139.天体が引く幕
サクラとアンジュが放った一撃が直撃したことで岩山が砕け、あたりに砂塵が撒き散らされる。
「うわっ」
視界が悪い。
さっきの一撃で両方ブレイクできれば良かったのだが、試合が終わっていないということは少なくとも片方は生き延びているということだ。
「サクラ」
警戒は解かないまま、傍に寄って来たアンジュに目をやる。
「アンジュちゃん、二人は」
「気配は感じますわ。倒しきれないのは痛かったですわね……」
その声には色濃く疲労があらわれている。
二人の攻撃を捌き続けたあと、遠距離の岩を操作し、同時にカガリへの大技。
消耗は計り知れない。そしてそれはサクラも同じだった。
「でもリッカちゃんとカガリちゃんもきっと同じ状況ですよ。たぶん、あと一撃でブレイクです」
「それはお互いさまやろ」
立ち並ぶ岩山の影から、リッカとカガリが姿を現す。
先ほどの攻撃を食らってから砂塵に紛れて合流したのだろう。
だがやはり疲労困憊。頬を流れる汗と荒げた呼吸がそれを物語っている。
その姿を認めた瞬間、サクラとアンジュは口の動きを最小限に、声を抑えて言葉を交わす。
「アンジュちゃん、――――――――」
「……無茶を言いますわね」
そのやりとりはリッカたちからも見えていた。
しかしそこには言及せず口を開く。
「相談事はええやろ。うちら、もうかなり限界やねん。だから最後に……」
「わ、私たちの……全力をぶつける」
リッカは冷気を。
カガリは炎を。
それぞれ掲げた手から放出する。
それらは渦を巻くように交わると巨大なエネルギーの塊へと膨れ上がっていく。
「……あれをぶつけられたらひとたまりもありませんわね」
「大爆発ってことですか」
今のところあのエネルギー体は混ざらないように合わさっている。
風船の中へと水と油が注入されていくような状態だ。
しかしその『混ざらないように』というのは二人のクオリアコントロールによって成り立っていて、消耗した状況でもそれだけの精密さを保っている点は驚嘆に値する。
「混ざらないようにすることで極限まで二人のエネルギーを込め続けられる……ってことですか」
「ええ、でないと自滅してしまいますもの」
炎と氷のエネルギー体はすでに直径10メートルを越えている。
あれをぶつけられたら今のサクラたちでは――いや、例え試合開始直後だとしてもブレイクは確実だっただろう。
追い詰められたからこその力。
窮地においてこれまで出せなかった力が出せるようになるのは、心の力であるクオリアにおいて珍しい事ではない。
「さあ出来たで。準備はええか」
「受け止めて……ね」
巨大なエネルギー体が二人の頭上に浮かんでいる。
そのサイズは直径およそ20メートルに達した。その中にどれだけの力が凝縮されているのかわからない。
それを作り出した二人は離れた距離からでもわかるほどに消耗しきっていた。
今、もしかしたら。
残った力で纏雷を発動して一気に制圧すれば勝てるのかもしれない。
だが、サクラはそれをしなかった。
「あなたも大概律儀ですわね」
「それに付き合ってくれるアンジュちゃんも、でしょう?」
はあ、とため息をついたアンジュは前に向き直る。
もう言うべきことは何一つない。
「いくで。受け止めるなり避けるなり、好きにしてや」
「最後に立ってた方が勝ち……だよ」
そう宣言した二人に、サクラは首を横に振る。
「どちらもしません」
「じゃあ何を……」
「二人が”それ”を作っていた間、何もしてなかったわけじゃありませんから」
風が吹いた。
直後、リッカたちは違和感を覚える。
このステージに自然風は吹かないはず。
ならば――と見上げて、やっと気づく。
サクラとアンジュの目の前に、空中に巻き上げられていた岩が集まっていく。
さっきサクラはアンジュに耳打ちをした。
『アンジュちゃん、鉱石をできるだけ集めてくれませんか』
その要望に応えたアンジュは、この岩山フィールドに存在する鉱石、そして自身の力で生み出したものを含めて空中へと浮かび上がらせていたのだ。
無数の鉱石は見る見るうちに寄り集まり、リッカたちのエネルギー体と同程度のサイズまで膨張する。
それはまるで空の外から飛来する隕石のような様相を呈していた。
「……集めたのはいいですけれど。こんなに大きくて重いの、今のわたくしではろくに動かせませんわよ」
「充分すぎるくらいです! あとはあたしに任せてください!」
サクラは体内に溜めていた雷を一気に隕石へと注ぎ込む。
大量の電力をつぎ込まれた隕石はバチバチと稲妻を迸らせ、岩と岩の継ぎ目から燐光が漏れ出している。
それはまるで、今にも爆発しそうな惑星そのものだった。
「…………はっ」
