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11.水とはつかめないものである


 人型の(まと)が雷の矢に次々と撃ち抜かれていく。

 撃ったそばから床の切れ込みからばね仕掛けのように的が復活し、サクラはひたすらに雷を撃ち出す。

 

「30……40……」 


 訓練(デート)のあと、サクラはたびたびこのトレーニングセンターを利用していた。

 先日利用した地上階のトレーニングエリアと異なり、現在サクラが利用している地下はクオリア訓練ブースになっている。


 クオリアは無数の種類が存在し、そのぶん訓練のニーズも様々。

 そんな多種多様な要望に応えるため、地下は地上の数倍スペースが取られている。 

 『空間のクオリア』を転用して作られた拡張空間で実戦形式の訓練が行えるブースが最も人気だが、現在サクラが利用しているのは対多数射撃訓練場。一定数の的を攻撃してそのタイムを計る訓練が行えるブースだ。

 

「50! はあっ、終わった!」


 ビー、というブザーが鳴り響き的が床の下に沈んだ。

 何度も繰り返しただけあって悪くない動きだと自分でも思う。入り口に表示されているハイスコア記録には遠く及ばないが……。

 50の的を倒すのに1分以上かけているサクラに比べて、ハイスコアは3秒台。いったいどんな手品を――クオリアを使えばこんな記録が出せるのか首をひねるばかりだった。


 壁際の手すりにかけたタオルで汗を拭う。

 気力も体力もかなり消耗している。閉館時間も近いし、今日はこのあたりで帰ることにした。


「的には当たるのに、なんで実戦だと矢が当てられないんだろう?」


 出口のドアを開くと、フロアはしんと静まり返っている。

 他の利用者も帰ってしまったのだろう、一部の照明が切られ、来た時よりも薄暗くなっている。

 さてシャワーでも浴びて帰ろうかと思った瞬間、隣のブースの扉が開いた。


「あれ、天澄さん」


「ミズキちゃん! ミズキちゃんもここ利用してたんですね」 


 奇遇ー、と手を振るのは以前模擬戦でサクラが敗北した青葉(あおば)ミズキ。

 切れ長の瞳と黒髪に映える青いインナーカラーが特徴だ。

 中性的な魅力を持った少女で、クラスメイトから人気があり、よくお菓子などを貢がれているのを目にする。

 

「んー。天澄さんはよく使ってるの?」


「サクラでいいですよ! ここは最近友達に教えてもらいまして、えへへ」


「頑張ってるんだ。すごいじゃん」


 ミズキの浮かべた微笑に、これは同性に囲まれるのもわかるかも……と思わず胸を抑える。

 キリエやハルも相当な見目の麗しさだが、ミズキも相当だ。

 そこにいるだけで目を引いてしまうようなオーラは、クラスでも彼女しか持っていない。


「訓練終わりだよね? 途中まで一緒に帰ろうよ」


「はい!」


 そんな会話を交わし、薄暗い廊下を歩いていると――ゴン!! という鈍い音が隣から響いた。

 サクラは驚いて隣を向くと、ミズキが壁にもたれかかってぴくりとも動かない。


「……ぐう」


「ね、寝てる!? ミズキちゃん、ミズキちゃーん!!」


 さっきの音は壁に頭をぶつけた音だったらしい。

 サクラは慌てて肩を揺らすとミズキはぼんやりと薄目を開けた。

 

「ふあ……おはよう」


「いやおはようじゃなくて! 頭大丈夫ですか!?」


「なんかちょっと痛いかも……? ていうか言い方やば」


 あはは、と何が面白いのかくすくす笑っている。

 まだ意識が覚醒していないのかおぼつかない足取りでミズキは歩きだす。


 ミズキは学校でもこんなふうにマイペースで、授業はだいたい寝ている。そして教師に叩き起こされて、また寝る。

 そんな感じなのであまりきびきびしている印象は無い。それが眠気によるものなのか性格によるものなのかはわからなかったが、この適当さ加減を見ると後者だったらしい。


「なんだか眠いし今日はここで野宿かなー」


「野ではない気がします……」


「あれ? そっか、ふふ。いやー、普段は私18時に寝て9時に起きてる健康優良児だから」


「今日はもう18時過ぎてますし9時は学校に遅刻しますよ!」


 突っ込みつつ、少し疑問に思ったことを尋ねる。

 

