136.頂上決戦in合同合宿
昼食を終え、サクラたちは再び訓練場へ戻って来た。
もうすぐ昼休みが終わることもあり、半分以上の生徒が準備運動を始めていた。
だがサクラの顔は未だ浮かないままで、昼休みに食堂で聞いた他の生徒の話が今も頭の中を巡っている。
「ほら、いい加減しゃきっとなさい。訓練は待ってくれませんわよ」
「は、はい」
足を曲げ伸ばしながら、サクラは拙い返答をする。
アンジュは何か言いたげに眉根を寄せたが、これ以上言っても逆効果か、と口を閉ざした。
負かした相手のやっかみを聞いてから、サクラはずっとこんな調子だ。
相手もサクラに聞かせようとしていたわけではなく、そこに悪意も無い。
ただ環境の違いと実力差を嘆いていただけ。
だがサクラはどうしても『どうでもいい』と捨て置くことはできなかった。
こんなことに罪悪感を覚えるのも違うような気はしているのだが。
そんなもやもやとした気持ちを抱えていると、訓練場の外からぱたぱたと慌てた足音が聞こえてきた。
「まーにあったー!」
「り、リッカ……足速いよ……」
バーン! と両開きの扉を勢いよく開いて駆け込んできたのはリッカとカガリの二人。
青白い髪に白い肌、見た目だけは深層の令嬢っぽいリッカが少年のように溌剌とした笑顔を浮かべている一方、真っ赤なショートカットで気弱そうなカガリは苦しそうに脇腹を押さえていた。おそらく食後に走ったせいだろう。
「おーお二人さん! 合間合間に見とったけど調子ええみたいやん! まあうちらも全勝やけどな!」
「リッカちゃん。元気そうで良かったです」
「おー、おかげさまでな」
快活に笑うリッカは身体の調子も良さそうだ。
病に侵されていた心臓へクオリアの肉体強化が及んだ今、憂いはもう無くなっている。
その隣で何とか息を整えたカガリは、サクラを見て怪訝な顔をした。
「ん……あ、天澄さん……どうかした……?」
「え、天澄なんかあったん?」
んー? とサクラの顔を覗き込むリッカ。
サクラは何となく気まずくて顔を逸らしたものの、アンジュが見かねたように、
「さっき食堂で……」
潜めた声で昼休みの出来事を二人に話した。
サクラとしてはあまり聞いてほしい事ではなかったのだが、止めようとするとアンジュに目で制されたので諦めた。
「はあああ? なんやねんそれ、ただの僻みやんけ」
「ちょっとリッカ、声大きいよ……」
「うちが一言十言ゆーてきたる!」
リッカは訓練場を見回すと、反対側の隅で準備運動しているらしき彼女らを――当の発言をした犯人を補足し、腕まくりして向かって行こうとする。
サクラはその肩を慌てて掴んだ。
「い、いいですから!」
「よくないわ! うちの天澄を悲しませよって……」
「あなたのサクラじゃありませんわよ」
アンジュまで参戦し、話がどんどんややこしくなってくる。
「すみません、あたしが変に落ち込んでたせいで……あたしは大丈夫ですから、気にしないでください」
「天澄がそう言うならええけど……でもモヤモヤするわ。天澄だって一生懸命頑張ってただけやのに」
「リッカちゃんがそう言ってくれるなら、それだけで充分ですよ」
少しだけ胸につかえていたものが軽くなった。
今は訓練に集中するべきだ。ぱん、と両手で頬を叩いて気を取り直す。
すると見計らったように手首に巻いたリミッターへと連絡が届く。
「おっ、おあつらえ向きやな」
「リッカちゃんとカガリちゃんが相手……ですか」
液晶に映し出されたのは、『双星学園:氷室リッカ・火村カガリ』という名前。
目の前の少女二人が――午後一発目の相手になる。
「相手にとって不足無しですわ。この合宿に参加している生徒の実力を見ても、わたくしたち四人がトップ。つまり事実上の頂上決戦になるでしょう」
「楽しみやなぁ。サクラとは昨日消化不良な感じで終わったから、改めて万全のうちで当たれるのは嬉しいわ。もちろんアンジュともな」
ばちばち、と視線がぶつかり虚空に火花を散らす様を幻視した。
サクラとしても望むところだ。昨日の試合は悔いが残る結果になってしまったから。
「今度こそ、ほんとのほんとに全力でやりましょう!」
「わ、私も頑張る……!」
カガリも気弱ながらぐっと拳を握り意志表示をする。
緊張と、確かな高揚を抱え、おそらくはこの合宿で最大の試合にサクラは臨む。
* * *
