135.断層
合同合宿三日目。
この合宿でサクラたちが行う最後の訓練は、アンジュと組んで2対2で行う模擬戦――俗に『ダブル』と呼ばれる形式での試合だ。
「ダブル……って初めて聞きました」
「1対1の『シングル』に比べるとマイナーなレギュレーションですから無理もないかもしれませんわね」
サクラとアンジュは模擬戦が始まる前の準備運動をこなしていた。
今回は他の学校との総当たり戦になる。勝利数が多ければ見返りがある……なんてことは無いが、つまりは合宿に参加した他の生徒全員と戦える機会というわけだ。
経験としてはこれ以上のものは無いだろう。
ただ、わざわざルールをダブルに設定したのは気になるところだ。
アンジュの言う通り、サクラには馴染みがない。
「今のランクだとシングルルールの大会に参加する場合がほとんどでしょうけれど、昇格していけばダブルの大会も増えてきます。特にここ近年で人気上昇中のルールですから、そういった注目度を加味して今回の合宿の訓練として採用したのでしょう」
「二人で戦うってことは大会に参加するたびに他の子を誘わないといけないんですよね?」
「ええ、そういったコミュニケーション力や自分を売り込むプレゼン力、人脈を築く意識なんかもプロになれば必要とされますから。そういう意味では将来のことを考えると重要なルールかもしれませんわ」
「なるほど……」
難しい問題だ。
まずパートナーを見つける所から始めなければならないのが厄介だし、大会に向けて二人で訓練していくことも必要になってくるだろう。
そうなれば意思疎通だけでなくスケジュール管理も重要になってくる。
中学時代引きこもりで通していたサクラにとっては、いつものように勢いでどうにかすることができないのが特に困難かもしれない。
「おそらく今回は即興でどれだけ合わせられるか……という対応力を鍛える目的を意図されていると考えられますわ」
「でもあたしたち仲良しですしそのあたりは大丈夫! ですよね?」
「…………まあ、いざとなったらわたくしが何とかしますわ」
いろいろな感情を込めたため息を吐き出すアンジュに、サクラは首をかしげるのだった。
* * *
第四試合、戦況はすでに2対1。
サクラとアンジュの優勢だ。
舞台は広々とした洞窟の中。
「衛星!」
アンジュの周囲をめぐる岩が声に呼応してショートカットの相手選手へと飛んでいく。
相手はバネのように変化した足による機動力で回避を試みる――しかし衛星による攻撃は囮。
周囲を塞がれ、逃げ場は真上に絞られる。
「退路は塞ぎましたわ!」
「了解です! 雷の……矢っ!」
高く飛びあがった相手は逃げられない。
サクラはそこへ向かって右手を突き付けると、三条の雷の矢が一瞬で相手を貫いた。
アーマーがブレイクされ、落下するショートカットの少女。
勝敗が決するとサクラたちの身体が光に包まれ、数々のジオラマが並ぶ展示場のような場所に戻される。
このガラスのように透明なドームがかぶさったジオラマは中が圧縮空間になっており、さまざまなシチュエーションや地形での戦闘を行えるもの。
これに触れることで内部へと転送され、そこで試合を行うという仕組みだ。
「ありがとうございました……」と呟いて去る相手選手へ頭を下げる。
「やりました! 四連勝です!」
サクラが挙げた手にアンジュはハイタッチで応える。
「あなた意外に合わせるのが上手いですわね。それに前と比べて見違えるほど強くなりましたわ」
「えへへ、アンジュちゃんの指示が良かったからですよ!」
今のところ順調だ。
この合宿に参加しているのは10校20人。つまり全部で九試合行うことになる。
もうすぐで折り返しだ。
他校の生徒が弱いわけではないが、そこはやはり最条学園出身。
そう簡単には負けはしない。
四連戦をこなした疲れを感じつつ、次の試合は……とリミッターで確認しようとしたとき、訓練場にチャイムが鳴り響いた。
「あれっ、もう昼休みですか」
