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120.おともだちができました

 

 サクラとアンジュが食堂で夕食を摂っていたところに現れたのは、昼間に発作を起こして医務室に連れて行った少女、氷室リッカだった。 

 その後ろに隠れるようにして、同じ学校で幼馴染らしいカガリもついて来ていた。

 人が苦手なのか頼りなさげに目線を彷徨わせている。


「あなたは……助けたというのは?」


 ごくり、と息を吞む。

 アンジュはリッカの身体のことを知らない。

 その事情を隠そうとサクラが決めたのを見計らったかのように、リッカが現れたのだ。

 『サクラが自分を助けてくれた』と。


「うち病弱やから。発作起こしてたところを医務室に連れて行ってくれたのが天澄やったってわけやな」


 なんでもないことのようにそう言って、リッカたちはサクラたちの向かいに座る。

 「いいんですか?」と視線で問うと、衒いなく笑う。

 

「そんなことが……その、大丈夫なんですの? かなりハードな訓練だったように思うのですけど」


「万事おっけーや。ちょっと休んだら死ぬほど元気になったわ」


 リッカの言う通り、確かに元気そうに見える。

 少なくとも表面上は。

 カガリはどう思っているのだろう、とこっそり視線をよこすと、あからさまに目を逸らされた。警戒されている。


「……朝はちょっとピリピリしてたんで、ああいう絡み方してもうたんや。ごめんな」


 そのピリピリしていたというのは――おそらく、身体のことを抱えたまま合宿に参加することなのだろう。

 それはきっと爆弾を抱えているようなもので……サクラには想像することしかできないが、あまりいい気分には思えなかった。


 ともあれ、リッカとしては隠さない方針らしい。

 その深刻さを含まずに考えても、医務室でも明るく振る舞っていたことを見ると、あまり重くとらえてほしくないのかもしれない。

 周りに心配をかけていた――という来歴を考えると、色眼鏡で見られるのを避けているのだろうか。


「……そうですか」 


 そんな心情をくみ取ったのか、アンジュはあまり深堀する気はないようだった。

 アンジュのそんな人の心情を慮れるところが、サクラは好きだった。


「なあなあ、それでさあ、訓練中に小耳に挟んだんやけど――山茶花ってあの山茶花家の子なん?」


 ”あの”。

 山茶花家というのはどれだけ有名な一家なのだろう。

 学園都市に縁の無かったサクラはとんと知らない。

 そういえばアンジュから家族のことについて話を聞いたことはなかったな、なんてふと思う。


「ええ、まあ」

 

 アンジュが端的に肯定すると、リッカは目を輝かせた。


「ほんまにー!? じゃあお嬢様やん! すげー!」


「ちょっ……顔が近いですわ」


「ごめんごめん。お嬢様っていうのにちょっと憧れがあってなー。実物と会えるなんて思わんかったんや」 


 思わずといった調子で乗り出した身体を引きつつ、リッカは少し照れくさそうに笑う。

 

