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109.暗刃


 結論から言えば、アンノウンの調査についてサクラは関われないことになった。

 裏で調査は進めるのは先輩たちで、サクラにはできることがない。

 もどかしいが、それが事実のようだった。


『おばあさま……理事長にも協力してもらえることになった。まあ錯羅回廊について把握している人は少ないから、必然的にね』


 アンノウンのことについて共有したミーティングの翌日、キリエからそんな連絡があった。

 生徒会としての業務に勤しみつつ、できる範囲で調べるというのが今後の方針になっていくようだ。

 何しろ生徒会は忙しい。夏休みでも暇な時間は捻出しなければ作れないほどだ。


 そんな中、当の天澄サクラと言えば。


「わ、入力した数字がぐちゃって……」


「どれ? ……ああ、それ関数が違う。こっち使って」


「わかりました……うう、難しい……」


 生徒会室で頭から湯気を出しながら事務作業に勤しんでいた。

 本来相談窓口という役職で、一般生徒からの意見を受け取って生徒会に通したり困っている物事に対処したりというのが基本業務のサクラはこういったデスクワークについては免除されていた。

 

 だが今は夏休み中。 

 相談しに来る生徒は少なくなっており、その分先輩たちの作業を手伝いたいと申し出たのが発端である。

 大変な出来事からそう経っておらず、メンタル面を心配されたものの『何かに没頭してた方が気がまぎれるので』という主張に先輩たちは了承してくれた。


「ゆっくりでいいし、わからなかったら聞いてくれたらいいわ」 


「あ、ありがとうございます! でも結局手伝いどころか作業を遅らせてしまってますよね……」


「大したことじゃないわ。今はキリエもいるし、どうせそんなにかからないから」


 ココが指さした先、会長席ではキリエが凄まじい勢いでPCを操っていた。

 トリプルモニターのダブルキーボード、どう考えても常人の何倍もの作業量をこなしている。


「ああ、サクラは気にせずどんどん取り組んでくれ。後輩の助けになるのも先輩の義務だからね」


 手元で激しい打鍵音をさせながらさわやかに白い歯を煌めかせるキリエ。

 それならいいんですけど……と言いつつ、サクラはこっそりと胸をなでおろした。

 以前、エリに関する出来事を共有した時から、どこか上の空になることが多いように見えた。

 

 おそらくはデザイナーズベビーのことだ。

 色素の薄い肌や髪に、真っ赤な瞳。その特徴はキリエにも一致する。

 サクラが思い当たったのだ、本人が気づいていないことは無いだろう。

 だが、今見る限りは普段と変わらないように見える。軽率に質問できる内容ではないが、様子を見て聞いてみようと心に留めておく。


「そう言えばアリス先輩とカナちゃん先輩がいませんね」


 サクラは誰も座っていない二つの椅子に目を向ける。

 二年生の二人の先輩は、朝から登校していない。


「朝から連絡が無いのよね。どうしたのかしら……」


 無表情ながら心配そうなココだったが、直後SIGNの通知が鳴り響く。

 それはこの場にいる全員のスマホが鳴らす音だった。

 見ればSIGNで作った生徒会のトークルームにアリスとカナが書き込んでいる。


『通り魔に襲われた他校の生徒を病院に連れていってます』


『ちょっと遅れます! カナちゃんの可愛さに免じてごかんべん!』

 

 と、顎の下に手を当てて舌をぺろりと出したカナの自撮りが添付されていた。

 その背後からは撮影を止めようとしたらしきアリスのブレた姿が映っている。


『……カナがごめんなさい。襲われた人はとりあえず軽傷で、命にも別状はないみたいなのでご心配なく』


 その補足に、サクラたちはめいめい二人をいたわる返信をする。

 スマホをスワイプしつつ、サクラは少し暗いものを覚える。

 通り魔など――そんなことをする人がこの学園都市にもいるのかと。


 だがキリエとココは、その通り魔という行いに疑問を抱いているようだった。


「……妙だね」


「ええ」


「どうしたんですか?」


「どの学校の生徒かは知らないが、学園都市の生徒である以上は間違いなくキューズだ。つまりクオリア使いで、しかもアーマーがあるということ。そんな相手にわざわざ危害を加えようとする者はそういない」


「た、確かにそうですね」


 現実ならすれ違いざまにナイフで切り付けるなどの方法が考えられる。

 しかしこの学園都市でそれは通用しない。ナイフで切られるくらいなら少し痛むくらいで傷にもならないし、そもそも訓練を重ねたキューズ相手だと敵意を察知されて攻撃すること自体が難しいのだ。