いつの間にか時刻は正午を過ぎていた。
辺りに視線を回せば他の生徒も直近の試合を終えたものからぞろぞろと歩き出している。
「私たちも行きますわよ」
そう口にしたアンジュと連れ立ってサクラも歩き出した。
* * *
食堂のカウンターで大盛りのソースカツ丼を受け取りトレイに乗せる。
この段階で食欲をそそる湯気が顔に向かって漂ってきて、空腹の身には辛かった。
「ここの無人調理場、無人っていうからセルフサービスなのかと思ったらお料理をロボットが全部作っててびっくりしました!」
「少なくともこの都市なら人が作るのと差はありませんからね。もちろん比較対象のシェフの技量にもよるでしょうけど、わざわざそんな方を合宿のためだけに雇うのは無駄というものですわ」
アンジュはハンバーグ定食を運びつつ、そう並べ立てた。
学園都市内の技術は”外”とは一線を画す。
すでに”外”でも自動で料理を作り配膳までするAI搭載ロボットが開発されつつあるが、学園都市ではとっくに実用的なテクノロジーになっている。
科学の進歩ってすごいですねえ、と呟きつつテーブル席が立ち並ぶ飲食スペースに足を踏み入れる。
外に面した壁は全てガラス張りになっており、かなり明るい印象の場所だ。
テーブル席は広々としたスペースに見合う数で、明らかに合宿の参加人数を大きく上回っている。
「あの窓に面した席にしませんか?」
「陽射しが強そうなので却下ですわ」
「ええー、じゃあ……」
と、サクラたちが席を見繕っていると。
「負けちゃった……」
「でも最条学園の人相手によく頑張ってたよ」
少し離れた席、サクラたちよりも先に昼食にありついていたらしい他校の生徒がそんなことを話していて、思わず足音を潜める。
ショートカットの活発そうな少女と、たれ目が特徴的な少女の二人。さきほど戦った四戦目の相手だ。
運よく――と言っていいのか、こちらには気づいていないらしい。
「……ずるいよね」
ため息交じりのその一言に、心臓が嫌な鼓動を発する。
聞いてはいけないのに、今すぐその場から離れた方がいいのはわかっているのに、足の裏が根を張っている。
「あそこの学校って最先端の設備がいつでも使えたり、身近に……ほら、キリエ様とかプロキューズの生徒も結構いるでしょ。良い環境で訓練出来ればそりゃ強くなるって」
「私らなんて”外”と同じようなトレーニング器具くらいしかないのに……」
「頑張ったって、それ以上努力されたら意味ないじゃんね」
気づけば喉が干上がっていた。
脳裏によぎるのは、競技に打ち込んだ結果挫折した少女の話。
才能や環境という、どうしようもなく立ち塞がる壁の存在。
彼女らはサクラたちを非難しているわけではない。
ただ自身のうちに生まれた無力感に嘆いているだけだ。
それでも、その言葉はサクラの胸に突き刺さる。
「合同合宿に呼ばれて、私たちも結構やるじゃんって浮かれてたけどさ……」
「うん……私たちの努力って何だったんだろって、ちょっと思っちゃったよ」
無意識に足が一歩後ずさる。
そのシューズの裏が床を擦り、きゅっと音を立て――今しがた話していた二人がこちらを向く。
「あっ……」
「え、と」
二人は心底気まずそうに目を逸らすと、静かに俯いた。
サクラは何も言えず、会釈をひとつして歩き去る。
離れた席に狙いを定め、トレイを置いて腰を下ろした。
「気にしない方がいいですわ。わたくしたちは目標に向かってただ歩み続けるだけです」
後についてきたアンジュも席に着き、澄ました顔でそう言った。
彼女は慣れているのだろう。妬み嫉み、やっかみといったどうしようもない感情を向けられることに。
慰めてくれているんだな、と少しだけ申し訳なくなった。アンジュだって何も悪くないのに。
「ありがとうございます。そう、ですね……頑張らないと……!」
努めて明るく振る舞ったつもりだが、そこには確かな翳りがある。
いつの間にか食欲はどこかへ姿を消していた。




