約束の礼儀
約束は絶対守れと教えられた。約束を守らなかったら、父親にボコボコに殴られた。それが当たり前の家だったから、みんなそうだと思っていた。
だから、慧太が「お金貸して。絶対返すから。」って言った時も、返してくれるって約束したから貸した。5万。次の給料日には返すからって。
でも、一向に返さない。
だから、殺した。
計画的に完璧に殺した。ナイフで刺している時も、何の感情も湧かなかった。だって、約束を破った慧太が悪いから。
死体も埋めて、思い出すことも特になかったけど、命日だけは忘れなかった。それが死者へ対する礼儀だと思った。
だから、次に聖と付き合う時には「絶対約束は守って。」と念押しした。
そもそも聖は約束なんてしない。会いたいときには家に来て、ご飯の誘いも「今行ける?」だった。
一度だけ、待ち合わせをして私が遅れてしまった。私は自分が許せないから、聖に私を殴ってくれと言った。そしたら聖は殴らずに抱きしめてくれた。
その時、はじめて胸の中がざわついた。あのざわつきは何だったんだろう?
それから1年後、私たちは結婚する。幸せが何かはわからないけど、不満もない。
ただ、聖がしつこくなってきた。どこへ行くのか、誰と会うのか、いちいち聞いてくる。
私は嘘をつくのが嫌いなので、正直に答えて、帰る時間も必ず守った。
それなのに、聖はしつこい。少しうんざりしてきた。
そんなある日、仕事が押して、いつもより一本遅い電車に乗った。いつもより5分遅いだけだし、何より仕事の帰る時間の約束はしていない。聖へ連絡せずに帰宅した。
そしたら、帰った聖は私を抱きしめた。なんだか一度だけ約束を破った時みたいだな、と思っけど、あの時の胸のざわめきはない。そう思っていたら、突然左頬に激痛が走った。
思わず聖を突き放したら、「約束を破った罰だよ。」と、殴った手をさすっていた。
「帰る時間の約束はしていない。」と言うと、「毎日同じ時間に帰るって、当たり前のルールだろ?」と返された。
そして、「次はないからね。」と。
このフレーズ、私が慧太へ言った言葉と一緒だ。
次は殺されると思った。
けど、納得がいかない。
だから、慧太の命日にわざと遅れて帰った。
聖は私を抱きしめた。「約束したのに…。」と悲しそうに。
私は約束していない。と、何度も言い返した。聖は聞く耳をもたない。そして、紐を私の首にかける。
そこで、稲妻に打たれたように慧太を殺した時の記憶が鮮明に甦った。
慧太も必死で訴えていた。殺さないでくれ、殺さないでくれ、って。息が止まる寸前まで、声が聞こえないくらいになっても、殺さないでってずっと言っていた。
首を絞められながら、涙が出てきた。苦しいからじゃない。慧太の無念を知ったから。
ごめんね、慧太。
生まれてはじめて、心から謝罪した。
私のこの無念さを、聖はいつ知ってくれるのかな。
誰かに殺されればいい。
私の命日に。
死ぬ直前、それだけを願った。