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122/208

122.裸の付き合いって恥ずかしいのは最初だけでわりとすぐ慣れちゃうよね


 でかい合宿所は脱衣所もでかい。

 サクラは目の前に広がる光景に目を丸くしていた。


「アンジュちゃん! すっごい広いですよ! うちの教室の何倍もあります!」


「そうかしら……?」 


 が、アンジュはあまりピンと来ていない様子だった。

 やっぱりおうちが広いからかなあ、などと適当に考えるサクラだったがその想像は外れで、実際は裸の付き合いを目前にして脳のキャパシティが限界を迎えようとしているだけである。


「それにしてもお風呂があと30分って短いですよね。アンジュちゃんは髪が長いから乾かすのに時間がかかっちゃいそうです」


「それについては諦めてますわ。あとで部屋に帰ってから乾かせばいいだけの話で――――ちょっともう脱いでますの!?」


「え? はい。あれ、もしかして何かダメでしたか?」


 一瞬目を離した隙に、サクラは薄手のシャツを脱いで脱衣カゴに放り込んでいる。

 上半身は下着だけだ。アンジュは思わず目を逸らしておぼつかない足取りで少し離れたカゴに歩み寄った。


 アンジュはサクラのことが好きだ。

 しかし、しかしだ。あくまでもそれは内面に惹かれただけであって外見は関係ないのである。

 学園都市に名が轟く名家のお嬢様はそう自分に言い聞かせる。


 だがどうしても顔が熱い。

 これから自分も脱がなければならないのに。いや、そもそもお互いすっぽんぽんになることは決定事項なのだからこれくらいで動揺していては話が始まらないのだが。


「ええい女は度胸ですわ!」


 シャツにショートパンツといったシンプルな部屋着を勢いよく脱ぎ捨て、そのまま下着もカゴに突っ込むと、アンジュは足早に浴場へと突撃していった。

 その様子を唖然と見送ったサクラだったが、慌てて自分も脱ぎ始める。


「ま、待ってくださいよう」


 ほんのり温かいヒノキの床をぺたぺた歩いて、アンジュの後を追った。




 * * *




 大浴場は他にも何人かの生徒がいて、もうもうと上がる湯気の中、湯船にゆっくり浸かっているものがほとんどだった。

 サクラは自前のボディソープで一日分の汗にまみれた身体を泡立てながら、先ほどのカガリとの話を――その続きを思い返す。


 リッカは自分の身体のことで幼馴染のカガリに心配をかけたくなかった。

 だが、カガリとしてはどうしても心配してしまう。

 それは義務感ではなく、ただリッカのことを想っているからだ。ふと気づけば彼女のことが頭に浮かんでしまう……それは本人にだってどうしようもない気持ち。


(……あたしはリッカちゃんの気持ちの方が理解できる、かも)


 サクラは誰かを助けるためにしばしば無鉄砲な行動を取る。

 だから周囲に心配をかけることが多いし、実際に指摘されたこともある。

 特にもっとも距離の近い友人としていつも自分の身を案じてくれるハルにはよく心配をかけていて、悲しませてしまったことも一度や二度ではない。


 それ自体は申し訳なく思うものの、それと同時に心配をかけてなお『心配しないでほしい』という気持ちが心の大部分を占めていることは否定できない。

 自分ひとりで問題に向き合いたいときもある。それは間違いない。


 だが難しいのは、そういう時に本当に放っておくのが正解かというと、そうでもないということ。

 ひとりきりだとがむしゃらに突っ走ったあげく崖から転落してしまうことだってある。

 そこで無理にでも止める役は必要なのだ。


 以前エリを失って失意に沈むサクラを、黄泉川ココは無理やり引っ張り上げてくれた。

 とてつもない力と想いの強さで、立ち上がる力をくれた。

 あの時のことは、感謝してもし切れない。


(だから……リッカちゃんが嫌がったとしても、誰かが支えてあげることは間違ってないんじゃないかな……)


 それでもリッカの頑なさを突破するのは生半可なことではない。

 カガリは病弱なリッカのキューズ活動についても話してくれた。

 別地区でサクラと同じDランクに最速昇格した類いまれなる才を持つ彼女だが、体調を鑑みてあまり大会には出られていないらしい。


『……期待、されてたんだ。あの子。とにかく強くて、昇格試験なんかも余裕で合格しちゃって……』    

『だからDランクに上がって大会に出られるようになって色んな人からそれなりの成績とかを期待されてたんだけど』


 そこでカガリは一度口をつぐんだ。

 他の意見をなぞるだけでも拒絶したがっているように。


『……体調が悪かったり発作を起こしたりして、直前で大会の出場をキャンセルしたりとか……そもそもあまり大会のエントリーができなかったりとかで、いろいろ中傷を受けたんだよ』

