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12.副会長、襲来


 午前の授業が終わり、教師が教室を後にしたことで弛緩した空気が流れる。

 サクラはぐっと凝り固まった背筋を伸ばす。軽い疲労を感じつつ、さてハルに声をかけて昼食にしよう、と立ち上がろうとしたとき。

 ざわざわ、と教室の外が騒がしいことに気づいた。


「…………?」


「どうしたんだろうね」


 首を傾げていると、いつの間にかハルがそばに寄って来ていた。


 普段の無秩序な喧騒ではなく、指向性がある――何か騒ぎの源があるような。

 外の様子を伺っていると、その源はすぐに現れた。


「天澄さんはいる?」


「黄泉川先輩!?」


 思わず立ち上がる。

 黄泉川ココ。この最条学園の生徒会副会長だ。

 そんな彼女が姿を現した瞬間、さっきの喧騒は一転して静寂へと成り代わった。

 その姿だけで、一面に花が咲き誇ったかのような。


 ココはサクラの姿を認めると、つかつかと歩いて来る。

 その道を空けるように、クラスメイトたちはざざっと距離を取った。

 それは敬意からか……いや、どちらかと言うと恐れの方が近いかもしれない。

 彼女たちはココに近づくことを避けているようだった。


「…………、」 


 ココはそんな様子を一瞥すると一瞬だけ立ち止まり眉を寄せた。

 サクラは空いたスペースを抜けてぱたぱた走り寄る。


「よ、黄泉川先輩! すみません、生徒会のことですよね……! ごめんなさい遅れてしまって、あのその考えてないわけじゃなくてですね、むしろ考えすぎてわからなくなってきたというか」


「まず落ち着いてほしいのだけど。それに催促しに来たわけじゃないわ」


 え? と下がり続ける頭を上げる。

 なら副会長ともあろう方が一年の教室にわざわざ何の用だろう。

 ココは辺りを見回す。その視線に押しのけられるようにクラスメイト達はさらに一歩後ずさった。


「ここじゃ都合が悪いわね。そこの……リボンの子。この子の友達よね、ちょっと借りていくわ」


「は、はい」


 近くにいたハルは事情が分からないなりに頷く。

 

