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112/208

112.怒りの終着点


 サクラの放った雷撃で半壊した車両の中心。

 アンノウンは驚くべきことに健在だった。


「雷の矢」


 だがサクラは動じることなく鋭い雷を複数展開し、一斉に射出する。

 縦横無尽に駆け巡る脅威に対し、アンノウンが右手の短刀を素早く振るうとその刃が矢の先端に触れ――すぱん、と。いとも容易く切り裂いた。

 

「…………!」


 アンノウンは踊るような動きで、最低限の矢だけを次々に切断していく。

 全ての矢を撃ち終わった後には、やはり無傷のアンノウンが佇んでいた。


「その武器は……」


『支給品だ。忌々しいクオリアを切り捨てるためのな』


 おそらくは、あれでハルを含む何人もの生徒たちを襲撃したのだろう。

 アーマーが意味を為していなかったのも頷ける。あの刀身はクオリアに由来するものを強度に関係なく切り裂いてしまうのだ。

 

 サクラはアンノウンの振る舞いにわずかな違和感を覚えたが、湧き上がる怒りに何もかも飲み込まれていく。

 今はただ、目の前の少女を叩きのめすことしか――いや。


 ■すことしか考えられない。


「何でもいいです。私は、あなたをここで――――」


 一歩近づこうとした瞬間、がくん、と二人の足元が揺らぐ。

 さんざん雷を受けたことで原形を留めなくなった列車が崩れようとしているのだ。

 窓の外を見れば空中を走る線路に片側の車輪が噛んでおらず火花を散らしている。

 このままでは落下が待ち受けている。そしてこの異空間に地面などというものが存在するかどうかは怪しい。

 空へと投げ出されれば、永遠に落下を続ける羽目になるかもしれない。


 すぐに別の列車か線路に飛び移らねば。

 そう考えるアンノウンだったが、


「……なにをよそ見してるんですか?」


 稲妻の弾ける音が懐からした。

 視線を戻せば、サクラが間近で拳を握りしめている。

 

(――――ッ!? こいつ……落下が怖くないのか!)


 咄嗟に短刀を振るうも、頬を裂くだけに留まり――直後、衝撃が顔面を抉る。

 ダメージを緩和するヘルメットが、メキ、と悲鳴を上げた。

 

『ぐっ!』


 辛うじて残っていた車両の壁を破壊してアンノウンが空中へと投げ出される。

 間髪入れずサクラはためらうことなく床を蹴って後を追った。

 ごう、という風が巻く音が耳を叩く。


 眼下のアンノウンは落下している状況よりも迫りくるサクラを脅威だと判断したのか、左手の小銃から弾丸をばら撒く。

 吹きすさぶ風の中、弾丸がサクラへ直撃することは無かったが、いくつかは制服や肌を掠り裂いた。


(……あの弾もアーマーを貫くんだ) 


 単に被害者たちを襲うならあの銃の方が確実だったはず。

 だが短刀の方を用いて軽傷に留めたということは、傷つけるもしくは殺す以外の目的があったのか。


 だったらどうしてエリを殺す必要があった?

 わからない。何も。

 理解できるのは、アンノウンを許せないという赤黒く湧き立つ感情だけだった。

 サクラの身体を取り巻く雷が、徐々に黒く激しく様相を歪めていく。

 怒りの感情によるクオリア発動は出力こそ高いもののコントロールが難しいという、以前補習で学んだ話が頭をよぎった。


 落下を続けるアンノウンは迎撃が不可能だと悟ったのか、あらぬ方向へと向けた短刀の刃を射出する。

 刃は柄の部分とワイヤーで繋がれており、離れた場所にある別の線路へ巻き付くと、一気にワイヤーが巻き取られていく。

 どんどん距離を離していくアンノウンに、サクラは激昂する。

 

「逃がさない!」


 サクラの周囲、共に落下していた列車の破片がぴたりと動きを止めると、ひとりでに集まっていく。

 磁力によって形成されたのは線路へと続く鉄片の道。サクラは自身にも磁力を適用して道に足の裏を吸着させると一心不乱に走り出す。

 纏雷で強化された脚力は凄まじく、破片で作り出した道が再びバラバラになってしまいそうな勢いだった。


『追いかけてくるのか……! だったらここで落とすだけだ!』


 再び小銃を連射し、サクラ目がけて弾丸を放つ。

 だが、サクラの目の前の道が弾かれたように沿ったかと思うと、盾となりすべての弾丸を防ぎ切った。磁力で道の形状を折り曲げたのだ。

 驚愕するアンノウンの眼前でスロープと化した道をジャンプ台にして、サクラはアンノウンの背後に着地する。


 間髪入れず、右手の五指から迸る雷爪が恐ろしい勢いで振るわれる。

 アンノウンは寸前で短刀で受け止め、切り裂いた。


(やっぱりクオリアを使った攻撃は分が悪い――――……だったら)


 ならばとサクラは全身を駆け巡る纏雷の出力を上げ、さらに両腕に雷の矢を充填する。

 燐光を放ち、溢れんばかりのエネルギーに伴って激痛が駆け巡る。

 だが、それ相応の力が備わった拳が弾幕のごとくアンノウンを襲う。


 まるで一発一発が砲弾のような質量と速度の拳を、短刀によって捌く。

 だが、それにも限界がある。


(このままでは折られる……なんだこの力は!?)


