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126.二日目:エンドレス模擬戦


 プロキューズ、赤夜ネムから聞かされた中学のクラスメイトの話。

 それは以前知り合ったアイドルのダイアが昔仲良くしていて、そして自ら命を絶った女性を想起させるものだった。


「最近元気ないなあとか、SIGNのレスが途切れるなあとか、いろいろ思うところはあったんだけど。あいつは何も言わずに抱え込むところがあるから気づけなかったんだよ。……いや、これは言い訳だな」


「そんなこと……」


 ネムは「気を遣わせて悪い」とでも言いたげに苦笑した。

 

「それからぱったりと音信不通になってな。目標にしてた相手がいなくなって、私もキューズを辞めてしまおうかと思ったんだけど、なんかずるずる続けちまって……まあ、なんだ。いつの間にかプロになってたんだよ」


 ……『いつの間にか』でなれるものではないだろう。それくらいはサクラにもわかる。

 おそらくそこには相当な努力があったはずだ。そして、同時に確固たる意志も。


(ネムさんも、失った人なんだ) 


 小話でもするような口調だが、そこには確かな悲しみが潜んでいる。

 まだ治りきっていない傷口が残っているのだ。

 

「何が言いたいかっていうとだな、これから辛いことがいっぱいあるだろうから、私みたいになあなあで取り組むんじゃなくて……目標とかは明確にしておいた方がいいぞってこと。それと……」


 そこでネムは言葉を切った。

 そして、もしかしたらこちらが本題なのではないかと思えるほどに重い口調で続ける。


「どうしても辛いときは、早めに逃げろ。無理して不幸になるよりも、少しくらい諦めて幸せになった方がいい。……本当は、みんな楽しく幸せに生きられる方がいいに決まってるんだからな」 


「……ネムさんは、とっても優しい人なんですね」


「ちげーよ。私はただ、事なかれ主義なだけだ」


「そんなことないですよ。そんなこと、ないです」


「天澄……?」


 ネムの言葉をサクラは否定したくなかった。

 みんなに幸せでいてほしい。それは、サクラも願ったことだったからだ。

 この力でみんなを笑顔にしたいと、キューズを志したあの日から、その想いを胸に走り続けてきたから。


「ネムさんは何となく続けてきたって言ってましたけど、きっとそれはクラスメイトさんのためだったんだと思います」 


「あいつの……?」


「そうです! だってネムさんが諦めずに続けようと思ったのは、そのクラスメイトさんに助けられたからだって言ってたじゃないですか。だから、諦めずに、その人の気持ちを無駄にしたくなかったから、無駄じゃないって言いたかったから、ネムさんはプロになるまで続けた……んじゃないかと思いました」


 だんだんと自信が無くなって来て語尾がしぼんでいく。

 ネムはというと、サクラが勢いで吐き出した言葉を噛みしめているようだった。


「……ふっ。感想文かよ」


「す、すみません! 偉そうになんか語っちゃって……!」


「いや、いい」


 ネムはアイマスクを押し上げる。

 閉じていた瞼を開けると、眩しそうに目を細めた。


「お前の言ってること、正しいかもしれない。いや、正しいって私自身が思いたい。……ありがとうな」


「あ、あたしはそんな」


「いーから礼は受け取っとけ!」


 ネムは無遠慮にサクラの髪を掻きまわす。

 

「うわわあわ」


「さって、そろそろ休憩終わりにするか! お前も私も、これから頑張らなきゃだろ」


「……! はいっ!」


 勢いよく立ち上がる。

 活力に満ち溢れたサクラの様子にネムは、


(……私が教える立場のはずだったのにな)


 と、自嘲を含んだ笑みを漏らすのだった。




 * * *




 その後、プロとの訓練を終えて昼休憩を挟んで午後の訓練に移る。


「皆さんにはこのアリーナに四つ設置されている試合場を使い、入れ代わり立ち代わり模擬戦を繰り返してもらうことになります。組み合わせや使用する試合場は適宜リミッターに送信されますので確認を怠らないように」


 20名の合宿参加生徒らは、静かに教官の話に耳を傾ける。

 全員、プロに直接指導を受けたことでモチベーションが高まっているようだった。

 もちろんサクラも例外ではなく、走り出しそうな気持ちを抑えつつ、ネムの話を反芻していた。


『客観的に見ても天澄はかなり優秀なキューズだと思う。私がお墨をつけてやる』


『ありがとうございますっ』


『だがその反面、短期間で成長したせいか足りないものがあるとも感じた。それは、経験だ』


 圧倒的な実戦経験の不足。

 それがサクラに足りないもので、これから培っていかねばならないものだとネムは言った。

 

「それではさっそく始めたいと思います。リミッターの指示に従ってください」


 ならばこの訓練はおあつらえ向きだ。

 この合宿に呼ばれるような優秀な同学年のキューズ達と模擬戦とはいえ本気の試合ができるのだから。

 

 リミッターが振動する。待機か、それともさっそく試合か。

 

「試合だ。相手は……」


「うちやな。行こ」


 背後から飛んできた関西弁に慌てて振り向くと、氷の妖精のような少女が快活な笑顔を浮かべていた。

 双星学園の氷室リッカだ。


「は、はい」


 サクラは少し緊張気味に返事をして、すたすた歩き出すリッカの後を追う。

 この合宿でさっそく仲良くなった彼女が、最初の対戦相手としてリミッターにその名が表示されていた。


 指定された試合場へと連れ立って歩く中、サクラはどうするべきかと頭を悩ませていた。

 体調は大丈夫なのだろうか。訓練で発作を起こしていたのに、模擬戦など――と。


 ぐるぐると疑問とリッカを案じる気持ちが頭の中を駆け巡る。

 するとリッカはそれを察したかのように振り返り、言う。

 

「先に言っとくけど、手加減なんかしたら怒るからな。今日は調子良いし心配いらん」


 ずい、と距離を詰めて見上げてくるリッカは、確かに活力が見られた。

 午前の訓練でも特に発作を起こしたり不調があったという話も聞いていない。

 ならば、本当に彼女の言う通り平気なのかもしれない。昨日は特別体調が悪かったのだろう。

 何よりリッカはそんな扱いを望まない。ならばサクラのするべきことは決まった。


「……わかりました! 負けませんよー!」

 

「おっしゃ、その意気や! ていうかうち強いから死ぬ気で来んと死ぬで!」


 物騒なことをいいつつ、二人は試合場に足を踏み入れると、床に描かれた試合場の枠となるラインから不可視のバリアが生じる。外に攻撃の余波などが及ばないようにするものだ。

 同時に二人のリミッターが3からカウントダウンを始める。今にも始まるところだ。


「お、さっそくやな。じゃあやろか――――」


 カウントがゼロになった刹那、リッカがそっと目を伏せると青白い睫毛が目の下に影を落とした。

 まるで別人みたいだ、と感じた矢先。

 

 リッカが思い切り踏みしめた床から凄まじい勢いで地を這う氷が迫る。


「…………っ!? 雷の、」


 間に合わない。

 迎撃しようとしたときにはもう、サクラの全身は氷漬けにされていた。

 

「だから言うたやん。死ぬで、って」


 開始ゼロコンマ秒。

 試合場には早くも静寂が訪れていた。


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