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123.ふたつにひとつ


 何となくばたばたとした入浴を終えると(例の発言については顔をリンゴみたいにしたアンジュに訥々と叱られた)、すぐに消灯時間がやってくる。

 合宿というと、友人などと同じ部屋で寝泊まりすることから夜はそれはもう盛り上がりそうなものだが、実際は違う。

 

 例えば運動部ともなると日中ずっと激しい練習をすることになるので、夜になると寝ることしか考えられなくなるのだ。

 これはキューズの訓練でも同じこと。むしろ身体に加えてクオリアまで絞り出していることを考えると、心身への負担はさらにかさんでいることだろう。


 そんな合宿初日の夜。

 それぞれ自室のベッドに寝ころんだ二人は、わずかにひそめた声で言葉を交わしていた。


「しょうじき……合宿って聞いてわくわくしてた部分はあったんですよ」


「わたくしはそうでもありませんでしたけれど、そうなんですのね」


 嘘である。

 サクラとの合宿参加が決まってから毎日そわそわしていたし前夜はろくに眠れなかった。

 その影響を本番に持ち越さないのが彼女が山茶花アンジュたる所以ではあるのだが。


「お友達と同じ部屋で寝るとか、実は初めてだったもので」


「そ、そう」


 中学生の時の修学旅行はどうしていたのだろう、と疑問を持ったが、アンジュは何となく踏み込むのを辞めた。

 彼女は知る由もないことだが、サクラは小学校高学年から中学校卒業までの期間を自室に引きこもって過ごしていたので、そういった経験がない。

 引きこもる前も友だちこそいたもののいわゆるお泊まりはしたことが無かった。


「消灯時間が終わってからもこっそり遊んだりとかお話ししたりとか、いろいろ考えて……トランプとか持ってきてたんですよ。5セットほど」


「まあ宿泊だと定番ですわよねって5セット!? あなた何十人で遊ぶ見積もりでしたの!?」


 驚愕に目を見開くアンジュ。

 当のサクラはすでに船を漕ぎ始めている様子だった。


「でももう……疲れちゃって……」


「わたくしも疲れてますわよ……主に今のツッコミで……」


「んんーん……」


 とうとうぐずり始めた同級生を前に、これはもうダメだと見切りをつける。

 さすがのアンジュももう眠いのだ。限界までクオリアを使っては交代して、また順番が回ってきたらクオリアを出し尽くして――というような肺活量の訓練じみた地獄のローテーションをした結果、体力はほとんど使い果たしている。

 サクラの手前情けない姿を見せたくはないので体裁は保っていたが、そろそろ限界が近い。


 しかし、サクラは沼のような眠気に浸かりながらも心の奥に引っかかるものを感じていた。

 リッカのことだ。

 ぺらぺら吹聴することではないが、抱えきるのも難しい。彼女のことが気になって仕方ないのだ。

 どうにもできないのにどうにかしたい。そんな矛盾が、蕩けるような意識の隙間から零れだした。


「アンジュちゃん……」


「ん?」 


 寝に入ろうとしていたアンジュだが、サクラの呼びかけにぱっと顔を向ける。

 本当にいい子だな、とサクラは口の端を緩めた。


「あの……例えばすっごく頑張ってるキューズがいたとして、でもその子が抱えてる努力じゃどうしようもない事情で報われなかったり中傷されたりするんです。それって、どうしたらいいんでしょうか……」


 ふわっとした説明だったと思う。

 具体性は無く、どうとでも取れる内容――普通なら適当に返して適当に流せばサクラは眠りに陥りこの話は無かったことになるだろう。

 サクラ自身そうなるだろうと理解していて、それでも聞いてしまった。

 

 だが、アンジュはそうはしなかった。

 ベッドから身体を起こして、口元に手を当てて考え始めたのだ。彼女も疲れているだろうに。


「……そうですわね。その事情とやらが何かはわかりませんが、本人の意志ではどうしようもない……となると生まれつきのもの、ここでは仮に持病としましょうか」


「えっ」


「持病を抱えたままだと心身を激しく使うクオリアの試合は厳しいですわよね……」


 思わず眠気が飛ぶ。

 そういえばアンジュはリッカの事情をある程度本人から聞いている。

 おそらく、気づかないふりをして答えてくれているのだろう。

 サクラは考えの足りなさに少し恥ずかしくなった。


「まず、病気はどうしようもありません。治せるものならとっくに治しているでしょうし、付き合っていくにしてもキューズをやりつつというのは現実的ではないでしょう」


 そもそも持病があるのをわかっていながら入学させるというのは、あまり看過できるものではありませんけれどね――と補足して、アンジュはなおも続ける。


「ですが、努力しているということはハンデの重さをわかっていながらキューズを続けたいということでしょう」


「……はい。そうだと思います」


 リッカは身体のことをおしてまで合同合宿に参加した。

 それは心配をかけないようにするというだけではないはずだ。

 他の同学年の子と同じく、強くなりたいから。

 対抗心の強さはその表れでもあったのだろう。


「でも自分ではどうしようもない……そんな時、選べる道は二つです」


 アンジュは人差し指と親指を立てると、まず人差し指を折る。


「ひとつはすっぱり諦めてしまうこと。ですがこれは、聞いている限り簡単ではないでしょう」


「そう、ですね」


 簡単に諦められるなら、あんなに苦しそうな顔はしない。

 合同合宿にだって来るはずがない。

 目を伏せるサクラに対し、アンジュは親指を折る。


「もうひとつは――人に頼ること」


「人に……頼る」


「そう、あなたが苦手な方法ですわね」


「さ、最近はちょっとずつできるようになってきましたよ!」


 そうかもしれませんわね、とアンジュは楽しそうに笑う。

 やっぱり人に頼れない子だと思われていたのか、と羞恥に頬が熱くなるのがわかった。


「自分ではどうしようもないなら人を頼るしかありませんわ。面目なんて考えずに頼って頼って……そうすれば、糸口のひとつやふたつ見えてくるでしょう」


「…………」


 リッカはそれを良しとするだろうか。

 そもそも心配をかけたくない、憐れみを向けられるのが嫌だから事情を口にしない子だ。

 なら人に頼ることも拒否してしまうのではないだろうか。


 その気持ちを尊重するのならば。

 サクラがどうこう言えることではないのではないだろうか。


 ――――でも心配するなって言われたって無理だよ。どうしたって気になるし、元気かなって思うもん。


(でも、カガリちゃんの気持ちは?)


 このままリッカの抱える問題が解決しないままでは、カガリまで辛い想いをし続けることになる。

 もしかしたらお互いを想い合う二人が離れる結果を迎えるかもしれない。

 それは、いやだ。どうしても。


「……ありがとうございます、アンジュちゃん」


 少しだけ固まった気がする。

 道の先はわからずとも、踏み出す方向だけは見えた。


「あなたはまた人のことを考えてますのね」


 アンジュは眉を下げて笑った。

 悲しげで、しかし少し嬉しそうな笑顔だった。


「す、すみません」


「構いませんわ。それが天澄サクラ(あなた)ですもの……まあわたくしから言えることがあるとすれば、他人のことを気にしすぎると足元掬われますわよ」


「はい。肝に銘じておきます」


 それから、どちらからともなく「寝ましょう」と言い合って。 

 部屋の電灯を消して、すぐに二つの寝息が空気を震わせた。

 初日の夜はあっという間に更けていく――――


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