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125.パスト・ドリーム


 その後、残った技を見てもらい一段落となった。

 

「全身に電流を流して筋肉の駆動をブーストする”纏雷”に、雷を応用した磁力、そして指先から出した雷の矢を固定して相手を切り裂く雷爪か……これで全部?」 


「です! どうでしょうか」


 ネムは生来のジト目を手元のタブレットに落とす。

 遠距離用の万能飛び道具、雷の矢。

 その雷の矢を肉体に装備することで放つ単発の近中距離技、雷拳に雷爪。

 機動力や至近距離での格闘戦を補助する強化技、纏雷。

 そして立ち回り補助など様々な用法が考えられる磁力。


(…………充分過ぎるくらいだな)


 技の豊富さもそうだが、拡張性もかなりのものだ。

 これから様々な派生が考えられるだろうし、出力だけ見ても申し分ない。

 特に磁力は空中を跳ねまわったりモノを動かしたりするのみならず、見えないワイヤーのように使うこともできる。

 それこそ磁力のクオリア使いでもここまで使いこなせる者は少数だろう。


「見た感じ、”矢”に関してはかなり使い慣れてるみたいだな」


「はい、実は最初の技なんです」


「反面、纏雷と磁力に関してはまだコントロールに難儀してる印象を受けた。見るからに調整が難しそうな技だというのもあると思うが」


「そうなんです。纏雷は筋肉を動かすだけなのでそこまで力を込めなくてもいいんですけど、それが逆に難しくて……強めにすると凄い力が出せるんですけど、筋肉がズタズタになって反動がえぐいです」


「いや聞いてるだけでえぐいわ。いたたたたってなるわ」


 当たり前だが身体に電流を流しているのだから調整をミスすれば痛いどころの騒ぎではない。

 見えない管に針の糸を通すような、繊細なクオリアコントロールが必要になるだろう。


「磁力も調子がいい時は上手くいくんですけど、ちょっとミスるととんでもない方向に吹っ飛ばされたりして……訓練中だったから良かったんですけど、トレーニングルームの天井に思い切り頭をぶつけた時はびっくりしました」


「まあ磁力の強弱やベクトルにも気を遣わないといけないだろうからな……むしろそれなりに上手くいってることが驚愕なんだが」


「雑に使うんじゃなくて、レールとかワイヤーみたいな明確な形をイメージして使うと上手くいくことが多いです」


「なるほど。どのクオリアにも言えるけどイメージが鮮明であればあるほどコントロールしやすいからな。いい使い方だと思う」


 隙が無い。 

 ネムはそう判断した。

 おそらくは壁にぶつかるたび、弱点を補えるように技を考案してきた結果だろう。


 どう指導したものか――とタブレットを眺めていると、すでに今日の訓練が始まってから一時間以上が経過していることに気づく。


「そろそろ休憩入れるか」


「えっ、あたしまだまだ大丈夫ですよ!」


「私が疲れたんだよ。意外と体力無いの、これでも」


「意外……?」 


「なんだ?」


「い、いえ」


 寝巻にナイトキャップにアイマスクの三点セットではお世辞にも活動的には見えないが、ほぼ初対面のプロ相手に指摘する勇気は無かった。




 * * *




 休憩と言うと、どういう絵面を想像するだろう。

 ベンチなどに座って水分補給などが一般的か、もしくは年齢によっては煙草を吹かしたりなんてこともあるかもしれない。

 だが、目の前の光景はそれらとは一切一致しない。


「ZZZ……」


「いやZZZって」


 休憩と言ったネムはどこからか取り出した携帯寝袋に収まり、アイマスクを下げ、昔の漫画みたいな寝息を立て始めた。

 あまりにもスムーズで、あまりにも当たり前のような動作で寝に入ったので口を挟む暇も無かったのだ。


 ともあれ寝始めてしまったものは仕方がない。サクラは持参した水筒を傾け、凍らせておいたスポーツドリンクで喉を潤す。糖分と冷たさが一気に身体に浸透し、活力が戻ってくる感覚がした。


 からん、と水筒の中を転がる氷の音。

 思い出されるのはリッカのことだった。

 今はどうしているのだろうか。きっと彼女は担当のプロには身体のことを説明しないだろう。

 

