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131.きえろ


 広々とした円形の檻に異形の氷像が降り立つ。

 赤黒い巨大な心臓を核とし、背中から飛び出す硬質化した八本の血管が脚の役割を担う。

 そしてあの怪物は、リッカそのものでもある。

 リッカの夢の中であるこの世界の主が、あの氷像なのだ。


『うち を    見るな』


 大気が凍り、いくつもの氷塊が生成される。

 氷塊は薄い三日月形の刃へと変化し、サクラとカガリ目がけて猛スピードで発射された。


「っ!」

 

 走り回り、氷の刃の隙間を縫うようにして避けていく。 

 だが速すぎる。動き出したと思った次の瞬間にはもう着弾しているようなスピードで、回避しきれない。

 氷刃が顔を掠めた直後、頬が薄く避ける。痺れるような痛みと、遅れて温かい血が流れる感覚。


 夢の中でも傷は負う。

 その辺りは現実と同じだと思っていいのだろう。

 つまり、ダメージを受けすぎれば死んでしまうということだ。


 これは錯羅回廊のモンスターを相手するのと同じ命を賭けた戦い。 

 ある程度慣れたサクラでも、全く恐ろしくないと言えばウソになる。

 カガリは平気なのだろうか、と案じる気持ちで目を向けると、


紅車(あかぐるま)!」


 カガリは全身から炎をたぎらせ、そのまま車輪のように回転して突撃した。

 炎輪は凄まじいスピードで氷像に直撃し、その表面にヒビを走らせる。


「すごいですカガリちゃん!」


 跳ね返るようにして戻って来たカガリに、サクラは浮足立つ。

 カガリの能力は炎のクオリア。あの氷像には効果的に働きそうだ。


 それにカガリに躊躇いはない。

 リッカを助けるため。その一点だけを強く見据え、力を振るっている。

 

「く、来るよ!」


 カガリの呼びかけにハッとする。

 氷像を見れば、再び周囲の空間に氷塊を作り出していた。

 それはみるみる巨大な氷の杭を形成する。サクラがリッカと戦った際、彼女が最後に繰り出した大技。

 

 思わず息を吞む。

 サクラが10本の雷の矢を束ねた一撃と互角に見えたあの氷杭が、数十本も生成され、その先端をサクラたちに向けているのだ。


 回避。

 不可能だ。

 あの質量と数の杭が向かってくるなら、隙間などあってないようなもの。


 迎撃。

 現実的ではない。

 フルパワーの一撃を食らわせれば一つくらいは破壊できるかもしれないが、あの数が相手では焼け石に水。


『こっち くるな』


 冷たい呟きと主に氷杭が迫る。

 サクラはとっさに雷の矢を束ね、巨大な一矢を作り出す。

 だがその目の前にカガリが立った。


「と、通さない……赤牢(せきろう)!」


 カガリが地面に手を突くと、二人を包むようにして濃密な炎のドームが形成される。

 直後、無数の氷杭がドームの表面に激突した。

 しゅううう、という氷の溶ける音が幾重にも連なり轟音となってサクラたちの身体を震わせる。


「これなら……!」


 炎は氷に強い。

 そう希望を抱いたサクラだったが、


「き……気を抜かないで、防ぎきれない……!」


 氷杭がドームを貫き、吹き散らす。

 大半は表面で溶かされきったのだろうが、残った数本がサクラたちを潰さんと迫りくる。

 

「だったら!」 


 カガリは守ってくれた。

 だったら次は自分の番だ。

 

 サクラは空中に番えた巨大な雷を拡散させると、全ての氷杭を的確に撃ち抜く。

 氷杭と同じ数に分裂した雷の矢――炎とぶつかりある程度縮小した今の氷なら、全てを束ねた一撃でなくとも対抗できる。

 

(それにしても、硬い……!)

 

 氷と言えば柔らかそうに感じるが、あれはクオリアの産物。実際の物理法則からは外れた存在だ。

 リッカのクオリアはこれまでの訓練で見ただけでも鍛えられているのがわかる。

 その力から生み出される氷は非常に強固だ。氷の性質を持った鋼鉄と考えた方が近い。


 その上、あの氷像はいわばリッカの心の核。

 意志のままに力を振るっていることから、リッカ本人よりも出力の面で圧倒的に勝っているだろう。

 だがその分、コントロールは甘い。そこに付け入る隙があるはず。


『ちかよるな』


 足元に冷気が奔る。

 直後、サクラたちの膝から下が凍結した。

 まとわりつく氷は地面と強固に癒着し、身動きが取れない。


「わ、私が溶かす!」


 カガリは右腕に纏った炎を振るい、サクラの足元へと飛ばそうとする。

 焼かれることに少し恐れを感じるが、そうも言っていられない。

 サクラはぐっと身構えて――しかし。


 空中に大量の氷針が出現し、まるでハチの大軍のようにカガリへと殺到する。


「なっ……」


 とっさに炎で迎撃しようと試みるカガリだったが、間に合わず大量の針が突き刺さり、あちこちから鮮血が噴き出した。

 苦悶の表情を浮かべつつ全身から炎を出して針と脚の氷を溶かす。

 しかし、間髪入れずにその頭上にカガリの何十倍もの質量を持つ巨大な氷塊が出現していた。


(このサイズは溶かせない……!)


