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104.1 VS 2


 セントラル・スタジアム。

 学園都市の中心部に位置する、おそらくは最も規模の大きい試合場だ。

 直径は200メートルを優に超え、収容人数は7~8万人。

 これほどの規模は学園都市内外にもそうは無い。


 用途としては主にキューズの試合。

 その中でもトップ級のプロが行う重要な試合の舞台となる事が多い。

 

 そして夏真っ盛りの今日。

 ここで行われるのは、キューズのトップツー。

 他の追随を許さぬほどに圧倒的実力を持つ二人――最条キリエと黄泉川ココの試合だ。


 現在進行中のプロリーグには影響のない、大衆を楽しませるために行われるエキシビションマッチ。

 だが会場の熱気に軽い雰囲気などは一切なく、この一戦に世界の命運がかかっているのではないかというほどの高揚や緊迫感が漂っていた。


『――――落とし物のお知らせをいたします。第14地区からお越しの――――』 


 会場内に流れるアナウンスを聞きながら、観客席に座るサクラはぎゅっと両手を組む。

 キリエからもらった招待チケットで運よくこの試合を観戦することができた幸運と、いくばくかの不安を抱えて少女はこの場所に佇んでいた。


(……今日はただ単に楽しむために来たわけじゃない)


 いつかキリエに勝つ。

 その目標を、再びキリエに伝える。

 荒唐無稽な話だ。公式戦無敗の、最強のキューズ。

 彼女に勝つというのは『困難を極める』という表現が陳腐に感じられるほどに途方もない。


 キリエ自身もそれを理解している。

 だから今日こうして自分の実力を見せ、それでも同じことが言えるのかと試しているのだ。

 普段のキリエからは考えられないほどに頑なで容赦のない行動。

 それも当然かもしれない。到底叶わないような目標を目指し続けるというのは生半可な覚悟ではすぐに折れてしまう。

 そして心が折れれば、その後の選手生命にも影響を及ぼすかもしれない。


 だからこそキリエはサクラを試す。

 キリエに勝つことを目指すというのは、それだけ重い選択だから。


(…………キリエさんは優しいですね)


 まだ無人の戦場を見下ろすサクラ。

 だがその首からは物販で買ったタオルが提げられ、さらにこれまた物販で買ったTシャツをしっかり着用している。

 同じく購入したペンライトをポーチから取り出せば、完全装備だ。


 何だかんだ言いつつも、サクラはキリエの大ファンである。

 再三になるが、キリエがいなければサクラは学園都市に来ていない。

 そんなサクラからすれば今の姿は至極自然なものだった。


『あーあーマイクテスマイクテス……つって☆ ネロちゃんバーチャルだからマイクとかいらないんだけど☆』


 突如として会場の証明が落ち、会場の天井から吊り下げられている四方へ向いたモニターに放送席が映し出される。

 今しがた声を発したと思われる3Dモデルのキャラクターは、水色の髪にピンクのメッシュ、瞳に星を宿している学園都市ではおなじみの人物。


『はいっ、本日実況の方を担当させてもらう愛葉ネロでーっす☆ 緊張でお腹痛ーい、まあバーチャルなんでお腹とか無いんですけど☆』


 学園都市においてキューズの試合で実況を担当しているバーチャルアイドル、愛葉ネロ。

 どの会場でも見かけることからAI説や中の人が複数いる説などがまことしやかに囁かれているが、どれも証拠を持つには至っていない(中の人の存在に関してだけは本人が頑なに否定し続けている)。


『そしてーぇ、解説を担当してくれる今日の私のパートナーはーっ!』 


『あっ……さ、最条学園で教師をしております総谷アケミです。よ、よろしくお願いいたします』


『はいありがとーう! 今日はこの二人でお送りしていきますよ~、そーしーてっ☆ 今日のカードも最条学園出身! みんな知ってるかな、じゃあ呼んじゃおう☆』


 声に合わせてスタジアムの中央付近、二つの地点をスポットライトが照らすと、そこに金色の竜巻が立ち上る。


『共に三年生、学園都市のナンバーワンあーんどツー! 最条キリエと黄泉川ココだああああっ!』

 