「じゃあ行きましょうか」


 猫のように静かな動作で歩きだすココのあとを、サクラは慌てて追いかけた。




 * * *




 昼休みの学食カフェはかなりの賑わいを見せていた。

 そんな中、ぽっかりと空いたスペースの中心――窓際のテーブルにサクラとココは腰を落ち着ける。


「プレッシャーをかけるみたいで良くないとは思ったんだけど」


 ココは器用にフォークを使ってシーザーサラダを口に運ぶ。

 そんな単純な所作が恐ろしく様になっていて、貴族の食事風景かな? と思わされる。


「あれから何日か経ったでしょう。たぶん悩んでる上に気に病んでるんだろうなと思ってね」


「もしかして心配してくれたんですか?」


「……そういうわけじゃ、ないけど」


 ふい、とココは目を逸らす。 

 そういえばこの人はあの生徒会室での話の後もすぐにフォローに来てくれたのだ。

 表面は冷たく見えるのに、すごく温かい思いやりを感じる。


「やっぱり先輩は優しい人ですね!」


「違うのよ。キリエは……会長はこういうことに無頓着というか、いまいち気が回らないタチでね。そうでなくても忙しいからこういう役回りが私に来やすいだけ」


「やっぱりキリエさ……最条先輩って忙しいんですか」


 ココは頷きながら小さくため息をつく。


「キューズ代表みたいなものだしね。あと顔がいいでしょ? それに人当たりもいい。そうなると……来るのよね。仕事が、たくさん」


 ため息混じりのココが言うには番組出演や雑誌の表紙、インタビュー等々……人気になるほどそういった外部のメディアに出ることも増えるらしい。

 サクラはキューズやクオリアを知ってまだ浅いが、それでもテレビでキリエを見かけることは少なくなかったように思う。


「そうなると私が割を食うのよ。副会長だから、会長代理としてね」


「黄泉川先輩はメディアのお仕事ないんですか?」


「あの子に比べたら全然よ」


「先輩すごく美人なのに」


「…………」


 無言でフォークをレタスにざくざくするココの頬はわずかに赤く染まっている。

 もしかして照れているのだろうか。


「とにかく、返事は急がなくていいってこと。焦って勢いで決めるんじゃなくて、ちゃんと自分の中で落としどころを付けてから結論を出しなさい」 


 話を逸らされたような気がしたが、ココが心配してくれていたということだけは理解した。

 本当に面倒見のいい人だ、と感服する。

 ここまで気を配ってくれると、なにかお礼をしたくなってしまうくらいだ。


「先輩、ほんとにありがとうございます」


「別にいいわよ。どうせ生徒会以外用事もないのだし、たまには役員以外の人と接するのも悪くな――――」


「お礼にあたしのおっぱい触っていいですよ!」


「げほっ」 


 唾液が気管に入ったのか、そのまま身体を折り曲げて何度か咳き込むココ。

 サクラは向かいに回るとその背中を慌ててさすった。


「だ、大丈夫ですか?」


「い、いきなり何を言うの……」


「? お手数をおかけしたお詫びにあたしのおっぱいを差し出そうとしたんですけど……やっぱりあたしのなんかじゃ満足できないですか」


 突っ込みどころが多すぎてどこから訂正するべきだろうかとココは頭を抱えたくなる。

 目の前で一年としては大きめの胸を持ち上げて首を傾げているこの後輩は一体何を考えているのか。


「まず私は胸を触りたいなんて一言も言っていないし、そもそもお礼にそれってどうなの」


「でもおっぱいを触ると癒されるってネットに書いてありましたよ?」


「今すぐスマホ捨てなさい」


 何度目かのため息をつく。

 サクラの人当たりが良いようで話を聞かない感じがココには覚えがあった。

 この少女はあの生徒会長を――キリエを彷彿とさせる。

 変な子ね、と顔を上げると当のサクラは何やらきょろきょろしていた。


「どうしたの?」


「さっきの教室もそうだったんですけど……どうして先輩を遠巻きにするのかなって」


 サクラの言う通り、学食カフェはそれなりに賑わっているのにサクラたちの周囲の席には誰も座っていない。

 何となく、こちらを気にしていない振りをしつつ気を張っているような。

 妙な感じだった。


「あなた、もしかして私のクオリアを知らないの?」


「えーっとその、クオリアに関してはまだまだ不勉強でして。ごめんなさい」


「いいけどね。私の力は……」


 少しだけ、躊躇うように喉が詰まった。

 目の前で明るい笑顔を浮かべるこの少女は、この力を知ればどう思うだろうか。


(……………………)


 ココは内心で自嘲する。今さら何を、と。


「私の力は思念のクオリアよ。精神系の頂点に位置する能力で、心に関する事なら何でもできるわ」


「あっ、だから念話ができたんですね!」


「それだけじゃないわ。例えば読心。他人の考えくらいなら触れずとも読み取れるし、なんなら軽い洗脳くらいならお手の物よ」


 これを知って警戒しない者はいなかった。

 心を読まれるだけでなく、思考を弄られるかもしれない。そう知って距離を置かずにいられる者は極めて少ない。

 強靭な意志の力を持つ者――引いては鍛え抜かれたクオリアを持つ者ならある程度の耐性があるが、そんな耐性を持っていたところで抵抗はあるだろう。

 

 だから試した――翻弄されたことに対するちょっとした仕返しに。

 この無防備という言葉が制服を着て歩いているような少女は自分の力にどんな反応を見せるのかと、気になったからだ。

 だが。


「へええ……それはすごいですねっ!」

 

