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三千屋敷と人々と  作者: Y-K4183
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復讐者─千桜四石

 明け方、朝日を浴びて三千屋敷が聳え立つ。この街に有って傷一つ無いその姿は一種の異様さを少女に感じさせた。

 少女は二軒離れた家の屋根から三千屋敷を正面に見据えていた。その目には憎悪が宿り、刀を握る手からは凄まじい程の恨みが感じられる。

 この少女は前日の夜から今の今まで同じ場所で三千屋敷を睨みつけていた。この街で一晩も人目に付く場所に居れば間違いなく厄介ごとに巻き込まれる。だが、少女の体には傷一つ──少なくとも真新しい物は──無い。ただ、少女は厄介ごとに巻き込まれなかったという訳では無い。むしろ相当に巻き込まれた方だ。

 少女がそこに腰を据えてから一時間としない内に十名を超える破落戸(ごろつき)が家の周りに集まってきた。最初の内は罵声を飛ばすだけだったが、少しすると屋根によじ登り少女につかみかかる者が出る。それから五分程で数名が少女に向けて銃を撃った。その結果として……少女の周りに複数の人間だったモノが転がることとなった。

 少女は眼下に散らばる死体に目もくれずに三千屋敷を睨み続ける。狙うは千桜四石ただ一人。それ以外全ては意識の外だ。

 時刻は朝五時、千桜四石が家から出てくる様子はない。待ち続ける行為は精神をすり減らしていったが、少女は三千屋敷に乗り込むことはしなかった。一目見れば分かる。それは自殺行為だ。

 少女は自身が()()なるまで色々なモノを見てきたが……その中でもアレは桁違いだった。漏れ出る瘴気、漂う雰囲気、そして何より──

 少女は三千屋敷より目線を外し、辺りを見渡す。視界にいくつかの家が入るがその悉くが損壊、或いは荒れ果てている。

 この街において家など色々な──金銭や物品、人等──物を手に入れる目当てになるようなものだ。強盗、空き巣、果ては放火による強奪までありとあらゆる手段で狙われてしまう。この街で家に住んでいる人間はよほどの馬鹿か、腕に相当な自身が有るかのどちらかだ。多くの者は小さなテントなどでこまめに移り住んでいる。故に、あの傷一つ無く聳え立つ三千屋敷は異様なのだ。

 窓の一枚、瓦の一片に至るまで傷も汚れも無い。あれほどの大きさの家ならまず真っ先に狙われるにも関わらずだ。何が潜んでいるか等考えたくもない。あの家に踏み込むくらいならここで破落戸に絡まれていた方がはるかにマシだ──少女はそう判断した。

 とはいえ、何も思わないわけでは無い。苛立ち、焦燥、憤怒……様々な感情が少女の内を巡る。今にも飛び出しそうになる体を、強靭な理性──半ば程殺意──が抑え込んでいた。

 五時―五時半―六時―千桜は姿を見せない。少女は千桜の行動パターンなど把握していない。故に、千桜が今日家から出てくるのかどうかを知らない。だが、今日姿を見せなかったら明日、それで駄目なら明後日。たとえ一年だろうと待つ。それ程の覚悟が少女には有った。最も、早く姿を見せてくれるに越したことは無いのだが。

 時刻は七時半頃、貪底街の住人が本格的に動き出す。辺りの路地から数人が出てうろつき始めた。昨夜のこともあって少女を警戒しており、迂闊に近づくものは居ない。それでも何人かは辺りに散らばる死体を拾い集め売りさばけそうなものを探している。ただ、死体は大して金になりそうなものは持っておらず、悉く全て両断されている上に時間が経ち過ぎていることもあって内臓等も売れるような状態には無い。

 そのことを拾い集めていた物も理解したらしく、見分していた死体を腹立たしそうに投げ捨てた。辺りに群がる野次馬にもそのことは伝わり、全員が蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 その様子を少女は横目に見ていたが……あることに気付く。三千屋敷の周辺だけ一切人が出歩いていない。決して人が居ない訳では無い。ただ、付近の人間全員が家に近寄らないように行動し続けている。過剰とも思える警戒の仕方だったが少女の勘はその対応が正しい事を告げていた。


「チッ」


 舌打ちの音が響く。この時間帯になっても三千屋敷に動きが無い。家から出てくることは疎か、窓の一枚さえ開く様子が無い。せめて誰かあの家に近付いてくれれば反応位は見えるかもしれないが……街の様子を見るに期待は出来ない。

 矢張り待ち続けるしかないか……少女はそう考え、再び三千屋敷を睨みつける。

 そして、少女が睨みつける先で三千屋敷の扉が開いた。そこから異様に無表情な女──千桜四石が姿を見せる。と、同時に先ほどまで辺りをうろついていた人間たちが一斉に息を潜めた。だがそんなことは少女にとってもはやどうでもいい事だった。