「リッカ?」
リッカは笑っていた。
心配そうに顔を覗き込むカガリをよそに、心の底から嬉しそうに。
笑い声を漏らしていた。
「――――うちなあ、昨日の試合ほんまに悲しかってん」
昨日の試合。
お互いの全力をぶつけ合おうという最後の瞬間。
リッカが発作を起こしたことでサクラが戦意を失い、決着がついてしまった。
「せっかくサクラと全力で戦える機会やったのにあんなことになってしもて……結構きついことも言ったし」
その結末はお互いの心に苦い後味を残した。
だが今この瞬間にいたり、彼女らを隔てるものは何も無い。
「いいんですよ。あたしも無神経なところはあったと思いますから……それに」
深く息を吸う。
「本音を言うとですね! 昨日の負け方――――あたしもすっごく嫌でした!」
「……ははっ!」
リッカの冷気が勢いを増す。
それに呼応するように、カガリの炎もまた出力を上げた。
「あ、天澄さん。本当に感謝してる。でも……私はリッカを勝たせたい」
「もちろんカガリちゃんも全力で!」
カガリと頷きを交わすサクラの肩に手が置かれる。
振り返ると、アンジュが少しだけ不満そうにしていた。
「そろそろいいですか。惑星をキープするのも結構骨が折れますのよ」
「わわ、ごめんなさい! それじゃあそろそろ……」
「行こか!」
リッカとカガリの氷炎が輝きを増す。
来る。そう確信した瞬間、サクラはクオリアを発動させる。
「レールセット!」
惑星を挟み込むように不可視の磁力の道を生成し、リッカたちへとまっすぐに伸ばす。
以前は錯羅回廊でしか為せなかった磁力の使い道。
しかし、リッカたちは昨日の戦いを経て成長したのと同じように、サクラもまた同じく成長を遂げていた。
できると信じればできる――ココの教えは今も強く強く根付いている。
「うちらの全身全霊! やれるもんならやってみろ!」
リッカが吼え、氷と炎の高エネルギー体が発射される。
それと同時に凄まじい速度で射出された惑星が正面から激突する。
「く……ぐ、う……!」
「マジか、互角……!?」
驚くべきことに双方の力は拮抗していた。
激突による爆風が吹きすさぶ中、サクラはただ祈る。
勝ちたい。
この合宿に来た理由や、そこに至るまでにあったこと――何もかも全て関係なく、ただこの一戦に勝ちたくて仕方がなかった。
だがその心中にひとつの懸念がよぎる。
(向こうは二人であのエネルギー体をコントロールしてる……でも)
こちらの惑星の形を保ちコントロールしているのはアンジュひとり。
実際に、目の前でぶつかる惑星は今にも弾け飛びそうに震えていた。
例えば惑星の全方向から磁力を作用させて圧力をかけることで形を保つという方法を思いつくが、そんな細かい操作はまだできない。今は後押しする形で作用させるのが精いっぱいだ。
一歩前に進んだだけで道のりは未だ長く遠く続いている。
「負けたくない、のに……!」
これでは自分のせいで負ける。
また、無力感に苛まれる。
悔しさに歯を食いしばるサクラだったが――その肩に再び手が置かれる。
「集中なさい」
「……アンジュちゃん……」
暴風に赤髪をなびかせ、その少女は毅然と立って前を見据えている。
その瞳には一点の揺らぎもありはしない。
「あなたのパートナーが誰だと思ってますの。惑星の心配はしないで、あなたは残った力をただまっすぐにぶつければいいですわ」
そうだ。
この少女は――気高く邁進し続ける山茶花アンジュという名の彼女は、天澄サクラに二度も土をつけたライバル。
本来なら遥か先を歩んでいる少女。
そんなアンジュと肩を並べているのだから、懸念などひとかけらも存在しなかったのだ。
「……はい! あたしに任せてください!」
もう躊躇いは無い。
残ったなけなしの力を使い、サクラの得意技にして切り札――雷の矢を生み出す。
それは細く短く、しかしありったけの想いが込められていた。
人差し指と中指を束ね、狙いを定める。
一息の間を置いて、一気に放つ。
「雷の――矢!」
弾かれたように放たれる一条の矢。
それはまるでビリヤードのように、惑星に後ろから突き刺さった。
「これは……天澄たちの力が強くなった……!?」
「リッカ……!」
「わかってる!」
リッカとカガリもまた残った力を絞り出してエネルギー体へと流し込む。
だが、それでも押される。
少しずつ拮抗が崩されていく。
「あたしたちが勝ちます!」
サクラの身体から雷が湧き出す。
同時に矢が膨張し、さらに惑星を押していく。
「貫けえええええええっ!」
咆哮が響き、エネルギー体が吹き散らされ、惑星が一直線に突き進む。
その向こう、呆然と立ち尽くすリッカは――
「ああ、楽しかった」
ただ、小さく笑った。