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137.雷と岩と氷と炎


 リッカとカガリは全力で望まねばならない相手だ。

 特にリッカは病から解放されたこともあり、どれほど実力に変化が生じているか想像もつかない。

 というわけで試合開始直前、アンジュはサクラにこう耳打ちをしたのである。


「今日までの訓練や模擬戦を見た感じ、あの二人は出力に任せて開幕広範囲攻撃をセオリーにしてるみたいですわ。おそらくはこの試合でもどちらかがその担当になるでしょう」


「どちらか? 同時に攻撃してくるって可能性もあるんじゃ……」


「炎と氷を高出力で同時に放てば大爆発待ったなしですわよ。わたくしたちは倒せたとしても、自分たちまで消し飛びかねませんわ」


 なるほど? とサクラはよくわからないなりにとりあえず頷いた。

 アンジュは「たぶんわかってませんわねこれ……」とジト目になりつつ、


「とにかく開幕の攻撃を防がなければ即死まったなしということですわよ」


「防御ならアンジュちゃんが適任ですね!」


 衒いのない信頼を込めた笑顔を向けられ、アンジュはぐっと言葉に詰まる。

 こういうところにかき乱されているのだ、とため息をつきつつ、素直に首肯した。


「ただ防ぐだけでは意味がありません。向こうもこちらが凌ぎきることは想定してくるでしょうし……そこで、防御と反撃を同時に行う作戦を考えました」


「同時に……?」


「ええ、それは――――」



 * * *



 そして、試合開始。 

 熱波を感じると同時、アンジュは驚嘆すべき速度で岩を生み出し、自分たちを包む球状のシェルターを形成した。

 一瞬のうちに光源が遮断され、真っ暗闇に陥ったサクラはパニックに陥りそうになる――その前に、アンジュに手を握られた。

 驚くのもつかの間、シェルター内に状況を分析するアンジュの呟きが響く。


「熱波……ということは炎。タイミングと速度から換算して位置は……」


「アンジュちゃん! すっごく熱くなってきたんですけどもしかしてこれ外は火の海だったりしませんか?」


「言うまでもなくそうですわよ、しっかり捕まってなさい!」


「え――――」 


 ひと際手を強く握られたかと思うと、大地が跳ねた。

 いや、岩のシェルターが飛びあがったのだ。

 アンジュが操る、炎から身を守るためのシェルターはひとりでに放物線を描いてボールのようにすっ飛んでいく。


「ちょ、わああああああ!? 見えないし暑いし死んじゃうー!!」


「静かになさい計算が狂うでしょう!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いながら、サクラはぎゅっと目をつむって流れに身を任せ、アンジュは軌道の計算を続ける。

 出来るだけ放物線に見えるように、あくまでも自由に操作しているのだと悟られないように。

 

「そろそろ接敵しますわ! 相手の攻撃を受けた瞬間、わざとこのシェルターを開きます。その隙に乗じて攻撃なさい!」


「な、なんて無茶を! でも……はい! わかりましたーぁぁああ!」


 言葉尻が衝撃で伸びる。

 それでも何とか平衡感覚を保ち、アンジュの手の感触を頼りに平静を保つ。

 無茶な作戦だ。しかし、パートナーは他でもない山茶花アンジュ。

 サクラを打ち倒し、常に少し先を行くライバル。


 なら、信じられる。

 身を預けても大丈夫だと確信できる。


「開きますわよ!」


 その宣言と同時、凄まじい轟音と衝撃に襲われる――シェルターの中にいたせいでわからなかったがリッカの巨大な氷槍が直撃した際のものだ――だがサクラはここにきて一切の動揺無く雷の矢を備え、開くシェルターから飛び出した。


