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124.サクラ・ギャラリー


 自分が他とは違う、というのは物心ついたころからわかっていた。

 それは才能があるとか何かに秀でているなどといった良い意味ではなく、逆。

 自分は『足りていない』のだと、最初から理解してしまった。


 欠損。

 大多数の人間が当たり前に享受している健康というものを、自分は持っていなかった。

 『走る』という当たり前の行動だって、中学に上がるまで出来なかった。

 大して激しくも無い運動で息が上がる。立てなくなるほどに苦しくなる。

 苦しさよりも情けなくて涙が出た。


 そんな自分を見る周りの憐れみの視線も嫌で嫌で仕方なかった。

 かわいそうだと言われるたびに自分が出来損ないだと思い知らされる。

 だからできるだけお転婆に振る舞った。

 自分は元気なのだと。身体が弱いだけで、心は健康なのだと。

 そうしたら、あの見下すような視線は少し減った。

 それでも根本的に変わることは無く。

 ただピエロであることに慣れていくだけだった。

 

 それでもなんとか騙し騙し生きてきて、薬の開発が進んで身体もある程度動かせるようになった。

 反対を押し切ってキューズにもなった。学園都市に入ってしまえばこちらのものだ。

 実家の連中だって簡単には介入できなくなる。

 

 ……カガリが追いかけてきたのは誤算だったが。


 ここでなら何かが変わるのではないかと思っていた。

 新しい環境。クオリアという異能で満たされた世界なら、こんな自分にも何か変化が訪れるのではないかと――しかし。

 そんな甘い現実は存在しない。

 

 その原因が、憐れみを良しとしない自分自身も一端だと気づいた。

 それでも、『可哀想』という言葉が自分の尊厳を削るものであることに変わりはなく。

 事情を知らない大衆の心無い言葉にすり減って行った。


 ――――お前はどこにも行けない。

 ――――分不相応に何かを為そうとするから傷つくんだ。


 自分の頭の中で、そんな言葉が今もぐるぐるとめぐり続けている。

 その声は、自分のものにとてもよく似ていた。





「…………っ!」


 飛び起きる。

 全身汗だくで、青い薄手のパジャマがびしょびしょだった。

 窓の外はまだ日が昇りかけだ。

 しかし合宿の訓練開始時刻の早さを鑑みると、二度寝は叶わないだろう。


「ほんま、やな夢……」


 反吐が出る。

 夢の内容も、そんな夢を見てしまうほど囚われている自分自身にも。

 

「んん……カガリぃ……待ってよ……」


 隣のベッドで何やら唸っているカガリを見る。

 ぐっすり眠っているのが微笑ましくもあり、妬ましくもあって、少しだけ悲しくなった。




 * * *




 午前からの訓練は、昨日と趣向を変えてプロキューズとの面談に近い形式だ。

 と言っても顔を突き合わせて話すばかりではなく、ひとりひとりに小さめの訓練室が提供され、招聘されたプロキューズと一緒にそこで訓練をするという形式。

 キューズは人気商売なので、本日の訓練開始の朝、合宿所を訪れたプロたちの紹介をされた時はそれはもう歓声が上がったものだ(サクラ的にはキリエがいなくて若干肩を落とすことになったのは秘密)。


 そしてさっそくサクラたちはそれぞれの訓練室に入ることになった。

 この訓練場も最条学園の施設と同じく、空間のクオリアの力が使われており、大量の部屋が圧縮された状態で存在している。

 サクラは訓練場内に設置された透明な筒形のスペースに足を踏み入れ、端末にリミッターを当てる。すると身体が光に包まれ、気が付くと目的の訓練室に転送されていた。

 全体的に白っぽいダンスレッスン室のような部屋だ。眩しさにちかちかする目で何度か瞬きすると、だんだんと視界が鮮明になってくる。


「へえ、最条学園の子か」


 甘めの声質だが、落ち着いた喋り口調。

 サクラには聞き覚えのある声だった。


「あ、赤夜(あかしや)ネムさん?」

 

「私のこと知ってんの? なら自己紹介はいらないか」


 小柄な身体にオーバーサイズのTシャツ、脇にはファンシーな枕を抱えていて、頭にはナイトキャップ、額にはアイマスクを当てた女性。

 この『今から寝ますけど?』みたいなスタイルで佇んでいるのが、プロキューズの赤夜(あかしや)ネムだ。

 