 千桜四石が現れた。なら、自身のすることは一つ。

 少女は足を曲げ、自分のいる屋根を蹴りつけ前方に向かって跳躍する。跳躍。普通に考えて二メートルも飛べばいい程度の行動だが──少女のそれは常軌を逸していた。

 足場を粉砕し、少女が跳ぶ。狙いは前方、既に三千屋敷から十メートルほど離れた千桜四石。少女は一切の狙いを過たず十五メートル以上の距離を跳び超え──千桜四石に()()する。


「……朝から余り騒がないでくれませんか。この後用事が有るんです」


 何一つ普段と変わらない様子で千桜が言う。その口調には突如として襲い掛かってきた少女に対する動揺や驚愕等は微塵も含まれていない。

 一方の少女は口の中で舌打ちをすると即座に後方へ下がる。その様子からは少女の千桜に対する高い警戒が見て取れた。

 先ほどの奇襲。それは少女にとって必殺を確信させた一撃だった。にもかかわらず千桜はその一撃をあっさりと躱してのけた。まるで予期していたかの様に。

 少女は警戒を最大限まで高めながら刀を抜き放つ。直後、常人なら目にさえ映らぬほどの速度で剣閃が振るわれる。しかし、千桜はこれも容易く回避する。


「出来れば何で襲ってくるかは言ってほしいんですけどね。まあ分かっていますので必要ないですけど」


 千桜の軽口には応じず少女は刀を振るう。だが、その全てが寸前で避けられた。


()()()()()不気味なほどに先読みがされている。あの時と同じだ)


 千桜の異様さに少女は内心で動揺する。それでもその剣技には微塵の揺らぎもない。しかし、矢張り千桜はその全てを精確に避け続けていた。

 千桜の動きに少女のような人間離れしたものは無い。どの動作も容易く目で追え、体の動かし方も一般的な物に収まっている。

 にもかかわらず少女の刀は千桜に掠ることすら出来ていない。不気味なほど正確に、紙一重で避けられ続けている。


(駄目だな、このままでは)


 少女が攻め方を変える。先ほどの様に連撃を繰り出すのではなく、一太刀一太刀が空間を埋めるように大振りに振るう。避けられるのなら避ける場所を無くしてしまえばいいと言う発想だが……千桜はこれにも対処して見せる。