 ネロの張り上げる声と共に竜巻が吹き散らされる。

 するとその場所、スタジアム中央には二人の少女がいた。

 赤と白のドレス風衣装を纏うのは長い金髪をなびかせる超然とした少女、最条キリエ。

 そしてキリエと似たデザインで青と黒の衣装を纏っているのが黄泉川ココだった。

 それぞれの衣装のあちこちにはデザインを邪魔しない程度に様々な企業のロゴが描かれている。


 二人はゆっくりと歩み寄ると、握手を交わした。

 普段生徒会で見せている姿とは違い、二人の間には緊張感が漂っている。

 エキシビションマッチと言えど手は抜かない。そんな意志が見て取れた。


「今日はよろしく」


 端的な言葉を投げたココは、そこでしっかりとキリエを見て――驚いた。

 普段から試合には真剣なキリエだが、基本その表情は笑顔。

 しかし試合用にメイクが施された今の表情には唇を引き結び、双眸を鋭く眇め、鋭利な緊迫感を宿している。

 

「……悪いが」


 平時なら聞くものを魅了する爽やかな声は、いつもより低く響く。

 ココはごくりと生唾を飲み込んだ。


「今日に限っては、観衆を楽しませる試合はできない。君が相手と言えど容赦はしない。力を誇示するようなつまらない戦い方で、完膚なきまでに叩き潰す」

 

「……なにかあったの?」


 キリエは答えなかった。

 握手していた手を離し、振り返って歩いていく。

 あらかじめ決められていた段取り通り、ココも同じく背を向けて歩き出し、小さく呟く。


「悪いけど、好きにはさせてあげないわよ」


 これでも学園都市のナンバーツー。

 キリエに届きうる唯一のキューズと言われた実力を証明しなければならない。

 それに――今のキリエは、どこか危うい。あっさりと負けてしまえば、何かが歪んでしまうような予感がした。


 人工のライトを浴びながら、当のキリエはぼんやりと考える。


(……強くて良い事なんて、何も無かったように思う)


 家族に認めてもらうために強くなりたかった。

 そのために努力は欠かさなかった。

 しかしキリエが強くなったのは努力と関係なく、そして強くなったときにはその家族はいなくなっていた。


 何の意味があったのだろう。

 これではただ一人ぼっちになっただけだ。


 客席を見上げる。見渡す。

 いつもはファンサービスを欠かさない彼女は、今日だけはその視線で客席を舐めるように探す。

 見つけた。サクラがいる。


「……今日の試合は、君に捧ぐよ」


 万人のために輝きを魅せつけるキリエは、静かにそう誓う。

 スタジアムに、気分を高揚させるような音楽が鳴り響く。

 それはまるで心臓の鼓動のようにテンポを早めていった。


『んじゃあ前置きはこれくらいにして始めよっか! ネロちゃんもちょー楽しみ☆ それではみなさんご一緒に――――3!』


 キリエとココが距離を取って振り返る。


『2!』


 ココは緩く構える。

 反してキリエはただ立っているだけだった。


『1!』


 始まる。

 膨らむ期待に観客たちが一斉に息を吞み――――


『GO!』


 キリエの姿が、かすかな光の粒子を残して消える。

 次の瞬間、洪水のごとき光の雨が降り注いだ。


「――――――――ッ!?」


 ドドドドドドドドドドドドドドド!! という轟音が連続する。

 あまりの輝きに、衝撃に、何が起きたのか理解できたものはほとんどいなかった。

 観客席を守る不可視のバリアが――いかなる攻撃だろうとビクともしないそれがビリビリと振動する中、そこかしこから悲鳴が上がる。

 サクラもまた驚愕していたが、目を見開いて目の前の現象を見極めようとしていた。


『ま……まるで光の濁流ーっ! 何が起きたのかぜんぜんわかんない! 実況放棄していい!? ダメ!?』 


 実況のネロもまた声を震わせつつも叫んでいた。 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、立ち上る煙が晴れていくと――そこには無惨にも大きく削り取られたスタジアムの床。

 クオリアによる攻撃でも破壊することが困難な強度を誇る材質(でないと試合のたびにスタジアムが消し飛ぶ)のはずが、ここまで傷跡を残したのは初めてのことだった。


 そして、その中心。

 仰向けに倒れているのは。


「ココ……先輩……!」 

 

 サクラは思わず息を吞む。

 対クオリア用の素材で縫製されているのか、衣装はほぼ無傷。

 しかしココ本人に至ってはあちこち焼け付いてぴくりとも動かない。

 その惨状に、会場全体がしんと静まり返っていた。


「……………………」


 どこからか集まった光の粒子が形を結び、キリエが姿を現す。

 その赤い瞳には、何の感情も見出すことはできなかった。


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