「ミズキちゃんは普段ここ使わないんですか?」


「……んー。今日はたまたまだよ? ほら、いつもは早寝のミズキさんだから」


 それにしては使い慣れているような雰囲気を感じたが……。

 煙に巻かれた気はするが、とりあえず横に置いて、その日は他愛のない話をしつつ帰宅した。




 * * *




 翌朝、サクラは始業前の朝練のため学園を訪れていた。

 春の早朝はまだ少し寒い。水色のジャージのジッパーを一番上まで引き上げる。

 朝練は初めてだ。放課後だけでなく、朝も有効に使うことをハルに勧められ、その発想は無かったと膝を叩いた。

 強くなるため、周りに追いつくためにはとにかく訓練を積まなければならない。


「よーし、がんばるぞー!」 


 と、元気よくグラウンドへ足を踏み入れたときだった。

 遠目に誰かが走っているのが見える。良く目を凝らして見ると、昨日会ったばかりの少女がトラックを周回していた。


「あれ、ミズキちゃん。おーーい!!」


 ぶんぶん手を振ってみると、向こうも気づいて驚いたように足を止めた。

 そのまま手を振り返しながらランニングを再開する。

 サクラも追うように走り出し、ミズキの隣に合流した。


「おはよ、サクラ。早いじゃん」


「はい! ミズキちゃんも朝練ですか?」


「ん? あー……まあ、なんだろ。たまたま早起きしちゃって」


 春の早朝に、二人の呼吸が連続する。

 ミズキのほうが少しだけ浅く、リズムが重なることはない。

 思ったよりもハイペースだ。サクラは置いていかれないように足を速める。


「昨日はセンターにいましたよね」


「うん。まあ、たまたまね」


「たまたまですか。えへへ、なら運が良かったです!」


 あまりものを深く考えないサクラは、一緒に訓練出来てうれしいなあくらいにしか思っていなかった。 


 ――――ただ、この日の夜もセンターで。


「あ」 


「あ、あれ? またまた奇遇ですね?」


 そして次の日の朝も。

 

「う」


「ミズキちゃん、また朝練ですか……?」


 バツの悪そうな顔をするミズキ。

 さすがにここまで連続すれば、鈍いサクラにもわかる。


「もしかしてミズキちゃん、朝も夜もすっごく訓練してます?」

 

「やー……あんまりバレたく無かったんだけどなあ。秘密にしてね」


「秘密にするようなことじゃない気がしますけど、わかりました」


 その日の朝練を終えて、シャワー室で汗を流したサクラたちは休憩スペースに並んで座っていた。

 二人の手にはスポドリが握られている。口止め料、と押し付けられたものだ。


「それにしてもミズキちゃんってすごく努力家なんですね!」


 ミズキは飲んでいたスポドリから口を離す。

 潤いを帯びた唇を少し曲げてみせると、いやに艶めいて見えた。


「そんなことないよ。ふつうふつう」


「でも他の子はここまで訓練してませんよ?」


 サクラの言う通り、朝練に励む生徒は、少なくとも多数派ではない。

 この二人ほど早い時間から取り組んでいるとなるとなおさらだ。

 それにミズキは放課後もセンターに通っていて、今のサクラと同じく空いた時間をとにかく訓練に充てているように思える。


 サクラからすると、ミズキはそこまで熱心に努力するタイプには見えなかった。

 いつでも飄々としていて、何でも苦労なくこなしてしまう――しかし、ここ数日の様子を見ているとそうではなかったのかもしれない。

 模擬戦でサクラを圧倒したあの実力は、たゆまぬ努力に裏打ちされたものだったのだ。


「……なんかさ。頑張らなくてもやれちゃうみたいな感じの方がかっこいいじゃん」 


「あたしは一生懸命頑張ってる人もすっごくかっこいいと思いますよ!」


「ん、ありがと。でもやっぱり恥ずかしいや」


 恥ずかしいと言いながらも、あまり照れた様子はない。

 そこまで気にしている風にも見えないので、本人としてはちょっとした失敗程度の出来事だったのだろう。

 ミズキはペットボトルを脇に置くと、立てた膝に頬を乗せてサクラを見つめる。

 

「ど、どうかしましたか」

 

 整った顔にじっと見つめられると段々頬が熱くなってくる。

 凪いだ水面のように静かで、しかし冷えた感じはしない。

 ミズキは切れ長の目をさらに細めて笑うと、


「サクラちゃんってさ、どうして学園都市に来たの?」


「それはもちろんキリエさんみたいになるためです!」


「そうなんだ。私とだいたい一緒だね。おそろいだ、いぇーい」


「いぇーい?」


 ぱちん、と差し出された手にハイタッチを返す。

 何というか緩い意気投合だった。


 それから何となく雑談を交わしていると始業時間が近づいて、その日は教室に帰ることになった。

 ……結局、具体的な目標については教えてもらえなかった。

 

 抱いたイメージは変わったものの、掴みどころの無さだけはそのままだ。

 彼女を見ていると、子どものころ乗った船の上から海を覗き込んだときのことを思いだす。

 表面は透き通っているのに、底まではどうしても見透かせない。

 

 青葉ミズキとは、そういう少女だった。


青葉ミズキ

好きなもの:寝ること 風を浴びること 購買のパン 

嫌いなもの:なんだろ。パクチーとか? あれ変なにおいするよね

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