117.三泊四日の合同合宿
合同合宿当日。
サクラたちは最寄り駅から七駅ほど離れた場所にある合宿所を訪れていた。
「おっきいですねー!」
「そうですわね。最条学園に勝るとも劣らないスケールですわ」
感嘆の声を上げるサクラに対して、他の参加者――山茶花アンジュは冷静そのものだった。
赤くふわふわな髪は、真夏だからか高い位置でひとつにまとめられている。
二人の目の前に広がるのは宿泊を前提としたトレーニング用に建造された施設、甘姫合宿所。
宿泊施設、トレーニング施設、試合場――それぞれ多種多様な施設が所狭しと敷き詰められている、キューズを短期間にみっちり鍛え抜くことを目的とされた場所。
名前の通り合宿に使われることが多く、今回は同じ学区内の各学校が特に有望な生徒を集めた合同合宿を行うために利用される。
「参加者、あたしたちだけなんですね。もっと他にいるのかと思ってました」
「まあ一年のDランクは現状わたくしたちだけですから」
汗を拭いながらそう話すアンジュに対し、サクラは不満げに唇を尖らせる。
「他にも強い子いっぱいいるのに、もったいないです」
確かにね、とアンジュも同意する。
二人は年三回定期的に開催される学内戦を勝ち抜き、そして昇格試験という狭き門をくぐり抜けたことで生徒ランクをDに上げた。
一年生にとって最初の学内戦はシステムに慣れるためという向きが強く、昇格までこぎつける生徒はかなり少なくなってくるのだ。
それはサクラとアンジュが同級生に比べ優れた実力を発揮したということではあるのだが、システム上惜しいところで届かなかったり、そもそも昇格試験から数か月も経っている以上見違える成長を遂げた生徒も相当数いるだろう。
サクラとしては――そしてアンジュとしても、そういった生徒が合同合宿に来られないというのはある種のもったいなさを感じる。
例え未来で勝敗を争う間柄になったとしても。
(……でも、ダイアちゃんは……)
多目的ホールで聞いたダイアの話がこびりついて離れない。
競技にまつわる苦しみによって破滅した人が確かにいる。
何となく知ってはいても、実際に聞くと感じ方がまるで違った。
競技である以上勝者と敗者が存在し、見世物である以上大衆の影響は常にまとわりつく。
それが良い方向に作用することもあるだろうが、ダイアの言うように悪い方向へ転げ落とされることもある――いやむしろその場合の方が多いだろう。
キューズであるというだけで多くの支援や恩恵を受けられると言えども成功者と呼べる成功者は一握りだ。
そして常に人の目や評価にさらされる以上、それに耐えられる、もしくはうまく付き合っていけるメンタルも不可欠だろう。
だがそんなものを持てるのはおそらく少数派だ。
だから大多数は挫折するか、そこそこで諦める。それはどんなスポーツでもきっと変わらない。
当たり前のことだ。
当たり前の、ことなのだ。
「どうしましたの?」
「え?」
「浮かない顔をしていたでしょう」
そんな顔をしていたのか。
夏の朝日にうっすら火照った頬をぺちぺちと叩く。
切り替えよう。
悩んでいる時間だけ立ち止まってしまう。
今日から合宿だ。強くなるためにここに来た。
「……いえ、大丈夫です! 頑張りましょうね!」
ぐっと拳を握り、サクラは集合場所である宿泊棟前を目指して歩き始める。
そんな様子にアンジュは何か言いたげだったが、一度口をつぐむと別の話題を振る。
「将来有望な一年生キューズのレベルを引き上げる名目で行われるこの合宿ですが――その実態はおそらく少し違ったものになるでしょうね」
ぽつりとつぶやいたアンジュに、サクラは怪訝な顔を向ける。
「どういうことですか?」
「最条学園は他の学園より頭一つ抜けていますから。少なくともこの合宿においては、わたくしたちが他の学園の方々を指導するような形式になるのではないでしょうか」
学園都市最高の異能養成学園である最条学園のネームバリューはそれだけ強いものがある。
なにしろ学園都市のツートップが共に在籍しているのだからそれだけでも知名度や功績は絶大なものになるだろう。
そんな最条学園の生徒から技術やノウハウを吸収したいと考える他校は決して少なくない。
おそらく合同合宿に参加する生徒が、各学校からごく少数ずつという形式なのは、そうしなければ最条学園の生徒が多く呼ばれ、最条学園の色に染められてしまうことを危惧したからなのだろう――とアンジュは推測している。
「あ、あたしが誰かに教えるなんて出来るでしょうか」
「何を言ってますの。来年にはわたくしたちは二年生なのですから今のうちにこういった経験をしておくのは――――」
「そこのお二方ー! なんや楽しそうな話してんなー」
背後から聞こえた快活な声に、思わず振り向く。
そこには青白い長い髪が印象的な少女が人好きのしそうな笑顔を浮かべていた。
「その制服、最条学園の人らやろ? やっぱオーラが違うなあ」
「えっと……あなたは?」
「うちは双星学園の氷室リッカや。よろしくな」
リッカと名乗ったその少女はにこやかに手を差し出してくる。
サクラは半ば反射的にその手を握ると――ずきりと痛みが走った。
「なあなあ、自分らが他の子に教えてあげようとか話してたよな?」
「つっ……」
「そういう傲慢な感じって良くないんちゃう? 少なくとも他の子に聞こえへんように言わんと――」
サクラの手を締め上げる握力は、リッカの華奢な外見からは考えられないほどの強さ。
思わず顔をしかめて振りほどこうとする。だが、その前に力が緩んだ。
その原因はリッカの周囲。複数の岩槍がその切っ先をリッカの顔へ向けている。
「……あいさつにしては随分不躾ですわね。教育がなってませんわ」
「ああ、ごめんごめん! やり過ぎたわ」
アンジュの脅すような低い声に、リッカはあっさりと手を離す。
胃の奥にずしりと来る嫌な緊張感が漂っている。
「まあ、でも……自分らが強者側やっていう驕りは今のうちに捨てといた方がええんちゃう? でないと近いうちに足元掬われんで」
「余計なお世話ですわ」
「あ、あの、喧嘩は止めませんか」
か細い声で仲裁しようとすると、アンジュがすごい目つきで睨んできた。
味方のはずなのに……とサクラは押し黙る。
にらみ合う二人をどうしようかと悩んでいると、遠くからぱたぱたと慌てた足音が近づいてきた。
「り、リッカー……! 勝手に先行かないでよー……!」
泣きそうな顔でやってきたのは、リッカと同じ制服を身に纏った赤い髪の少女だった。
明らかに気弱そうで、息を切らせている。
「え、な、なにこの空気……まさかリッカ、また喧嘩売ったの?」
「だってこいつらが舐めたこと抜かすんやもん」
「ダメだって、リッカはただでさえ……ああもう、うちのリッカがごめんなさい……」
赤髪の少女の気弱な様子に毒気を抜かれたのか、アンジュは空中の岩をまとめて消す。
「すみません、ほんとにすみません……ほら行くよ……」
「あーっ、首根っこ掴むな引きずるなウチは悪くなーい!」
ずるずると連れていかれるリッカを見送り、サクラたちはため息をつく。
「び、びっくりしました」
「あなたもちょっとは言い返しなさいよ……」
ため息をついて歩き出すアンジュの後を追ってサクラは集合場所へと歩き出す。
なんというか、前途多難だった。