『やる気がないとか、期待してたのにとか、キューズを舐めてるとか』

『み、みんな勝手だよ。そりゃ事情を知らないから仕方ないのかもしれないけど、知らないからってなに言っても良いわけじゃない』


 リッカは事情を説明しようとしなかったのか、とサクラは聞いた。

 するとカガリは悲しそうに首を横に振った。


『絶対に言わないって。お前も絶対に口外するなって言われたよ』

『憐れまれるのが一番悔しいからって』

『うちのことは気にしなくていいとか……さ。気にするに決まってるよ』

『あんなに悲しそうな顔で言われて放っておけるわけない。リッカは強い子だけど、傷つかないわけじゃない』

『心が痛まないわけじゃ――ない』 


 カガリは心底悔しそうに唇を噛みしめ、膝の上で震えるほどに手を握りしめていた。

 触れれば爆発しそうなほどに胸中で複雑な感情が渦巻いていることが見て取れた。

 かける言葉は、やはり見つからなかった。


『だけど私にできるのは傍にいることだけだから』

『それも最近は、させてくれないみたいだけど』


 悲しそうに笑ったカガリは、はっと何かに気づいたように驚いた。

 するとすぐにわたわたと慌て始め、ぺこぺこと頭を下げ始める。


『ご、ごめんね! いきなりこんなこと言われても困るよね!』

『気遣わせちゃうよね……』


 そんなことは構わない。

 むしろ教えてもらってよかったのかとすら思う。

 

『い、いいの? でも……やっぱりごめん』

『でも、天澄さんには知っててほしかったんだ』

『リッカを助けてくれた、君には』


 そうして、カガリはお互い合宿頑張ろうねと言葉を残して(実際にはかなり噛み噛みだったが)何度もお辞儀をして去って行った。


「……………………」


 ざああああ、と首元に当てたシャワーのお湯が身体を伝い落ちていく。

 お湯に押し流される泡が排水溝に飲み込まれていくところまで見送って、ため息をついた。


「…………っと」


「うーん……」


「ちょっと! サクラ!」


「えっ」


 隣から聞こえた呼び声に従って目線を動かすと、そこには身体にタオルを巻いたアンジュが身体を洗っていた。

 どこに内臓が入っているのか、そもそも数が足りているのか不安になるほどにほっそりとした白い肢体は、今は浴場の熱気でほんのりと色づいている。

 その頬に至っては輪をかけて赤くなっていて、暑いのかなとサクラは勝手に想像した。


「さっきから呼んでるのに、もう!」


「ご、ごめんなさい! ちょっと考え事してて」


「……まあ、いいですけど」


 そう言ってアンジュはシャワーで髪を濡らす。

 いつもふわふわな赤毛が真っすぐ降りて、なんだか新鮮だった。


「合宿、なかなか大変ですわね。わたくしは問題ありませんけれど」


「そですね。へろへろになっちゃいましたよー」


 すでに疲労で若干の眠気が瞼を上から押し下げようとしているのがわかる。

 それに早くも筋肉痛の片鱗が全身のあちこちに感じられ、明日はさらに地獄かもしれない……と身を震わせたくなる。

 手に自前のシャンプーを出し、頭に付ける前に泡立てると、二の腕あたりに疲労感から来るずしりとした重さを感じた。


「…………」

 

「えっと」


 若干気まずそうに、サクラはアンジュの方を向く。

 アンジュの視線は眉を下げるサクラの顔――ではなく、少し下に注がれていた。

 

「あんまり見られるとちょっと恥ずかしいですー……」


「……えっ!? は、え? 見てませんけど!?」


 顔を真っ赤にして取り繕うアンジュの手から洗面器が落ちて浴場に突き抜けるような音を響かせる。

 その拍子に何人か他に入浴している生徒たちがこちらを見たが、すぐに興味を失った。みんな疲れているのだ。

 

 それにしても、とサクラは自分の胸元を見下ろす。

 同年代と比べると中々に育っていると言えるサイズ。

 アンジュもきっと疲れているのだ。疲れている人に言ってあげるといいセリフを、確か前にネットで見た。

 

「あの、アンジュちゃん」


「な、なんですの」


 アンジュは不自然に身体ごと向こうを向いている。

 よく見ると、その耳朶は爆発寸前の爆弾のように赤く染まっていた。

 そんなアンジュに、サクラは――めいっぱいの気づかいという名の最後通告を叩きつけた。


「あたしのおっぱいさわっていいですよ」 

 

「触りませんわよっっ!!」


 その大音声は、やはり浴場に響き渡り。

 山茶花アンジュはたいへん恥ずかしい想いをするのだった。


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