 改めて。

 カガリは今回の合同合宿へ参加できるほどの実力を持つキューズである。

 双星学園の一年でトップの実力を持つ幼馴染のリッカに隠れてはいるが、カガリ自身も相当な実力者。

 夢の中で怪物と戦闘するというイレギュラーな事態、そしてこの怒涛の攻勢にも適応してみせた。

 他人が苦手でおどおどしてはいるものの、それだけの強さは持っている。


炎剣(えんけん)!」


 カガリは右腕から長大な炎を燃え上がらせると、頭上の氷塊へと渾身の力で振り上げた。

 炎と氷がぶつかる。まるで象の足とアリのぶつかり合い。だが双方の力はせめぎ合っていた――いや。


「纏雷!」


 ここでサクラが動く。

 度を越した出力の雷を足に集中させ、強引に凍結を破ったのだ。

 筋線維がぶちぶちと切れ、神経の一本一本が焼け付くような激痛を発する。

 しかしこの状況を黙って傍観することはできなかった。


 凍結を抜け出すために行使した無理な纏雷だが、同時にそれは今までにない脚力をサクラに授けた。

 サクラは目にもとまらぬスピードで駆けつつ、十本の雷の矢を発射し、右腕へと一斉に宿す。


「やああああっ!」


 氷塊を止めるカガリの隣に滑り込み、雷光が迸る拳で渾身のアッパーカットをぶつける。

 これで互角を越える。拮抗は破られる。

 巨大な氷塊にみるみるヒビが走り――粉々に砕け散った。


 あの氷像は強い。

 だけど、二人なら戦える。太刀打ちできる。

 

 そんな希望を打ち消すようにして、目の前に禍々しい氷像が現れた。


「…………え」

 

 気づいた瞬間、鞭のように振るわれた氷像の脚がサクラの腹部を強打し吹き飛ばす。

 気絶しそうな――もしかしたら一瞬意識が飛んでいたかもしれない――衝撃を受け、砲弾のような速度で格子へと激突する。

 ずるずると座り込むと、前髪の隙間から温かい液体が額を伝う。血だ。

 身体の芯から力が抜ける。今の一撃で意識が曖昧になるほどのダメージを受けた。


 攻撃された瞬間、ガラスの割れたような音を聞いた。

 おそらくアーマーが……おそらくは夢の中において意識の力だけで構成されたものがブレイクされた音だ。サクラの全身を覆う不可視の障壁が消え去ってしまった。


「……カガリ、ちゃん……」


 ぼやける視界で、何とか自分が元いた場所を見つめる。

 そこでは、圧倒的な破壊の渦が巻き起こっていた。

 地面に倒れたカガリへ、氷像がその脚を何度も何度も執拗に叩きつけている。


 思えば氷像はさっきからカガリを重点的に狙っていた。

 それはおそらく氷を脅かす炎のクオリアを持つからというのもあったのだろうが……サクラの頭にはもうひとつの理由が浮かんでいた。


(……カガリちゃんは、強い。そしてそれを一番よく知っているのは……リッカちゃん)


 あの氷像はリッカの心から作り出されている。

 ならばカガリの脅威を知っている彼女がそちらを先に狙うのは至極当然のことだ。


 そして、もしかすると。

 リッカの心の中には自分について離れないカガリを疎ましく思う気持ちが潜んでいたのかもしれない。


『きえろ きえろ きえろ きえろ きえろ きえろ きえろ きえろ』

 

 まるで念仏のように唱えられる呪詛にも似た言葉。

 そのたびにカガリへと硬く長大な脚が振り下ろされる。

 地面は砕け、カガリが生きているのかもわからない。アーマーはとっくに壊れているだろう。


 サクラは身体を動かそうと試みる。

 だがわずかに震えるだけで、腕の一本すら上がらない。


『――――――――きえろ!!』


 悲鳴のような叫びが上がる。

 同時に脚の一本が首をもたげ、そこがみるみる凍り付くと、巨大な氷の槍へと変貌した。


「…………リッカ」


 ともすれば聞き逃してしまいそうな囁きが聞こえた。

 氷像はその声に一瞬ぶるりと身体を震わせると――それすらも断ち切るかの如く、氷槍を振り下ろし。

 カガリの身体を、串刺しにした。


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