復讐したいお嬢様
「ムカつくわ!どうして私がこんな目に遭わなきゃなら
ないの!」
金原は有名な資産家。その一人娘である大学生の玲香は
自室で声を荒げていた。
付き合っていた彼氏がSNSで知り合ったという女に寝取られた挙げ句フラれたのだ。
「だいたい私が居るのに、よくも他の女にッ!」
不意にドアがノックされる。玲香が返事をすると申し訳無さそうに目を伏せた女の使用人が姿を見せた。手に布のような物を持っている。
「そんな辛気くさい顔してどうしたの?」
「れ、玲香様、た、大変申し訳ございません。
玲香様が気に入られているドレスを洗濯したら
このように……」
使用人が手に持っている布――ドレスを広げた。全体的に縮んでしまっていて元の大きさに戻すのは難しいだろう。
玲香は慌ててドレスを奪い取ると使用人を睨む。
「ちょっと何やってるのよ!表示を確認しなかったの⁉
クリーニングしかダメって書いてあるじゃない!」
「も、申し訳ございません……。
か、代わりのドレスをと思いカタログを――」
「もういい!散歩してくるわ!」
玲香はカバンを持つと使用人を押しのける。
そして怒り任せにドアを閉めて屋敷を飛び出した。
(あー、もう最悪!フラれるし、ドレスは台無しになるし、
どうして嫌なことが重なるのかしら!)
怒りに身を任せて歩き回っていた玲香はふと足を止める。
「どこ?ここ……」
周囲を見回す。日の当たらない暗い路地裏に来ていた。
人気もなく、危険な雰囲気だ。
「気味悪……。急いで帰ろ」
振り向こうとした玲香は途中で動作を止めた。変な姿勢のままある一点を凝視する。
視線の先には洋館を模したような建物。ところどころ蔦が絡んでおり老朽化が激しそうだ。
「ずいぶん古い建物ね……」
近づいた玲香は扉の傍に立て掛けてある看板を見て目を
見開いた。
「……復讐屋?ちょっと失礼するわ!」
すぐに建物の中に飛び込む。電気もついていない室内は暗く重苦しい雰囲気だ。
「誰か居ないの⁉」
すると奥の部屋の明かりが点き、スーツを着た探偵風の男が姿を見せる。
「復讐屋へようこそいらっしゃいました、お嬢さん」
「……あなたがここの家主かしら?」
「ええ。復讐請負人の黒部と申します。
どうぞお掛けください」
黒部の登場に戸惑いながらも 玲香は近くの椅子に腰を
下ろした。
「復讐屋なんでしょう?頼みたいことがあるのだけど」
「ええ、何なりと」
(何なり?全部引き受けるってこと?
ドレスの事もムカつくけど復讐ってほどじゃないし、
やっぱり……)
考え込んだ玲香は一呼吸おくと黒部を見る。
「元彼に復讐したいの!」
「……と、申しますと?」
話を聞き終えた黒部は顎に手を当てる。
「そういう事でしたか。かしこまりました」
「引き受けてくれるのね⁉」
「ええ。あと、すみませんがこちらに手形を頂けますか?
誓約書の代わりです」
「わ、わかったわ……」
|《手形を取るなんて変わってるわね》
玲香から紙を受け取った黒部はゆっくりと頷いた。
「それで、対価の件ですが――」
「ああ、これで良いかしら?」
玲香はカバンをあさるとテーブルの上に札束を置いた。
それを見た黒部は口を曲げる。
「いえ、お金ではな――」
「あら、そうなの?なら、終わったらここに請求して
ちょうだい。さようなら」
黒部の言葉を遮ると玲香は父親の名刺を札束の横に置いて
復讐屋を後にした。
残された黒部は深いため息をつく。
「手形も頂きましたので依頼は遂行しますが。最後まで話を聞かないお嬢さんでしたね。いろいろ伝えそびれてしまいました。
少し痛い目に遭っていただきましょうか……」
数日後、アイドルの夢 裕毅が三股をかけていたとしてSNSで炎上した。玲香の元彼だった男だ。
「もうやってくれたのかしら。早かったわね」
玲香は自室でスマートフォンを見ながら嬉しそうに呟く。
「対価がお金じゃないって言ってたわね……。でも此処の
住所なら渡してきたし、大丈夫でしょ」
その時ドアがノックされた。玲香は素早くベッドに座り直して返事をする。ゆっくりとドアが開けられ、使用人の男が数歩踏み出した。
「失礼致します……」
「あら、貴方新人?」
「はい。木久舞と申します。以後お見知りおきを」
「木久舞ね。覚えたわ。それで、何の用かしら?」
玲香の言葉に木久舞はニコニコと笑みを浮かべている。
(怖いぐらいの笑顔ね。本当に新人なのかしら?
それより、私の質問に答えないなんて何を考えているの)
そう思いながら玲香はもう1度木久舞に尋ねる。
「よ、用件は何なの?」
「……ご無沙汰しております、お嬢さん」
「え?あ、あなた、まさかっ!」
玲香が立ち上がったのと同時にドアからガチャリと嫌な音がした。
「何のつもり⁉だ、誰か!助けて!」
大声で叫ぶ玲香を止めようともせず、木久舞――黒部は面白そうにその様子を眺めている。
「無駄ですよ。今居る場所は貴女の部屋の内装をコピーした全く別の空間です。鍵を掛けた際に招待しました」
「なんですって⁉わ、私の命でも取りに来たの⁉」
「いいえ。対価に依頼者の生命は含んでいません。
私の用件は2つ。1つ目はこれです」
そう言いながら黒部は懐から札束を取り出した。
玲香が小さく声を漏らす。
「貴女が置いて帰った時からそのままの状態です。
あとお父様の名刺もお返ししておきますね」
「な、なら対価は……?」
「別のモノをいただきました。
後ほどSNSとやらを確認されてはいかがでしょうか」
「は⁉いったい何をしたっていうの?私の秘密でも暴露したわけ⁉そうなら慰謝――」
玲香の言葉はそこで途切れた。黒部が彼女の口を
手のひらで塞いだからだ。
「よく喋りますね、お嬢さん。そして人の話を聞かない」
「う……っ‼」
「本当ならお金と名刺を返しに来るだけだったのですが、
依頼にいらっしゃった時といい、今といい貴女の態度が
癪に障りましてね」
黒部はぐっと顔を近づけて、獣のような細い瞳で
玲香を睨みつける。
「2つ目は貴女に対するお仕置きです。これに関しては私の怒りですのでご容赦くださいね?
ああ、ちゃんと元の場所にはお返し致しますので
ご心配なく」
その日の夜、SNSで1つのワードがトレンドに入った。
「風俗嬢」。どこからか情報が漏れ、アカウントが特定された。大学生が風俗に手を出していることはよくある話なのだが、プロフィールに資産家の娘と書いていた事から「まだカネが欲しいのか⁉」「ビッチめ‼」などの批判が殺到していた。
玲香の秘密とは風俗をやっている事だったのだ。実名は晒されていないが時間の問題だろう。
使用人達からひそかに暴君と言われていた玲香はまるで人が変わったように大人しくなり、さらに彼らの事を気遣ってくれるようになったという。
それが秘密が暴露されたからなのか、お仕置きの効果なのかは彼女しか知らない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回はやりがいのある依頼でしたよ。
依頼主の態度が気に食わなかったので少し説教しましたが、やりすぎましたかねぇ。すっかり丸くなってしまわれたようで。ですが、自業自得ですね。
失礼。語りが長くなってしまいました。
では、またどこかでお会い致しましょう
黒部