 今のサクラでも、仮にすれ違いざまに襲い掛かられてもすぐさま反応して回避に移れるだろう。


「それを軽傷とはいえ病院送りになるレベルのダメージを与えてる。詳しい状況まではわからないけど、その通り魔はもしかしたらかなり危険な存在かもしれない」   


 杞憂かもしれないけど警戒しておくに越したことはないわね――と。

 ココがそう結び、その場は仕事に戻ることとなる。


 だが。

 結論から言えば、その懸念は杞憂にはならなかった。

 



 * * *




 一週間足らずで被害報告は10人に達した。

 この事態に、通り魔の存在は少しずつ学園都市にも知れ渡って来た。


「…………まずいな」


 神妙な声色でキリエが呟く。

 生徒会室にはサクラを始めとした全員がそろっており、テーブルの中央にはホログラムで学区内の地図が描き出されており、そのあちこちに赤いバツマークと被害者の顔写真が表示されていた。


「被害報告はこの学区内に限定されてる。でも銀鏡が見る限り狙われてる生徒はランダムに見えるね」


 アリスは口元を手で押さえつつ、立ったまま地図を見下ろす。

 被害者は様々な学校に散らばっている。単に学区内と言っても行政区分としての『市』くらいの規模があり、相応に学校の数も多い――学園都市というだけあって外よりもその密度は高いと言える。

 そんな現状、被害者に法則性を見つけるのは難しい。だが、そこにカナが小さな指で地図の一角を差した。


「そうでもないんじゃない? 狙われてる子たちはみんな少なくとも名門って呼ばれてる学校の子じゃないじゃん。何より最条学園の生徒は現状ひとりも狙われてないし」


「……弱小校を狙ってるって言いたいの?」


 投げられたココの冷えた視線に、カナは怯むことなく返す。


「誤解を恐れずに言えばそうです。犯人は襲いやすそうな相手を狙ってるってことなんじゃないですか」


「……はあ。ますます看過できないわね……」 


 ココはタブレット端末を取り出すと、何やら資料を立ち上げる。

 それは被害者についての報告書のようだった。


「被害者10人はいずれも軽傷。派手に流血したものの命に別状は無し。事件前後の記憶ははっきりしてるけど、犯人の姿は誰も確認できていない……だそうよ」


「どういうことですか?」


「何かクオリアを使って姿を見られずにことに及んだというのが自然な見方になるんじゃない? 知らないけど」


 適当な調子で話すアリスに、ココは首を横に振った。


「ここに一枚の画像があるわ。よく見てちょうだい」


 ココがタブレットからホログラムとして取り出した写真はひとりでに拡大し、全員の前に表示される。

 それは二人の女生徒がコーヒーチェーン店で買ったと思しきドリンクを片手に自撮りをしている写真だった。おそらくはSNSにアップされているものだろう。


「ええと、いい写真ですね!」 


「おばか。よく見てみなさいよ」


 呆れた様子のカナが指さす先に、戸惑いつつも目を凝らしてみる。

 女生徒たちの背後に映る路地だ。薄暗くてはっきりとしないが、何か人影のようなものが二つ見える。

 片方は路地に倒れており、もう片方は――路地から急いだ様子で出ようとしている黒い影。

 

「これって……!」


 凄まじい速さで走り出しているせいなのかブレて見える。

 しかしサクラにはわかる。このボディスーツ。頭部を覆うヘルメット。

 間違いなく、アンノウンだ。


「この後写真をアップした後、この二人は背後に倒れている被害者に気づいたそうだ」


「つまりこの通り魔の正体は……アンノウンってことですか」


 キリエがゆっくりと頷く。

 アンノウン。目的は不明だが錯羅回廊へ自由に出入りし、空木エリを救出しに来たサクラへモンスターをけしかけ妨害してきた謎の少女。


 その彼女がまた現れた。

 ならば。


「……捕まえましょう。捕まえて、話を聞かないと」


 そう強く言葉にするサクラに、生徒会全員が頷いた。


「よし。我らが学区内で起きた事件だ。警備隊に任せるだけでなく、私たちも解決に向けて動こう。培った力を用いてアンノウンを捕縛し、その目的や来歴を聞き出す」


 サクラも聞きたいことは山ほどある。

 だが、一番は――なぜエリにポケットを開かせたのか。そして、エリの救出を邪魔したのか。

 なぜ彼女は死ななければならなかったのか。

 それだけだ。


「それではみんな……生徒会を執行しよう」

 

 もとは顔も知らない誰かを助けるために集まった少女たち。

 会長(キリエ)の号令に異を唱える者は誰もいなかった。


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