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101.アイドル四人の何でもない会話


 とあるファミリーレストランを一人の少女が訪れた。


「悪い、遅れた」


 少女――ダイアは四人掛けの席に腰かける。

 すでに三人が揃っていたその席では、ダイアと同じ年頃の少女たちが昼食をとっている最中だった。


「遅い。何してたの?」 


「どうせまた迷子になってたんだろー」


「ま、まあまあ……」


「んー」


 ダイアは口々にぶつけられる非難を聞き流しつつ、適当なパスタを注文した。

 クーラーで乾きつつある汗の残滓を拭うと、対面に座る理知的な印象を与えてくる青髪ボブカットの少女が切れ長の目を眇めた。


「15分32秒の遅刻。いつも言ってるけどダイアはルーズすぎるわ」


「ヒストは細かすぎるよ」


 ヒストと呼ばれた少女はあからさまなため息をつきつつ、サラダが乗っていたと思しき空の皿の淵を指でなぞった。


「もぐもぐ、言っても無駄だ。うちらのリーダー様は……もぐ、時間などという概念には囚われない高次の存在であらせられるのさ。なっ、方向音痴!」


「皮肉を言うなら最後まで続けな、パラレロ」


 鯖味噌定食にがっつく山吹色のショートカットはパラレロ。

 からかうようにニヤつきながら、テーブルの上に箸で鯖・白米・味噌汁の三角形を描いている。


「き、気にしないでいいからね、ダイアちゃん」 


「エマはいつも優しいな」


 おずおずとフォローしてくる大人しそうなロングヘアーのエマにダイアは微笑む。

 この四人がアイドルグループ『LIBERTY』のメンバー。

 今日はゲリラライブの打ち上げ兼次の案件の打ち合わせのためファミレスを集合場所にしていた。


「ってかせっかくの学園都市なのに”外”にもあるファミレスチェーンってどうよ」


 適当な調子で言うダイアに、ヒストが神経質そうに鼻を鳴らしてパラレロを一瞥する。


「この子がどうしてもここがいいって言ったから」


「店頭の食品サンプルと目が合ったのだ。それはもう運命の出会いというしかあるまい?」


「また和食かよ、つかそれにしたってファミレスじゃなくていいだろうよ……分子ガストロノミー? とかそういう面白そうな店とかさあ……お、来た来た。早いなー」


 ダイアはドラム缶のようなフォルムのロボットが持ってきたトマトとナスのパスタを受け取る。

 注文してからほとんど経っていないはずだが、このあたりは学園都市ならではと言ったところだろうか――どんな技術が使われているのかは皆目見当もつかないが。


「わ、私も止めたんだけど……パラレロちゃん、どんどん店に入って行っちゃって」 


 パラレロはサバの残りを白米と共にかっこみ、みそ汁で流し込むと満足げに息をついた。


「ぷはー。和食は神。我々は醤油に生かされている。ありがとう大豆! イソフラボンサイコー!」


「うるさ……」


 迷惑そうに眼を眇めるヒスト。

 他愛のない会話に、ダイアは楽しそうに笑みを深めた。


「そうだ、『プロデューサー』から連絡は?」


 その問いにヒストは傍らのポーチからスマホを取り出すと、画面をスワイプする。

 

「しばらく待機。好きにして良し――だそうよ」


「ほう、それはいい。それなら我々四人で観光とシケこもうじゃないか」


「あ、じゃ、じゃあ私は水族館に行きたい、な……すごく大きいって聞いたから」


 控えめなエマの主張に、ダイアがきらりと瞳を輝かせる。


「よし、じゃあこんなやつらは放っておいて私と二人で行こう」


「え、え、え」


 突然のアプローチに顔を赤らめて俯くエマ。

 そんな様子にヒストとパラレロはあからさまに眉をひそめた。


「ちょっと。どうして私たちを省くのかしら?」


「そうだぞ、仲間外れいくないぞ。今度配信でバラして炎上させてやるからな」


「ふふん、わかってないな。どうせファンは尊いとか言って喜ぶんだよ。なーエマ、目いっぱい百合営業して喜ばせてやろうな」


「よ、よくわからないけど……私は四人で行きたいなって……思う……」


「よし全員で行こう。LIBERTYの絆見せてやろうぜ!」 


「おい」


 ダイアの――LIBERTYのリーダーのあんまりな変わり身にパラレロは思わず突っ込む。

 ヒストはため息をつき、エマは困ったように微笑むだけ。

 全員ある程度の変装を施しているものの、こうも目立つ四人組が周囲に気づかれていないわけもなく、いつの間にか中学生ほどの少女二人が近づいて来ていた。


「あの……」


「ん? どうしたんだ?」


 控えめな声にダイアが顔を上げると、きゃあ、という黄色い声が上がる。


「LIBERTYさんですよね?」


「私たち、実は皆さんのファンで……」


「そうなんだ! いつも応援ありがとう~!」


 ダイアは輝くような笑顔を浮かべるとメンバーに促し、サイン、握手、ツーショット写真などのファンサービスを一通りこなした。

 急な事でもファンへの対応は慣れたものだし、プライベート中でも手を抜くことはしない。


「あ、ありがとうございます……!」


「今度のライブ絶対行きます!」


 色紙を抱きしめたファンたちは嬉しそうに自分たちの座席に帰って行く。

 そんな後ろ姿を手を振って見送ったダイアだったが――ヒストはそんなダイアを責めるように見つめていた。


「あなた外面だけはいいわよね」


「アイドルだからな。……いや、だけってなんだよ。私はいつでも優しいぞ」


「はあ? この前私と出かける日に三時間くらい遅刻したと思ったら『ごめん今日は無しで』の一言で済ませようとしたじゃない」


「おお、乙女の純情を弄ぶクズがここにいるぞ。やーい女泣かせー」


 パラレロがはやし立てると、ダイアは慌てたように言い訳を展開する。


「い、いや、あの日はちょっと……あれは後で謝っただろ?」


「……まあ倒れたおばあさんがいたから病院まで付き添ったっていうのは聞いたけどね。それはそれとして納得できないわ」


「ヒストちゃん、三時間も待ってたんだ……」


「べ、別にそれは良いでしょう」


 何とか反論をしようとしたヒストだったが、実際に三時間待っていたことは確かなので何も言えなかった。

 ダイアはいつもそうだった。方向音痴ゆえある程度の遅刻に関しては日常茶飯事だが、たまに何時間も遅れた上連絡がつかないと思えば名も知らない誰かを助けている。


「いや、本当にごめん。今後は気をつけるから」


「……まあ、いいけどね。今日もここに来るまでに何かあったんじゃないの?」


 ヒストの問いに、ダイアはぱっと笑顔になる。

 鋭い目つきはそれだけで子どものようなまなざしになって――誰も口にはしないが、LIBERTYのメンバーは全員そんなダイアを好ましく思っていた。


「そうなんだよ! 親切にもここまで案内してくれたファンがいてさ、サクラって言うんだけど――――」


 がやがやと、その会話は喧騒に埋もれていく。

 裏に流れる不穏な予兆を隠すように。


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