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105.光年という単位の意味


 その覚醒は唐突だった。

 あまりにも唐突に、高校一年生当時のキリエは頂点へと登りつめた。猫の群れで育った虎が成長しきったようなありさまだった。

 誰もキリエに勝てなくなっていた。それほどに圧倒的な強さだった。

 

 それでも最初のうちは、頂点に君臨したキリエに挑む者が後を絶たなかった。

 きらきらとした希望を胸に宿し、『いつかキリエを倒して頂点に立つ』と息巻くキューズの数々。

 キリエは嬉しくて仕方なかった。自分と対等に戦ってくれる誰かを求めていたから。


 だが、その希望と言う名の輝きたちはひとつ残らず地に堕ちた。

 キリエが撃ち落としたのではない。キリエはただ夜空に燦然と輝いていただけだ。

 ただ単に、彼女ら自身がそう選択した。キリエの輝きの前に翼を焼かれ、心をへし折られ、自ら舞台を去った。

 誰もがキリエを諦めた。


 競技者である以上、挫折はままあることだ。

 スランプだったり、負けがかさんだり――そんなことは珍しくない。

 だが、結果としてキリエを諦めた者の多くはキューズを辞めた。


 キューズになるものの大多数は上昇志向が強い。

 もっと強くなりたい。あいつに勝ちたい。頂点に立ちたい。

 そんな想いを持ち、彼女らは学園都市で戦う。

 

 しかしそんな彼女たちがキリエという巨大すぎる壁にぶつかれば。

 強ければ強いほど、その違いを痛感してしまう。勝てないという事実を理解してしまう。

 そして諦めてしまう。

 それは誰にも責められることではない。


 だが、そういった諦め挫折した選手を許さない大衆もまた存在する。

 誹謗中傷も炎上も、いくらでも起こった。

 心を病んでしまうキューズも無数にいた。

 

 それらは概ね一部のキリエファンによるもので――熱狂した大衆を制御する方法は無きに等しかった。

 その問題は今も解決していない。キリエ自身がどれだけ訴えかけても無駄だ。

 中傷する類いの人間は、応援しているキリエのためでなく自分のために他者を攻撃しているに過ぎないのだから。


 結果的に、キリエに辞めさせられたキューズは多い。

 キリエにそういうつもりがなくとも、きっかけにはなっている。

 彼女に非は無い。ただそこに君臨していただけで、彼女自身がそう働きかけたことは無い。


 だが余りに強い輝きが人々を焼き焦がしてしまったのは事実。

 そして、その事実を目の当たりにしたキリエは。

 ただ単純に、深く、深く、傷ついただけだった。


(――――こんなはずではなかったのに)


 こんなことなら強くなんてなりたくなかった。

 上手くいかなくても、勝てなくても、誰かに挑み続ける自分でありたかった。

 みんなのようにライバルと切磋琢磨したかった。


 もう、それは許されないけれど。


 この悩みは誰とも共有できない。

 当然のことだが、キリエと並び立つ者がいない以上同じ目線で話せる相手はおらず――そもそもそんな相手がいればこんな悩みを持つことも無かった。


 唯一キリエの相手になれるココは、あまりにも野心がない。

 キューズという立場にも、競技にもあまり執着していないらしい。

 彼女は恵まれた才能をたゆまぬ努力で磨き上げた、いわば”正しく”強くなったキューズ。

 だからキリエと同じ場所には立てない。

 

(救いだったのは……競技に執着していないココは私に嫉妬せず、負けても挫折しないことだろうか……)

 

 ココは他人の心を読める思念のクオリアを持っていることから周囲と関わることを避けている。

 そんな事情から適切な距離を保ってくれるキリエたちのことを内心喜ばしく思っているが……キリエからすれば、そういうココのことをこそ得難いものだと捉えている。


 だが、それらは根本的な解決にはならない。

 キリエの孤独を癒すには至らない。

 将来有望なキューズたちの将来を潰したという事実は変わらない――少なくともキリエの中では。




 * * *




『キリエ選手の放った光の洪水がステージ全体を蹂躙したァーー!! これ大丈夫!? ココ選手生きてる!?』


 薄く立ち上る白煙。

 対クオリアにおいて比類なき頑丈さを誇るステージはあちこちが抉れ、無惨な姿へと変わり果てている。

 そして、その中心で倒れたココはぴくりとも動かない。


「…………」


 床に降り立ったキリエは無言で佇んでいる。

 そこに普段の笑顔は無く、観客はその尋常ではない様子に息を吞んでいた。


「……けほっ」

 

