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116.競技性協奏曲


 選手(キューズ)としての活動で辛いことはあるか。

 その問いに、サクラは即答できなかった。

 

 本音を言えば、無いと言いたい。

 憧れだった舞台に立っていること。そして、こんな自分でも誰かを笑顔にできること。

 そんな夢が実現しつつあることは何より幸せで、それこそ夢のような話だ。


「…………」 


 だが、それだけではない。

 キューズとは、クオリアをぶつけ合い鎬を削る選手のこと。

 つまり『勝負』という、勝者と敗者が明確に分かれるフィールドに身を置いているということだ。


「……あたしは、みんなを笑顔にするためにキューズになりました」


「そっか。サクラらしいじゃん」


「でも、勝てば、誰かが負ける。その矛盾を今も受け止め切れていません」


 勝負に負ければ、普通は悲しむ。

 その勝負に懸けているモノが重ければ重いほど、その悲嘆も比例する。

 サクラは昇格試験で嫌というほどそのことを実感した。そして同時に、苦い敗北の味も。

 

「……なんて、あたしの悩みなんて他の人に比べればちっぽけですけどね! あたしは全然、上手くいってるほうだと思いますし」


 冗談めかして笑うサクラに、ダイアはそっと目を伏せて呟く。


「つらさを周りと比べる必要は無いと思うけどね。仮にサクラの悩みが他より小さいとしても、他人の骨折より自分の擦り傷の方が痛いに決まってるんだから」


「そう……でしょうか」


 そうだよ、とダイアは静かに言う。

 硬く頬を噛むようなその横顔は、何かを思い返しているように見えた。


「競技って辛い事ばかりだよね。上手くいかないことはしょっちゅうだし、積み重ねた努力を軽く越えてっちゃうライバルなんてどこにでもいるし、頑張っても理不尽なことを言われたりもする」


「…………それは」


 心当たりはある。

 サクラはまだ競技の苦しみとしては浅い方だ。

 無力感に苦しむことはあっても、そんなものは他の人だって同じ想いをしているはず。

 戦えば必然的に序列ができる。『誰かに勝てない、超えられない』――そんな悩みは、頂点に君臨するもの以外等しく持ちうるものだ。


「スポーツみたいな勝敗がはっきりつく競技だと、勝者と敗者が明確に分けられるから辛いことが多いんだよね。勝てば称賛を受けて、負ければ罵倒される。結果だけ拾って批判されることが日常茶飯事だ」 


 キリエは言っていた。

 勝たなければ家の中で人権を与えられなかったと。

 そして、自分が圧倒的な強さを持ったことで数えきれない選手の心を折り、挫折させてきたと。

 サクラにまだその実感は無いが、自分が身を置いているのがそういう世界なのだということは理解しつつある。

 

 身につまされる話だ。

 ダイアは口にしないが、きっとアイドルにもそういう競争がある。

 彼女はそれをくぐり抜けてきたのだろう。


 しかし、気になることがある。


「あの、ダイアちゃんはどうしてその話をしてくれたんですか?」


 ダイアはその問いには直接答えなかった。

 ただ昔を懐かしむように目を細め、頬杖をつく。


「私たちLIBERTYはアイドル活動始める前からの仲良しグループだったんだ」


「そうだったんですか」


「うん。私たち五人はいつも一緒だった」


「え……五人?」 


 LIBERTYは四人グループだ。

 なら、あと一人は?


「うん、もう一人いたんだ。私たちよりいくつか年上でね、私たちの面倒を見てくれる近所の優しいお姉さんって感じだった」


「もしかしてその方が今のマネージャーさんとか……?」


「はは、そうだったら良かったんだけどね。……もう何年も会ってない」


 ダイアはおもむろにホールの天井を見上げる。

 その横顔は、大切に抱えた思い出を慈しむような、悼むような――様々な感情が入り乱れていた。


「あの人、ある日いきなりクオリアの適性があるからキューズになるって言って学園都市に行っちゃったんだ。もちろん私たちの間でもキューズの試合はすごく人気だったし、みんなで応援して、送り出した。本当はすごく寂しかったけど」


「それで、どうなったんですか」


 何の意味も無くこんな話をするとは思えない。

 さっきダイアは競技というものの辛さ、過酷さを訴えた。

 ならばその『お姉さん』は。


 サクラの心中を察したかのようにダイアはにこりと笑う。

 明らかに作った笑顔だった。本当は笑いながら話すようなことではないのに、それでもサクラに与える負担を軽くしようとして作った――人気アイドルとしては不格好とも言える作り笑いだった。


「……一年か、二年くらいかな、すぐに帰って来た。別人みたいに変わり果てた姿でね」


「そんな……」


「すれ違った私たちを見もせずに自分の家に帰って、そのまま出てこなくなった。私たちはもちろん様子を見に家を訪れたけど、顔を合わせてくれなくれなかった。その時におばさん……お姉さんのお母さんに、何があったのかざっくりと聞いたんだ」


 ダイアは天井を仰ぐ。

 大勢の照明たちが十字の光を放ち、網目状の輝きを落としている。

 泣きながら見上げたあの日の夜空にそっくりだと思った。


「お姉さんはキューズとして活動する中で、激しい誹謗中傷に晒された。それだけじゃなく、勝手な期待や落胆、根も葉もないうわさ、他のキューズからの嫉妬ややっかみ――競技にまつわる影の部分に、お姉さんはすり潰されたんだって」


「…………っ」


「そして、最後は自分の部屋で――――」


 ダイアはそこで言葉を切って首を振った。

 これ以上は自分の口でも言いたくない。そんな想いが窺えた。


「とにかく、だから私は競技が嫌い。無くなればいいって思ってる。みんな辞めちゃえばいいのにって、そしたら苦しい想いもしないのにって思ってる」


「ダイアちゃん……」


「争ったりとか順位をつけたりとか、そういうので悲しむ人っていっぱいいるじゃん。手を繋いで横並びでゴールする、みたいなのがバカにされることもあるけどさ、私はそういうのも必要なんじゃないかと思うよ」


 サクラの脳裏に過去の戦いがよぎる。

 負けたことで危険な実験に身を委ねようとした韮蜂ハイジ。

 昇格試験で知った、勝つことの意味。

 特異な能力を持っていただけで批判され競技の場から外されようとしていた空木エリ。

 そして、キリエの強さに挫折した無数のキューズ達。


 誰もが競技が無ければ存在しなかった悲しみだ。

 サクラもまた、自らの無力感に悩んだことがある。

 

「こんな話してごめん。でも、本音を言えば無理して競技をしてほしくないんだ」


「ダイアちゃんも、アイドルする以上は競い合いとかあるんじゃないですか?」


「……うーん、私たちはアイドルやるためにアイドルやってるわけじゃないからな」


 それはどういう、と首を傾げるサクラに、ダイアは答えなかった。


「とにかく今日は付き合ってくれてありがとう。また会いたいな」 


 ダイアはそう言って、少年のように笑うのだった。


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