「…………なあああ!?」


「あっっっつかったー!!」


 一気に差し込む光で視界が白く飛び、何も見えない。

 しかしリッカの上げた驚愕の声が位置を教えてくれる。

 サクラは空中に番えた雷の矢を分裂させ、叫ぶ。


「十条・雷の矢!」


 一発一発が高い威力を備えた雷が雨のように降り注ぐ。

 虚を突かれたリッカとカガリは防御が間に合わず――――


「ぐ、うああああっ!」


「くぅ……っ」


 半分は外れたものの、残りの雷の矢をまともに受ける。

 そして、これで終わりではない。二人の間に着地したサクラは右手から雷爪を発動すると、まずリッカへと振るう。


「慌てなや」


 だがその右手は不自然に空中で停止する。

 同時に痛みを伴う冷気。見れば右手全体が凍結しており、強制的に停止させられていた。

 割ることはできる。しかしこの至近距離、ゼロコンマ秒の隙が命取りになる。


「こっちかてやられてばっかりちゃうで!」


「…………リッカ、合わせるよ……!」 


 リッカとカガリはその手にそれぞれ火炎と冷気のエネルギー体を作り出し、掌底の要領でサクラへとぶつけようと踏み込む。

 しかしその直前、二人の目の前に岩の壁がせり出し、攻撃を受け止める。


「わたくしを忘れるなんて――どうにも侮られているようですわね!」


 サクラから少し遅れて山茶花アンジュが降り立つ。

 今しがた二人の攻撃を完全に防いだ岩の壁が、まるで泥のように流動したかと思うとアンジュの両腕に吸着し凝固。

 巨大な腕甲へと変化した。


「くっ、凍――――」


「遅いッ!」


 急加速した岩腕の拳がリッカの胴体に直撃する。

 一瞬で肺の中の空気をすべて吐き出したリッカはくの字の状態で吹っ飛んだ。


(…………あのお嬢、うちと相性悪すぎや!)


 強固なうえ、緻密なクオリアコントロールにより柔軟さも併せ持つ岩は凍らせようとしても輪郭を崩して逃れてしまう。

 そして氷でガードを試みても、硬度は向こうの方が圧倒的に上。

 あんなんもう岩ちゃうやろ、と悪態をつきたくなる。


 一方、サクラたちはリッカを排除したことでチャンスをつかんでいた。

 2on2の試合……ダブルにおいて優先するべきなのは、いかに素早く相手二人のうち片方を倒すかだ。

 どれだけ単独で強くても数的有利を取られれば戦況は厳しくなる。

 

「恨まないでくださいね、カガリちゃん」


「ここであなたを落として、残りは消化試合ですわ」


 円柱状に突き出した岩山の上。

 サクラとアンジュはじりじりと距離を詰めていく。

 相手が炎を扱う以上、おそらくノーモーションでの範囲攻撃も可能だろう。

 その場合に備えてアンジュは防御を意識し続ける。


 だが緊張に身を引き締める二人に対し、カガリは笑みを浮かべていた。

 基本おどおどしていて自信なさげで、リッカの後ろに隠れているような少女――しかしサクラは知っている。

 火村(ほむら)カガリという少女がリッカを助けるときにどれほどの強さを発揮したのかを。


「……り、リッカと本気で遊んでくれてありがと、二人とも」


 そんな状況に挟み込まれた感謝に、サクラはただ戸惑う。

 なぜ今なのか、と意図を考えるも、すぐにカガリの浮かべる笑顔に裏がないことに気づく。

 動揺を誘ったり時間稼ぎがしたいわけではない。

 ただ、今この瞬間、言いたかったから言った。それがわかった。


「いえ……あたしもリッカちゃんとの『仕切り直し』は望むところでしたから」


「う、うん……でもね。やっぱり私はリッカを勝たせてあげたい」


 だから、本気の本気でいくね。

 そう呟いた刹那。

 カガリの足元から、膨大な炎が噴き上げた。


「なっ……!」


 驚愕に目を見開き、慌てて飛び退る。

 しかし炎はまるで噴火したマグマのように二人を襲った。

 

「これくらい防いでみせますわ」


 確かに凄まじい迫力だ。

 しかし攻撃自体は開幕に放たれた炎とそう変わらない。

 アンジュは焦ることなくサクラと自分の前面に岩の壁を出現させる。


「もう通じないよ……!」

 

「……溶かされっ……!?」 


 カガリの放つ紅炎は、岩の防御をまるでバターのように溶解させる。

 先ほどとはレベルの違う高熱。


 侮っていた。 

 『リッカの後ろに隠れているカガリ』という構図が、二人の心にささやかな侮りを生んでいた。

 先に落とすなら、落としやすい方から。


 しかしカガリもまた合同合宿の参加権を与えられたキューズ。

 リッカと肩を並べる実力者なのだ。

 さらに昨日サクラと臨んだ戦いによって彼女のクオリアは大幅な成長を見せている。


「アンジュちゃん……!」 


 力の限り手を伸ばす。

 しかし紅蓮の津波は容赦なく。

 瞬く間に二人を覆い隠してしまった。

 

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