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134.三日目:ダブル


「なるほど、つまりあの氷室さんを助けるために奔走して、結果今日の訓練には参加できなかったと」


「はい」


「その結果疲労困憊でぐったりしていると」


「はい…………」


 リッカの夢の中へ潜るという特異な経験をしたその日の夜。

 色々と落ち着いたところで同室のアンジュへ事の次第を説明し(もちろんリッカに許可は取ってある)、そのことについて詰められているのが今である。


 リッカのことは事前に明かせる内容でなかったとは言え、アンジュに何も相談せず行動に移したのは事実。

 そういうわけで、サクラは頭を垂れるしかないのだった。いや、実際にはベッドにうつぶせになっているだけなのだが。


「まあ、とりあえず経緯はわかりましたわ。それにおいそれと説明できることでもないという事情も。……ですが、これでも心配しましたのよ」


「ごめんなさい……」


 申し訳なくて額をベッドにぐりぐりと擦りつける。

 サクラとリッカの試合の後、リッカは発作を起こして医務室に運ばれた。

 合宿に参加しているだいたいの生徒は自分の模擬戦に集中していたのでその始終を見ていたものは少なかったし、後で新子からサクラたちは一旦訓練に不参加となる通達があったという。


 それについてそこまで気にする生徒はいない。

 ただ一人、サクラと同じ学校で特別な感情を抱くアンジュを除いては。


「教官やプロの方々に事情を聞いても個人的な話だからと取り合ってくださいませんでしたの。もちろん内情を知った今となっては納得してますけどね」


「リッカちゃん、自分のことを知られるのを本当に嫌がってましたから……アンジュちゃんなら良いって許してくれましたけどね」


 それには、身体のことが解決したからという理由も含まれているのだろう。

 もう彼女を阻むものは何一つない。これからは自由に生きていけるのだから、しがらみは薄くなったとみていいだろう。


 アンジュは自分のベッドから腰を上げ、サクラのもとへ近づくとうつぶせの頭に手を乗せた。


「……また無茶をしたのでしょう?」


「そう……ですね。無我夢中で……」


 アンジュは小さくため息をつく。


「あなたのそういうところは悪いところですが、良いところでもあるので何とも言えませんわ」


「ふ、複雑です。……でも、私は生徒会の相談窓口なので。困った人は助けたいです」


「ふふ。他校のライバルでも、ですか?」 


「はい!」


 くすくす、と二人で笑い合う。

 アンジュとしてはサクラのことは心配だ。

 しかしサクラの困っている誰かを放っておけないところを好きになった身としては、否定できなかった。


「……合宿は明後日の四日目は起きて帰るだけ。つまり明日が訓練の最終日になりますわ」


「はい。ちゃんと休まないとですね……ふわあ」


 思わず欠伸をすると、眠気も一緒についてくる。

 夢に潜っている間眠っていたとは言え、睡眠にはなっていなかったらしい。 

 そもそも精神世界でもあそこまでの死闘を繰り広げれば疲労もするだろう。


「そろそろ寝ましょうか。明日に備えて」


「ふあい……」


 すでに意識に靄がかかりつつある。

 重い瞼を落とすサクラに薄く笑いかけながら、アンジュは照明を落とした。


(……眠れるものですわね)


 アンジュもかなりの眠気に襲われている。

 実はサクラと部屋を共にすることについて、合宿が始まる前は緊張と高揚で眠れるはずがないと悲嘆に暮れていた(そのたびメイドが宥める羽目になっていた)のだが、訓練疲れがそんな懸念を押し流してくれた。

 

 まあ、それはそれとしてドキドキしながら一夜を過ごすことに謎の期待を持っていたのだが。

 複雑な乙女心は、今日も問題なく眠りにつくのだった。




 * * *




 三日目の朝。

 サクラたちは訓練場に集められ、教官やプロキューズたちを前に整列していた。


「今日が訓練の最終日になります。これからその内容について説明するんですが……その前に、今回来ていただいたプロの皆さんとはこれでお別れになります」


 ええー、と惜しむ声が上がる中、そのプロたちが前に出る。

 そこから一人、赤夜(あかしや)ネムが口を開いた。


「えー、赤夜ネムです。私がプロを代表して挨拶をば……」


 緊張してんの? という野次がプロの中から飛び、うっせ! とネムが言い返す。

 惜しみムードだった生徒たちがくすくすと笑いを漏らした。


「……この合宿には各学校から優秀な生徒が集められました。実際、君達は非常に出来がいい! キューズのレベルは年々上がってきていると言いますが、こうして接してみると実感ができました」


 ネムは生徒たちを見回すと、視線をサクラで止め、頷いた。

 彼女の言葉通り、この合宿に参加している時点で上澄みと言っていいレベルではあるのだが、こうしてプロという第一線で活躍しているキューズからお墨付きをもらうのは格別の気持ちになれた。


「この合宿はけっこう歴史が深いみたいで、私の現役時代にも開催されてました。でも、私は呼ばれませんでした。才能に恵まれたわけでもなく、努力も足りない。実力が足りなかったんです」


 その言葉に、しんと生徒たちは静まり返る。

 この合宿に参加するということは――サクラ自身あまり意識はしていなかったが、かなりの栄誉だ。

 何せ各学校の一年の中でワンツートップのみ呼ばれるのだから。


 サクラも一歩間違えれば参加できなかっただろう。

 学内戦でミズキに負けていれば。昇格試験に合格できていなければ。

 いや、それよりも――入学の際行われた模擬戦でアンジュに勝てていなければ。

 おそらくここにいなかっただろう。


「だけど、こんな私でもプロになれた。で、それなりに勝ててる。要するに諦めずに頑張れば夢は叶うってことです。たぶんこれから辛い事ややりきれない気持ちになること、諦めたくなるようなことがいっぱいあると思います。そんな時は」


 ネムはそこで言葉を切ると、真面目に作った顔をニヒルに歪め、こう言った。


「頑張る理由を見つめ直してみろ。どうして自分がその夢を追いかけ始めたのか、そのルーツを探せ。どんなにくだらない事でもいい、そうしたらきっと夢への道がまた見えるようになってくる」


 ネムはサクラを見つめる。

 これはサクラに教えてもらったこと。

 自分の頑張る意味。頑張った理由。

 それは自分でも気づいていないことかもしれなくて――だからこそ、それはその人の根幹たりうる。

 

「あー……なにが言いたかったんだったかな。まあとにかく、私は君たちを応援してるってことです。以上!」 


 慌てて畳み込むような締めの後、たくさんの拍手が起きる。

 ネムは少し恥ずかしそうな顔をしてプロの集団の中に戻り、彼女らは訓練場を後にした。


(ネムさん、ありがとうございました) 


 プロキューズ、赤夜ネム。

 キリエやココ以外のプロ。

 ぶっきらぼうだが心優しく、サクラの訓練を親身に見てくれた。

 それに彼女がいなければリッカを助けることはできなかっただろう。


(また会いたいな。もう一度直接お礼が言いたい)


 全員が訓練場を出て、拍手が止むのを見計らったように教官が咳払いをする。


「それでは早速ですが今日の訓練について説明します。あなたたちはこれから学園ごとに二人組を作り、二対二形式の試合――『ダブル』で対戦して貰います」


 二対二。

 同じ学園。

 つまりそれは、アンジュとタッグを組むことになる。

 

 そもそも――サクラは誰かと組んで試合をするのが初めてだった。


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