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14.ほしゅーじゅぎょー


 生徒会加入についての返答には、ある程度猶予を貰っている。寛大なことに。

 それだけ重要な決断だし、しっかり考えてほしいとのことだった。

 副会長の黄泉川ココにあれだけ念押しされたというのも理由のひとつではある。


 しかしそれはギリギリまで引き伸ばしていい理由にはならない。

 だから早く結論を出すべきなのだが……。


「つまりクオリアの属性は喜怒哀楽の四つに分けられるわけです。そこからさらに二つに分けられるのですが……天澄さん」


「…………は、はい!」


 自分が呼ばれていることに気づいたサクラが慌てて顔を上げると、担任教師の総谷アケミが少し呆れたように指示棒で黒板――を模したスクリーンの板書を指している。


 補習である。

 サクラの名誉のために補足しておくと、テストで赤点を取ったなどが理由ではない。

 この学園都市にはクオリアの仕組みや成り立ちを学ぶクオリア学という科目があり、高校からこの学園都市に来たサクラは本来小学校や中学校で学ぶ内容が抜けている。

 その補填のために実施されたのが、この特別補習である。

 ……そんな名目ではあるが、参加者はもうひとりいたりする。


「聞いていますか? クオリアの四属性はどう二つに分けられるでしょう」


「わかりませんっ!」


「うーん元気のいいお返事ありがとう、でも補習には集中してくださいね……それでは青葉さん」


 ふわい、と欠伸混じりに答えたのは青みがかった短髪に中性的な顔立ちが特徴的なクラスメイト、青葉ミズキだ。

 彼女は眠そうな目をしばたたかせると、薄い唇を開く。


「ふあ……プラス感情の喜・楽とマイナス感情の怒・哀……?」


「はい、その通り。ここで勘違いしてほしくないのは、プラスマイナスと名付けられていても、そこに優劣や正誤は無いということです。それぞれとても大切な感情だということをまず理解してくださいね。ちなみにプラスの喜・楽はコントロールしやすく、反対にマイナスの怒・哀は制御しづらい代わりに最大出力がプラスに比べ高いという特徴があります」


 サクラはノートに書き込みつつ横の席に目を向けると、ミズキはこれ以上ないくらい退屈そうにしていた。

 ミズキはサクラと違って前から学園都市にいるはずなのに、どうして補習を受けているのかと思ったが、授業中の居眠りを見とがめられたからだそうだ。


 最近ミズキと接する中でわかってきたが、彼女が寝てばかりいるのは早朝も放課後も長時間訓練に当てているせいではないだろうか。

 単純な話、疲労と睡眠時間の短さが原因だ。

 それでも質問に答えられているのは最低限自主勉強も欠かしていないのだろう。

 本当に努力家だ、とサクラは内心で感嘆するも、当の本人は補習でも変わらず船を漕ぎ倒していた。


 完全に寝そうになったら起こしてあげようと気に留めつつ、サクラはスクリーンに目を向ける。

 生まれつきクオリアに目覚めていたとはいえ、他のクラスメイトと比べて本質的には優位ではない。むしろクオリアの扱いや知識に関して初心者(ビギナー)であることを考えれば、この補習は周りとの差を埋めるべき場だ。


「先生!」


「何ですか、天澄さん」


「クオリアには喜怒哀楽の属性があるという話ですけど、適正のある感情でないとクオリアが発動しなかったりするんでしょうか」


「良い質問ですね」 


 総谷先生はスクリーンに書かれた喜怒哀楽のうち『喜』と『怒』の字を丸で括り、線で繋いだ。


「結論から言えば、クオリアを発揮するのに適正のある感情を出す必要はありません。例えば天澄さんの『雷のクオリア』は喜属性ですが、怒りの感情でも発動することが可能です」