 雷はどんどん黒さを増し、比例して出力も上昇していく。

 サクラはそれを操りながら激しい頭痛に苛まれていた。

 あきらかにキャパシティを越えた力。マシンの耐久度を越えてエンジンが稼働している。


 だが、それでいい。

 この力でアンノウンを叩き潰せるならそれでいい。


「エリちゃんは……戻ってこないんです!」


 拳撃がアンノウンの胸部に直撃し、吹き飛ばす。

 空中で何とか体勢を立て直したものの、すでに足元へとサクラが滑り込んでいる。


「何があっても、もう絶対に帰ってこない! 誰にも思い出してもらえない!」


 連続で繰り出された蹴りが全身を穿つ。

 一瞬意識が飛びそうになりよろめくアンノウン。

 しかしその視界――サクラの背後から別の列車が迫ってきているのを目の当たりにする。


 パァーーー、という警笛でサクラもそれに気づき、轢かれないよう飛びあがる。

 その隙にアンノウンは踵を返し、線路から離脱した。視線の先には別の線路。


(……こんなもの相手にしていられない! 早く帰還しなければ私でもやられかねない……!)


 目的の線路を確認し、ワイヤーを射出しようとして――ぞくり、と背筋を怖気が這い上る。

 見たくない。だが見なければ。背反する本能と理性を前に、アンノウンは理性を手に取り振り返る。


 するとそこには。

 さっきまで線路を走っていたはずの列車がサクラと共に浮かび上がっていた。


「磁力展開。レールセット」


 アンノウンの何十倍もの質量を誇る列車が、まるで弾丸のようにその先端を向けている。

 加えてヘルメット越しの視界には列車を挟み込むように展開された磁力のレールが生じていた。


『待…………』


「待ちません!!」


 一瞬だった。

 加速の行程などほぼ皆無。

 初速からトップスピードへと達した列車は最短距離でアンノウンに直撃し――空を燃やし尽くすような大爆発を巻き起こした。


「ぐっ……」


 サクラは線路に着地する。

 抜けるような青空には爆炎と煙が徐々に晴れ、そこには何もかも跡形も無くなっていた。


 倒した、のか。

 しかし、胸の奥底で渦巻く感情が収まらない。

 バチバチと黒い稲妻が全身を駆け巡る。抑えきれない。それどころかどんどん激しくなっていく。


「はあ、はあ……う、うう……ああああっ!」


 全身に激痛が走る。

 頭が焼き切れそうだ。

 サクラの感情に呼応して、恐ろしいまでの力が流れ込み続けている。

 もはや倒す相手はいないのに。


(ああ――虚しい) 


 振り上げた拳で、倒したい相手を倒した。

 それでもこの憎悪は収まらない。

 エリを殺した。ハルを傷つけた。

 

 絶対に許せないのに、倒してしまえばそれで終わりだ。

 心の行き場がどこにも無い。

 感情のぶつける先を探すように、溢れる黒雷が放射状に荒れ狂う。

 

「たす、けて」


 雷はサクラの倒れ込んだ線路をも傷つけていく。

 このままでは崩れ、落下してしまう。

 

「たすけて…………!」


「ええ」


 静かな、聞き慣れた声。

 顔を上げずともわかる。黄泉川ココだ。

 どうしてここに――そんな疑問を抱く余裕は無く、縋るような想いで耳を傾ける。

 

「落ち着いて。今から私のクオリアであなたの心を鎮静化する。受け入れてくれる?」


 サクラから放たれる雷を受けているはずだ。

 しかしココはそれをおくびにも出さず、静かに、優しく問いかける。

 サクラは何とか頷いた。


 直後、吹き抜ける冷風のような感覚が全身を通る。

 それらは赤黒い怨念にも似た感情を浄化していき、それに伴って全身の痛みや雷も消えていく。


「ココ、さん……」


 力が抜け、ごろりと仰向けになる。

 おぼろげな視界に、こちらを見下ろすココの顔が映った。


「心配させないで。……でも、間に合ってよかった」


 ココは泣き出しそうな顔で笑っていた。

 青空を背にしたその光景に、サクラは安堵して――そのまま意識を手放した。


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