に上がったばかりの『赤夜ネム』の名が記載されていた。

 不思議に思いつつも部屋に持ち帰り、開ける前に持ち上げたり軽く振ったりしてみる。


「うん、開けてみないと意味ないや!」


 まごついていても始まらない。

 とりあえず中を確認してみようとテープ包装を雑に剥がして開けてみると、そこには緩衝材にくるまれている配線のようなものが入っていた。


「な、なんだろこれ」


 取り出してみてもよくわからない。

 中指ほどの小さなグリップから太い電線が伸びている。

 電線は途中で複数の細い電線に枝分かれし、複雑に絡み合い、それぞれの先端には色分けされた豆電球が取り付けられていた。

 何となく、複雑なあみだくじのように見えた。


「んんん??」


 フローリングに置いた電球あみだくじを前に、胡坐をかいて首をひねる。

 あまりにも謎過ぎる器具だ。あまりにも用途が思いつかないし、強いて言うなら小学校の理科の実験で使うくらいだろうか。

 そもそも下手に触っていいものかもわからない。

 まさか送り先を間違っているんじゃあ……という懸念が浮かんできたところでポケットのスマホが通知を知らせた。

 なんだろう、と不思議に思い確認してみるとSNSに届いたDMだった。

 送り主のアカウント名は――――


「ネムさんだ!」


 内容を確認すると、『こんばんは。調子はどうでしょうか。合宿の疲れなどは――――』という普段の振る舞いに似合わない丁寧なあいさつから始まった。

 文面の上だとキャラが変わるタイプなのだろうか。

 プロとして活動する以上、こうした礼儀正しさは必須なのかもしれないが。

 ともあれ、内容を要約すると、送った荷物が届いているかの確認と、内容物……あみだくじの説明だった。


『合宿で訓練を見せていただいたところ、天澄さんが伸ばすべきは精細なクオリアコントロールなのではないかと考えました』

『その訓練に役立つのが今手元にあると思われる電球あみだくじです』


「ほんとに電球あみだくじなんだ」


 そのままのネーミングだ。

 説明を読み進めてみると、この訓練器具はグリップを握って電流を流し、狙った色の豆電球を点灯させるというものらしい。

 電流・電圧を強め過ぎると絶縁処理が起きて失敗になるので、出力を調整しつつ狙ったルートに電流を通すという繊細な操作が必要になるわけだ。


『これから大変なこともあるでしょうが、あなたの努力が報われることを祈っています』

『何か困ったことがあればいつでも相談してください』


 DMの内容はそう締めくくられていた。

 気になってネムのアカウントに飛んでみると、プロフィール欄には例の夢占いのことが記載されていた。

 SNSなどで少し調べてみただけでも、ネムに相談して悩みが解決したキューズは大勢いるらしい。本当に時間問わず相談を受け付けているようだ。

 それはおそらく、夢のクオリアという寝ながらでも活動できる能力によるものでもあるのだろうが、それだけではこんなことはできないだろう。


「ネムさんってすごくいい人なんだ……!」


 合宿で助けてくれたことも含め、彼女は何の見返りも求めていない。

 その能力で多くの人を助ける――もしかすると、サクラが目指すべき姿なのかもしれなかった。 

  

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