 リッカは同年代のライバルだ。

 こうして心配をしている暇があるなら、その時間に自分を研鑚していた方がいい。

 しかし彼女の心にどうしても想いを馳せてしまうし、胸を痛めてしまう。

 あの身体を抱えて、彼女はこれからキューズとして活動していけるのだろうか。


 戦いたいのに戦えない。

 競技というフィールドでは、活動し続けなければならない。

 努力が報われないどころか努力をすることも許されないなんて、想像するだけで苦しくなる。


 ――――私は競技が嫌い。無くなればいいって思ってる。

 ――――みんな辞めちゃえばいいのにって、そしたら苦しい想いもしないのにって思ってる。


 ダイアの言葉が、その苦し気な表情が浮かび上がって来て、サクラは思わずため息をついた。

 競技に辛いことがないなんて言えない。いくらサクラでもそれはわかっている。

 彼女の話は正しくはあって――しかし手放しに肯定できない自分もいて。


「競技って、そんなにダメなことばかりじゃない……と思うんだけど」


「どうした?」


 びく、と肩が跳ねる。

 この部屋にはサクラとネムしかいない。

 なら、今のは……寝言?


「ああ、言ってなかったか。私は寝たままでも活動できるんだ」


「クオリアの力……ですか?」


「そう。夢のクオリアだ」


 そう告げたネムはあおむけの状態から跳ね上がると、すたっと着地。

 そのままその場でバク宙を三回決めてみせる。狸寝入りでもしていたのかと思えるほどの躍動っぷりだったが、これでも睡眠中らしい。


「こんな感じで寝たままでも動けるし話せる……というか寝たままの方が動けるくらいだな。しかも普通に睡眠をとったのと同程度の休息も取れるといいことずくめだ」 


「す、睡拳みたいですね」


「そんな感じ。いやー目覚めたてのころはコントロールできなくて夢遊病みたいになるもんだから困った困った」


 眠ったままでも活動できるという特性を持っているがゆえに眠ると身体が勝手に動いてしまう。

 考えてみればかなり難儀な性質だ。目が覚めたら知らない場所に立ち尽くしているなんてこともありそうで――サクラの頭ではあまり想像できないが、もっと大変な事にもなっていそうだ。

 そんな昔の自分を思い出し、ネムは楽しそうに笑う。

 

「当時はキューズを諦めようかとも思ってたんだけど……中学でクラスメイトだったお節介な女がな、いろいろ助けてくれたんだよ。私の部屋に寝泊まりしてまで睡眠中にふらふら動こうとする私を見張ってくれたりな」


「すごくいい人ですね……!」


 聞く限り、それは自分の睡眠時間を削ってまでネムを助けてくれたということだ。

 軽い気持ちで出来ることではない。


「そうなんだよ。そこまでされたら私も頑張らなきゃって思うだろ。いろいろ試して、死ぬ気で頑張って……やっとコントロールできるようになったときはそりゃ嬉しかった。こいつのためにも真面目にプロ目指そうとまで思ったもんだよ」


「その人とは今も仲良しなんですか? あっ、同じプロとか?」


 サクラが投げかけたのは素朴な問い。

 しかし、ネムの纏う雰囲気があからさまに曇る。アイマスクに半分隠された顔でもそれがわかるくらいに。


「……ご、ごめんなさい。不躾なことを……」


「ああ……いいって。ちょっといろいろ思い出しただけだから」


 慌てて頭を下げるサクラに、ネムは緩く手を振る。

 

「あいつはさ、私なんかより全然優秀だった。才能があったし努力も欠かさなくて、すぐに大会で結果を出し始めた。でも……優秀ゆえの期待や落胆、いわれのない誹謗中傷の数々を受けて、あいつはだんだん心を病んでいった」


「え……」


「あいつが学園都市を去ったのは中三のころだ。私は、何も聞かされてなかった」


 何もできなくて、どうにもならなくて、知らないうちに全部終わってた。

 ネムが口にするそんな深い後悔に――サクラは以前聞いた話を想起する。

 アイドルグループ『LIBERTY』が、地元で仲良くしていた女性。

 ネムの話すそのクラスメイトは、その女性と共通するところがあったのだ。


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