訓練場の中の一室。
学校の教室ほどの広さの室内に、荒野や森などさまざまな地形のミニチュアジオラマが並んでいる。
午前の試合でも使った、圧縮試合場だ。
これらは最近開発が進んでいる技術で、すでに似た機能が最条学園の仮想試合場に実装されている。
この試合用のジオラマは大規模な設備が必要なく、場所を取らずに試合が行えることからさまざまなシーンへの投入が予定されているそうだ。
この合宿ではその試運転を目的に、午後からは使用されることになる。
リッカはリミッターで開始時刻を確認する。
もう数分も無い。
「もうすぐ始まるやん」
「え、も、もう……?」
「なに言うてんねん後の試合もあんねんで」
「心の準備があ……」
顔を青くするカガリに、サクラは苦笑する。
すると周囲から視線を感じる。これから試合に臨む他の生徒がこちらを見ている。
学園都市でも有数の名門校出身の四人はやはり注目度も高く、試合開始を先送りにしてこちらの様子を窺っているのだ。
サクラがごくりと緊張に生唾を飲み込むと、アンジュがその耳元にそっと唇を寄せる。
「あの二人は……」
「ひゃわ」
かすかに吐息が耳朶を撫で、思わず声を上げてしまう。
ささっと顔を赤らめて距離を取ると、アンジュはあからさまに傷ついた表情を浮かべた。
「ちょ、そんなに嫌がらなくても……」
「違うんです、くすぐったくて」
「ああもう、わかりましたから耳を貸しなさい」
ひそひそと言葉を交わすサクラたちを、リッカは若干のジト目で見つめていた。
「……なんやイチャついてんねんけど。うちらも対抗しとく?」
「いいいい、いやそれはちょっと……!」
「冗談やって。慌て過ぎ」
からからと笑うリッカ。
それに反してカガリは深くため息を落とした。
そんなやりとりをしているとサクラたちも顔を離す。
「相談終わった?」
「はい! お待たせしました!」
じゃあそろそろ、とアンジュがリミッターをタッチ操作すると、ジオラマを包む半球状の透明なカバーにカウントダウンホログラムが表示された。
3、2、1――――0になった瞬間景色が変わる。
転送されたのは荒涼とした岩山。起伏に富んだ地形で、あちこちに背の高い岩が突き立っているので見晴らしが悪い。
だが驚くのもつかの間、アンジュが鋭い声を上げる。
「来ましたわよ!」
声と同時に顔に熱がぶつかり――その直後、岩山の隙間を流れるようにして、凄まじい規模の炎が押し寄せてきた。
「…………っ!」
一瞬で視界が塞がれたサクラたちはあっという間に飲み込まれる。
炎はまるで津波のように岩山を舐めつくし、そこら中を焼き焦がしたところでやっと消えた。
数十メートル離れた場所。
リッカは手を桟にして様子を窺っている。
「すーご。カガリってこんなヤバい攻撃できたっけ」
「じ、自分でも驚いてる……よ」
カガリのクオリアが強くなったのは昨日のリッカを救うための戦いを経たことが大きい。
意志を力に変えるクオリアという異能は、精神的な変化によって強く成長するのだ。
望外の強化はあったのものの、開幕の攻撃としては成功と言えるだろう。
おおよそのキューズなら今の炎でブレイクまで追いこまれている。
だがリッカもカガリも警戒を解くことは無い。
あの二人ならこれくらいは対処してくるはずというある種の信頼によるものだ。
そして。
その想像通りに、二人の足元に影が差した。
「なんか飛んできたな」
見上げたリッカの視線の先には放物線を描いて飛んでくる巨大な岩の塊。
おそらく炎をしのいだアンジュが飛ばしてきたものだろう、と予想をつけた。
岩はすでに落下を始めていて、その大きさも鑑みると回避より迎撃のほうが対処としては適切だと判断した。
「り、リッカ」
「うちがやる!」
リッカは冷気を操り、驚異的な速度で長大な氷の槍を形成した。
目前に迫る岩塊に向かって指を差すと、氷槍は弾かれたように射出され、岩塊へと直撃した。
ガキン! と耳をつんざく音がして一瞬拮抗すると、岩塊はたやすく打ち砕かれた。
「っしゃ! そんじゃあいつら探して追撃を――――」
快哉を叫ぼうとした、その時。
砕けた岩の中から二人の少女が飛び出した。
「…………なあああ!?」
「あっっっつかったー!!」
目を剥くリッカに向け、岩から出てきた少女の片割れ……サクラの雷が照準を定めるのだった。