「はいっ、以前昇格試験で試験官を務めてくださってましたよね?」


「あー、あん時合格してた子かあ! いーじゃんいーじゃん、有望だぜ君」


「あ、ありがとうございます!」  


 ネムは今思い出したらしく、何やら楽しそうにサクラの背をバンバン叩く。

 小さな手からは考えられないほどの威力で、思わず咳き込みそうになった。


「さて、挨拶はこのへんで。今日は個別訓練なんだけど、その前に生徒たちの今の力量を見ることになってるんだ」 


 まどろっこしいことしなくても一発やりあえばすぐなのにな、と小さくつぶやくネム。

 

「力量を……?」


「ああ。今何ができるか、どういう技を持っててどういう戦法が取れるかを説明しながら実際に見せてくれ。それを見てから訓練の方針を決めていく。あ、ちなみに今日の訓練に限った話じゃなくて今後の方針――どこを伸ばせばいいか、それとも欠点を補っていくべきなのかを査定する目的な」


「な、なるほど」

 

 今の自分の実力。

 それらをすべて見せて、プロに方針を考えてもらえるというのはかなり貴重な機会だ。

 生徒会役員であるサクラならキリエやココなど身近なプロに頼めるのかもしれないが、普段会うことの無い相手に教えてもらえるというのは貴重な機会だ。


「えーっとどれだ……これか」


 ネムがタブレットを操作すると、サクラの前方の床が開き、巨大な人型のバルーンが飛び出した。

 最条学園近くにあるトレーニングセンターにもあった、クオリアをぶつけるための標的だ。


「サクラのクオリアはなんだっけ?」


「雷です!」


「いいもん持ってるねえ。ほんじゃ見せてもらおうかな」 


 はい、と答えつつサクラは両手に雷を走らせる。

 

「えっと、メインに使ってるのはこの雷の矢です。初めは指先から出してたんですが、今は身体の近くなら空中を発射点にできるようになりました。今のところ最低限の威力を保ったまま一度に撃てるのはだいたい10発前後、軌道を変えたりもできますけど同時に操作する本数が増えるとコントロールが甘くなります」


 人差し指と中指を束ね、その先端から雷の矢を放つ。

 直撃したバルーンは大きく傾いたが、細い白煙を上げながらダルマのように直立する。

 そこへ向かってさらに身体の周りに作り出した矢を10発連続で一気にぶつけた。バルーンは衝撃に耐えかねてあえなく破裂した……かと思うと、まったく同じものが再び床下からせり上がってくる。


「なるほど、最条の真似か」


「え、えへへ。一応そうです」


「良い技だ。しっかり鍛えてきてるのがわかる……他には?」 


 なんだか面接みたいになってきた。

 緊張を覚えつつ、サクラは次の技に移る。


「今の矢の派生なんですけど、矢を腕に宿して殴ったりもします。こんな感じ……でっ!」


 雷の矢を一本発動し、右腕に装填する。

 ビリビリとした軽い痛みを感じながら、燐光を放つ腕を確認したサクラは一気に踏み込むと渾身の拳をぶつけた。

 直撃を受けたバルーンはひときわ大きく膨らむと、再び破裂した。


「このバルーン、チープな見た目に反して衝撃を拡散する機能があってかなり頑丈なんだが……中々の威力だな」 


「あ、ありがとうございます! 矢の本数を増やすともっと強くなるんですけど、あんまり増やし過ぎると腕がズタズタになります」


「リスク付きか。気をつけて使えよ」


「了解です! それで次は、」


「まだあるのか? そう言えば天澄って確か学園都市に来たのは高校からだったよな?」


「はい、四月からですね」


 つまり、クオリアを使い始めてから数か月。

 普通では考えられない成長速度だ。

 ネムは手元の資料をもう一度読み返す。ネイティブ――先天的クオリア覚醒者。

 だがそれだけの理由で短期間にここまで仕上がるものだろうか。


 ネムはプロだ。

 中学から学園都市に身を置き、クオリアを鍛えたり周囲のライバルと切磋琢磨してここまで登りつめた。

 その道程が決して易しいものではないことも知っている。


 サクラは見る限り、そこまで要領がいいタイプにも見えない。

 大した努力も無く成長してきたようにも見えない。

 つまりは短期間で成長を余儀なくされるほどの環境に置かれた――ということだ。


「ネムさん?」


「あ――ああ、いやなんでも無い。次を見せてみな」


 あどけない表情を向けてくる、この天澄サクラという少女。 

 ネムの目には、彼女がきらきらと輝いていて、同時にとても危ういものに見えてしまうのだった。

 

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