 迫りくる刀の側面を狙い、軌道を変える。横薙ぎの一撃を下から掬い上げるように、袈裟懸けの一撃を掃うように、その悉くをその場から一歩たりとも動かずに対応してのけた。


「っ!!」


 鬼気迫る様子で少女は刀を振るい続ける。速く、大きく、精確に。

 千桜四石はその悉くを躱し続ける。紙一重、それを何十度と繰り返しながら。


「暇なので何か会話でもしませんか? ああ、貴方は話す必要無いですよ。何を言いたいかは分かるので」


 千桜の言葉にも少女は動じず刀を振るい──


「むかしむかし、あるところに一人の女の子が居ました」


 ──一瞬、少女の動きが止まる。


「女の子は優しいお父さんとお母さんの元ですくすくと育ちました」


 少女が音を立てる程歯を食いしばり、踏み込む。


「少女のお父さんは有名な剣道家でした。強く、優しく、カッコいいお父さんに少女は憧れ、自身も剣道を始めました」


 切る

 突く

 薙ぐ

 切り上げる

 ──いずれも寸前で避けられる。


「お父さんの背中を追い、少女は健気に竹刀を振るいます……それが無駄になるとも知らずに」


 切る掃う突く刺す切り上げ下し柄突袈裟懸け面背車唐竹兜割胴小手……

 どれも千桜の言葉を遮ることは出来ない。


「ある時、少女の家に一人の女の子が尋ねてきました。女の子は手に一本の木刀を持っています」


 少女の攻撃は苛烈さを増し続ける。


「女の子は自分を出迎えた少女に突如として木刀を振るいます。余りに急な事に少女は何もできません。只悲鳴を上げるだけでした。

 少女の悲鳴を聞きつけ、頼りになるお父さんがやってきました」


 声にならない咆哮を上げながら少女は刀を振るう。最早残像しか捉えられない攻撃を千桜は容易く捌き続ける。そこには気味が悪い程の精確さが有った。


「少女の父は木刀を持った女の子を止めようとします。しかし、女の子は抑えようとする手をあっさりと躱し、今度は抑えようとしたお父さんへと攻撃を加え始めます。

 お父さんは頑張りました。それでも、目の前の女の子は全く抑え込めません。身の危険を感じたお父さんは遂に武器を手に取ります」


 切る切る切る斬る斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬──


「結果は……何も変わりませんでした。哀れ、熟達の剣道家であるお父さんは自分の娘と変わらない年齢の女の子に殺されてしまいました。倒れ伏す少女の目の前で。

 少女のお父さんを殺した女の子はそのままお母さんも殺してしまいました。そして、血塗れの木刀を投げ捨てて呟きます。『つまらない』と。

 ただ一人生き残った少女は復讐を誓います。警察は信じてくれません、誰も頼りにはなりません。只あの時女の子が言った名前だけを頼りにたった一人で頑張ります……

 まあ、私としてはもう少し建設的に生きた方が良いと思いますが」

「ッ! 父さんも! 母さんも! 殺したのは! お前だろうがああぁぁぁ!」


 少女が絶叫する。絶叫と共に刀を振るう。だがそれは悪手だ。直線的な、踏み込み切った大振り。容易く千桜は躱すと少女の懐へと潜り込み、一蹴。


「ごっ!?」


 喉元へと叩き込まれた蹴りで少女の動きが止まる。その隙に千桜は少女の間合いの外へと離れていた。


「別にいいと思いますけどね。両親が死んで、自分は運よく生き残った。だから精一杯幸せに生きる。何も間違ってないと思いますが」

「ふざ……ける……な!」


 少女が再び刀を振るう。だが、その動きに先ほどまでのような力強さも、早さも無い。


「納得できないのは分かりますけど、それでもできもしない復讐で人生棒に振るよりいいと思いますよ」


 千桜は振るわれる刀を悠々と躱し、少女の間近に立つ。


「ほら、こんなに近くに居るのに」

「!」


 ほぼ零距離。刀の間合いのさらに内。だが少女は鮮やかな体さばきで持って刀を振るい……千桜は片手でそれを捌く。


「あなたの刀は届かない」


 喉、鳩尾、そして足払い。千桜の三連撃によって少女が地へと転がる。

 必死に立ち上がろうとしているが呼吸がままならない様子で直ぐに崩れ落ちる。その様子を千桜は冷めた様子で眺めていた。


「……あなたは此処に来ずに、復讐なんて忘れてのうのうと生きていれば良かった。そうすれば、()()()()()()()()()()


 千桜の顔が、歪む。眉間へ皺が寄り、露骨に不機嫌な表情へと。


「何で貴方達は私の予想通りにしか動かないんですか。全員が全員、生きていようと、死んでいようと、悉く予想通りにしか動かない。もう少し外れてみてくださいよ。一ミリでも、ナノでも。

 つまらない。つまらない。つまらない。全く持ってつまらない。何千回とやったゲームを繰り返しているようなものだ。ほら、予想。外してみてくださいよ」


 余りにも身勝手な言葉を言い終わると同時、少女の体が跳ね上がる。瞬間、一閃。少女の体が刀を振りぬいたまま停止する。


「……予想通りですね」


 心底つまらなさそうに千桜が呟く。同時、少女の体が崩れ落ちた。

 少女の体から血が流れだす。左胸にナイフが深々と突き刺さっていた。どう見ても致命傷だ。

 それでもなお少女は動いて見せた。刀を握り込み、体を持ち上げ……倒れ伏した。

 千桜の表情に変化は無い。全て予想通りだったからだ。少女がどう動くかも。どうすれば斃せるのかも。致命傷で尚立ち上がることも。そして、ここからの事も。

 千桜は物言わぬ死体となった少女を意識から切り捨て、家へと歩き始める。

 一歩、二歩──その歩みに警戒も躊躇いもない──

 三歩、四歩、五歩、六歩──少女の死体から()()()()()()()()()()()()()()


 この貪底街は周囲の人間から恐れられている。だがそれは単なる治安の悪さから来るものだけではない。ありとあらゆる不穏な噂もこの街を忌避させる要因となっていた。

 曰く、大規模な犯罪組織がこの街を牛耳っている、非合法な実験を行う研究所がある、宇宙人が降り立った……。

 それらの噂の中に一つ、囁かれるものがある。曰く、貪底街には幽霊が出る。

 真実かどうかは分からない、根も葉もない話かもしれない。だが事実として貪底街で幽霊を見たという話は多く、住人たちはそれらの存在を前提として生活しているように見える。

 そういったこの街の雰囲気が宿ったか、それとは関係なく少女の怨念がそうさせたか、或いはその両方……。

 ともかくとして、死した少女は怨霊と成った。尋常ならざる敵意、害意を放ち、かつて少女だったモノは千桜へと襲い掛かり──その体を、一振りの剣が貫いた。


「あなたも何か色々と抱えてたみたいだけど……ま、こうなったら終わりね」


 蠢く靄を剣に突き刺し──姦が呟く。その顔には少しだけ憐れむような表情が浮かんでいた。


「それじゃ、いただきます」


 耳元まで開いた大口に、靄を放り込む。ごくりと音が鳴り口腔のそれが嚥下される。只のそれだけでかつて少女だった怨霊は消え失せた。

 その呆気ない最期を目にも、意識にも留めずに千桜は家の門扉へ手を掛ける。



 少女は何もできなかった。少女の行動は──生きていようと死んでいようと──全て千桜に読まれていた。少女にできたことはほんの数分、千桜を家から引きずり出しただけであった。

 ──それは千桜四石に最悪の結果をもたらした。



「おい」


 千桜の背後。先ほどまで少女相手に作業を済ませていた所から声が掛かる。

 嫌な声。

 聞きたくもない声。

 考えることすら厭う相手の声。

 ──最悪な相手の声。


 恐怖、嫌悪、ありとあらゆる感情に一筋の期待(勘違いであれ)──あり得ない──を含ませ背後を向く。


 ああ

 案の定

 其処には



 一人の男(極天の災害)が佇んでいた。

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