 小さく咳き込む音。

 同時に、ココの身体がゆっくりと起き上がる。

 あちこち粉塵で汚れてはいるが、無事だ。


『おーっとぅ、ココ選手健在! 良かったーあっさり終わらなくて☆』


 ココはドレスの汚れを払い落としつつ立ち上がると、キリエをゆっくりと見つめる。

 平常と同じく感情の読みづらい無表情――しかし、観客席から見下ろすサクラからは、困惑や警戒が見て取れた。


『それにしても、あの絨毯爆撃からどうやって生き残ったんでしょう? 気合い?』


『おそらくはココ選手の思考操作ですね。クオリアは思考によって行使する力ですから、その思考に干渉すれば相手の攻撃の軌道を曲げることもできるんです』


『ほうほう。でも思考に干渉できるなら洗脳して降参させちゃえばいいのでは?』


『いいえ。練り上げられたクオリア使いは強靭な思考力を持つことから、精神干渉への耐性もそれに比例します。だから今のようにささやかな干渉や表面上の思考を読むくらいしかできないんですよ――まあキリエさんほどの相手に少しでも干渉できることを考えれば、ココ選手もやはり相当な使い手であることは間違いないのですが……』


 解説と実況の掛け合いが続く中、キリエとココはにらみ合う。


「らしくないじゃない。いつもは相手の見せ場を作るために先手は譲る癖に……」


「今日は特別だ。正真正銘の本気で、容赦なく君を叩き潰す必要がある」


「……そ。でも私はそう簡単に潰れてあげないわよ」


 ふっとココの姿が掻き消える。

 直後、キリエの懐に入り込んでいた。

 その握った右拳がまっすぐにキリエへと振るわれる。


 甲高い金属音が鳴り響く。

 ココの拳が、キリエの作り出した光の障壁に阻まれたのだ。

 ギチギチと耳障りな音を立ててせめぎ合う。だが、すぐに障壁にヒビが入り――貫通した拳が直撃した。


『消えっ……出っ……殴ったー!! ちょっとちょっと、口が追いつかないよ!』


 最強とは言えその人体の重量はただの女子高生。 

 クオリアの肉体強化で極限まで高められたココの拳をまともに喰らったキリエは砲弾のように空を飛び、観客席に張られたバリアに激突する。


『さすがココ選手ですね。純粋なフィジカルでは右に出る者はいないでしょう』


 だがキリエも黙ってはいない。

 はりつけにされた体勢から、バリアを足場に飛ぶ。

 同時に、数十もの光の矢を射出――空中を縦横無尽に飛び回る矢の群れがココへと襲い掛かる。


「光の矢……!」


 サクラは思わず声を上げる。

 あの技。あれに惹かれてサクラは学園都市に来た。キューズを志したのだ。

 サクラの十八番である雷の矢も、キリエの光の矢を真似したもの。

 

 だがサクラのものとはまるで違う。

 大量の矢を事もなげに生成し、しかもその一本一本を緻密に操作しているのが分かる。

 それは今のサクラにだからわかること。どれだけの出力、そしてどれだけの技術がそこに込められているのか。

 この一瞬だけで途方も無いくらいの差を感じる。


 しかし、サクラはこうも思うのだ。

 キリエは唐突な成長によって頂点へと押し上げられたと話していた。

 だが、そこに努力が関係なかったとは思えない。


(もしあの力を手に入れたとしても……努力なしであれだけの強さは手に入らない……!)


 例えば、幼い子どもが拳銃を手に入れたとして。

 引き金を引き、狙った場所に弾を当てられるかと言えば、それは不可能に近い。

 照準は合わず、そもそも引き金が硬くて引けないかもしれない。安全装置の外し方がわからないかもしれない。

 いくら大きな力を持っていてもそれを使う者が見合わなければ、力は発揮しきれない。


(努力しても結果が出なかった。血反吐を吐いても意味がなかった。キリエさんはそう言ってた。だけど、それはきっと……)


 これは試合が終わったら伝えよう。

 サクラはそう思った。

 今はただこの戦いを見届ける。

 おそらく、それが今自分にできる唯一のことだ。


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