 もちろん各クオリアに適した感情がもっとも高い出力を出せることは言うまでもありませんが、と総谷は続ける。

 つまりサクラの雷のクオリアなら喜んでいるときに最も強くなるということらしい。


 例のダンジョン……錯羅回廊でモンスターと戦った時、サクラは『自分の力でハルを助けられる』という喜びを感じていた。

 だからあの時はなおさら高い出力が出せたのだろう、と納得した。


「ですから感情のコントロールはなにより大事です。必要な感情を自らの意志で取り出せるようになれば、いつでも最大のパフォーマンスが発揮できますからね」

 

 感情のコントロール。それは言うまでもなく容易ではない。

 どうしても落ち込んでしまう時はあるだろうし、反対にどうやっても悲しめないときもあるだろう。

 

 キリエやココはどうなのだろう。

 三年生にもなれば完璧にコントロールができるのだろうか……。


「感情はクオリアを使う上でもっとも大切なファクターですが、クオリア関係なくコントロールできるようになるのが大人への第一歩ですよ」 

 

 がたん、と結構な音がした。

 驚いて隣を見ると、ミズキが机に突っ伏していた。

 というか、おそらく寝落ちた拍子に頭をぶつけたのだろう、いったー……と呟きつつ赤くなった額をさすっている。

 そんな授業態度が最悪の生徒を教師が見逃すはずもなく、総谷は深くため息をついた。


「……青葉さん」


「はい。え? あ、はい」


「いつも居眠りしてますけど、あなた夜はきちんと眠れていますか?」


 ミズキは眠そうな目を何度かしばたたかせると、どこか幼げな笑顔を広げた。

 サクラの見た事がない表情だった。


「もちろんぐっすり、爆睡の民」 


 ぴーすぴーす、と両手でピースサインを作ってみせる。

 普段は緩やかなまま波打つ水面のごとくテンションが一定のミズキだが、今日この補習に限っては少し浮かれているような気がした。


「ていうか青葉さんはやめてよアケミちゃん。ご近所の仲じゃんわっしょーい」


「え?」


 ご近所? とサクラが首を傾げると、当の『アケミちゃん』は小さくため息をつく。


「アケミちゃんはやめなさい。というか”元”ご近所でしょう?」


「それはそうだね、ふふ」


「あの、二人ってもしかして前からのお知り合いだったりするんですか?」


 まあ……と先生は頷く。

 それを見たミズキは満足げに、


「知り合いなんてものじゃないよ、すごく仲良しだったんだから。ね、アケミちゃん。大事な約束をした仲だもんね、私たち」


「約束……?」


 と。

 珍しく前のめりなミズキに反して、先生はピンと来ない様子で。

 ミズキの表情が、わかりやすいほど焦りに色づく。 


「ほ、ほら。別れるときにさ。したじゃん。した……よね?」


 さっきまでの様子が嘘のように、ミズキはおずおずと確認する。

 しかしそれでも先生は口元に手を当てて考え込んでいた。


「……ごめんなさい、覚えてないわ」


 申し訳なさそうにこぼれたその言葉に。

 ミズキの笑顔は硬直し、じわじわとその口角を下げていく。

 机の上でぎゅっと握りしめられた手が痛々しく見えて――直後。


「み、ミズキちゃん!?」


 教科書と鞄をひっつかむと、勢いよく教室を飛び出していった。

 しんと静まり返る教室。

 その静寂の中、サクラの脳裏には、ミズキの泣き出しそうな横顔だけがこびりついて離れない。

 

「追いかけてきます!」


 気づけば身体が動いていた。

 サクラは勢いよく立ち上がると、自分の荷物を雑に抱えて教室を飛び出した。

 あとに残された総谷アケミはあんぐりと口を開けて、


「あの、補習がまだ途中……」


 そう言った時にはもう誰もおらず。

 思わず頭痛を抑えるように眉間を指で撫でつけた。


「……約束、か」


 伏せた目を開け放たれた扉に向ける。

 二人とも、しばらく帰って来そうにない。


青葉ミズキ

特技:いつでもどこでも眠れる

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