「確かに、あたしも学園都市に来て初めて見ました」


「せやろ? 学園都市はキューズの育成が盛んやし、代々キューズの名家とかも結構あるって聞いてたんやけど……周りには全然おらへん」


「広いですものね、学園都市。社交界なんかではそういう家が集められたりしますけれど、やっぱり全体から見ると割合としては少ないと思いますわ」


 学園都市には華道や茶道と同じように、キューズの技術や精神を伝え遺す家がいくつもある。

 クオリアを軸に成り立っている学園都市においてかなりの力や影響力を持っているのは間違いないが、それでもやはり少数派。

 キューズの内訳としては学園都市外からやって来た少女の割合が圧倒的に多い。


「リッカちゃんはお嬢様が好きなんですねー」


「ちゃうねん、好きっていうか憧れがあんねん。昔見てた子供向けのアニメに出てたお嬢様キャラが好きでな」


「それは好きじゃありませんの?」


「……そうなんかも」


「り、リッカって昔おばさんのドレス押し入れから引っ張り出して勝手に着てすごく怒られてたこと、あったもんね。『これでうちもおじょうさまー!』とかって……」


「うわー! そんなん言わんでええねん!!」


 赤面して慌てふためくリッカに、笑い声が広がる。

 とりあえず元気そうで良かった、とサクラは胸をなでおろし――全員でSIGNの交換をして解散となった。




 * * *




~最条学園・双星学園合同トークルームにて~


《ちゃうねん》


《リッカちゃん、どうしたんですか?》


《なかよしこよしするために来たんちゃうかってん……》


《その割にはわたくしたち四人のトークルームまで作って》

《ノリノリでしたわ》


《リッカ嬉しそうだった》


《あーあー聞こえんわー》

《でも一期一会は大事にせえっておばあちゃん言うてたし》

《ライバルと仲良くしたってええよな?》


《いいと思いますよ!》

《あたしも仲良くなれて嬉しいです!》


《やんなー!》

《やっぱサクラはわかっとるわ》

《そういやお嬢様ってことはアンジュのお家ってやっぱりメイドとかおるん?》


《ええ、正確な人数は把握しきれておりませんが》

《実家にいたころはお世話になりましたわ》


《はえー、そんなにおるんや》

《給料とかやっぱりイイ感じなんやろか》


《リッカ、下世話だよ……》


《打ってて自分でも思たわ》

《悪かったからカガリは隣のベッドからジト目向けるんやめて》


《アンジュちゃんにはお付きのメイドさんもいるんですよ!》

《今は寮で二人暮らししてるんですよね?》


《ええ、まあ》

《頼りになるのかならないのかわからない子ですけど、家事に関しては完璧にこなしてくれるので》

《助かってますわ》


《マジのやつやん》

《そういうのってフィクションだけやとおもてたわ》

《って、ちゃうちゃう》

《こういう話がしたかったんと違うんよ》


《???》

《どういうことですか?》

《もしかして修学旅行にありがちな恋バナってやつのことですか》


《そうでもなくて》


《どうせ最条学園のわたくしたちから情報を引き出そうとか企んでたんでしょう》

《失敗したみたいですけれど》


《はっきり言うなや……》


《リッカはこういうの向いてないよ》

《見た目はそれこそ深窓の令嬢みたいなのに中身は正反対なんだもん》


《オイ、そういう言い方したら私があほみたいやん》

《というかカガリはチャットやと気が大きくなるよな》

《うちが直接手を出せる距離におることを忘れるなよ》




《リッカちゃん?》


《あいつ逃げたわ》

《まあ風呂の時間までには戻ってくるやろ》


《ならそろそろお開きにしますわよ》

《話すのはいつでもできますから》


《せやな》




 * * *




 合宿に参加する生徒は敷地内の宿泊施設を利用することになっている。

 高級ホテルに勝るとも劣らない施設で二泊三日を過ごすことになるのだ。

 一般市民のサクラとしてはあまりの場違い感に気後れするばかりだったが――――


「……あなた、一時間くらい前は『こ、こんな立派なところに泊まっちゃっていいんでしょうか……! ほんとにタダでいいんですか!? あとで請求されたりしません……?』なんてびくびくしていたのに」


「はい、なんですか?」


「馴染み過ぎじゃありませんこと?」


 微妙な目線を投げてくるアンジュに、サクラはこてんと首を傾げる――ふかふかのベッドに寝ころびながら。

 

「ほーれすかねー」


「ベッドの上でクッキー食べるんじゃありませんわよっ! 食べかすがぽろぽろ落ちるでしょうが高級ベッドに!!」


「大丈夫ですよ、ほら……口元でちょっと湿らせてから食べるとぽろぽろしないんです」


「そんな工夫する前にベッドから降りなさいな……」 


 同級生の意外なだらしなさにがっくりするアンジュ。

 気持ちも若干覚めるというものである。


 とはいえアンジュの指摘はもっともなので、クッキーの箱をしまい起き上がるサクラ。

 友人と同部屋という状況に、少し浮かれているのだ。

 当然と言うべきか、施設の部屋割りは学園ごとになっている。

 それ以外のスケジュールも、基本的にペアで行動する段取りだ。


 こうして普段とは違った環境で過ごせるのは、短期間とは言えいい気分転換になる。

 その上他の学園の生徒とも交流できて、成長にも繋がるといいことづくめだ。

 明日からの訓練も頑張ろう、とこっそり決心していると、スマホに通知が来た。


(誰だろ……カガリちゃん?)


 チャットを介した連絡だ。

 端的に、話があるからラウンジに来て欲しいという旨。

 どうしたんだろう、と思いつつサクラはおもむろに立ち上がる。


「どうしましたの?」


「ちょっと飲み物買ってこようかなと思いまして」


「お風呂に遅れないように。二人一緒じゃないと入らせてもらえないそうですから」


「はーい」


 適当に返事をしつつ部屋を出る。

 その背中をじっと見送り、アンジュは深くため息をついた。


「お風呂……裸……」


 こっちはこっちで難儀な問題に直面しているのだった。


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