「え?」


「え?」


 ココが困惑に眉をひそめると、サクラも合わせたように首を傾げた。

 まるで衒いの無い反応。


 普通の人は警戒する。後ろ暗いところのある人は露骨に距離を取る。

 ココの能力への恐れを捨てられる者はまずいない。それこそあの最条キリエを始めとした生徒会役員くらいのものだ。

 だから、なんの変哲もないこの天澄サクラと言う名の少女がまったく恐れを抱いていないことが不思議だった。


「あなた、私のクオリアが怖くないの? 心を読まれたり、洗脳されるかもしれないのよ」

 

「怖い……ですか? いえ、全然! だって読まれて困ることは考えてませんし、操られて困るあたしもいませんから! そうだ、試しに心を読んでみてくださいよ!」


 むん、と胸を張るサクラ。

 やはり警戒は感じられない。この少女は気づいているのだろうか。

 その対応が、裸でジャングルを散歩するようなものだということを。


 心を読めば、例えば口座やクレジットカードの番号だってわかる。

 洗脳すればあらゆる悪事に利用することもできる。


 それをしないのは、ひとえに黄泉川ココの良心ゆえだ。

 彼女は自身の力がもたらす影響の大きさを正しく理解している。だから、試合以外では相手の許可がない限り使わない。

 もちろん、使わない意志を主張しても周囲の警戒心を無くすことはできない。

 わかっていても恐ろしい。それが人間の心だ。


 だからこそサクラの振る舞いが信じられなかった。

 

「なら、読んでみようかしら」


 髪と同じ薄紫色の瞳が淡く光る。ココのクオリア使用を示すサインだ。

 目の前で屈託のない笑顔を浮かべている後輩と思考のチャンネルを繋ぐ。

 心の形は、イメージとしては球体。まずはその表層から触れ、顕在化している思考から探っていく。


(…………!) 


 まず驚いたのは、抵抗の無さ。

 どんな人でも心を読まれる際は無意識に抵抗する。

 感覚的には水に潜ろうとするとき、浮力に妨げられるのによく似ている。

 しかしサクラの心にはそんな抵抗が一切無い。するすると重力に従うかのように、どこまでも潜り込んでいける。


(……切り上げましょう。気を抜くとどこまでも沈んでいきそうになる)


 クオリアの使用を中断すると同時、ココの瞳の光も消える。

 

「どうでしたかっ?」


 サクラは何事もなかったように目をきらきらさせている。

 そんな顔を見ていると、ココはだんだん心配になって来た。


「……あなた、もっと自分を大事にしたほうがいいわ」


「はえ?」


 何を言っているのかわからないと言った調子で小首を傾げたサクラ。

 大丈夫なのだろうか、と思いつつ、ココは先ほどの読心で掴んだことについて思いを馳せる。

 こんなとぼけた子にも(失礼)抱えているものがあるのだ。


「あなた悩みがあるでしょう。自分のクオリアが通用しない。これからどう成長すればいいのかわからない……って」 


「な、なんで知ってるんですか……って、心を読んだんだから当たり前ですよね、えへへ。そうなんです、クラスの子との模擬戦で攻撃が全然当てられなくて……」


 動かない的にならいくらでも当てられる。

 しかし実戦となると話は違っていた。ミズキとの模擬戦で、ろくに攻撃が当たらなかったのだ。

 命中さえすれば必殺級の威力を持つ技があるだけにもどかしい想いだった。


「いいでしょう、私が稽古をつけてあげる。着いてきなさい」


「え、黄泉川先輩? 稽古って、ええー!?」


 昼食の乗ったトレイを持ってすたすたと歩き出すココに、サクラは慌てて着いていく。

 ココは振り返らない。

 口にすることは何もなく、後輩を引き連れて進む。


「ああああの、やっぱり申し訳ないです!」


「良いから着いてきなさい。先輩命令」


 そこまで言われてしまうと着いていくしかない。

 これくらい無理に言わなければ遠慮するだろうと見込んでのことである。

 

 そんなこんなでサクラは昼休みの残りを先輩との訓練に捧げることになったのだった。


黄泉川ココ

好きなもの:読書(登場人物の心は絶対に読めないから) 人のいない場所 ラーメン 

嫌いなもの:カエル 虫全般 玉ねぎ

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